第58話:十八歳の顔で五十八歳の部長みたいな圧を出すな
地雷のチラ見せ(。-`ω-)
1151年、夏。
シテ島のパリ宮廷は、久しぶりに妙な緊張感に包まれていた。
ノルマンディーを巡る、極めて面倒くさい外交案件。
ルイとの結婚生活をどうやって穏便に畳むか、裏で教会法の条文と睨めっこしながら
「退職願の提出タイミング」を計っていた私は。
表向きは当然”フランス王妃”である。
ゆえに。
「……なんで私まで出席なんだよ」
「王妃様ですので」
「知ってる」
今日も今日とて、ルイの隣に座らされていた。
玉座の並ぶ大広間。
重臣たち
聖職者
書記官
そして……
やたら緊張した空気。
何か知らんが。
今日は、若いノルマンディー公が来るらしい。
「若いって何歳?」
「十八歳と伺っております」
「十八?」
その時、重い樫の扉が開いた。
カツ。
カツ。
石床を踏む、力強い足音。
一団の先頭から現れたのは…
赤みがかった髪を短く整えた、背の高い青年だった。
若い。
確かに若い。
顔だけ見ればどう頑張っても十代だ。
なのに。
「…………」
何だ。
あの圧。
肩幅は広い。
身体つきもしっかりしている。
歩き方に迷いがない。
周囲をきょろきょろ見回すでもなく、
初めて来たフランス王宮だというのに
まるで毎朝ここへ出勤している管理職みたいな顔で、真っ直ぐ玉座へ向かってくる。
私は扇で口元を隠しながら背後の侍従へ、小声で囁いた。
「……誰、あの態度でかい若造」
侍従がギョッとする。
「お、王妃様、お静かに! ノルマンディー公アンリ殿でございます!」
「公爵?」
「はい」
「若っ」
「十八歳でございます」
「十八!?」
思わず二度見した。
現代なら”高校三年生”。
夏
甲子園見ながらポカリ飲んで
進学か就職かで親と揉めていてもおかしくない年齢である。
「高校生じゃん……」
いや、待て
私は自分の人生を思い返した。
十五歳
父死亡
即、
アキテーヌ女公
結婚
フランス王妃
「…………」
中世
役職につくの早すぎない?
”十八で公爵”
まあ、そういう時代ではある。
分かる。
分かるんだけど。
(十八歳の顔で、五十八歳の現場叩き上げ部長みたいな圧出すなよ)
絶対、会議で資料を最後まで読ませないタイプだ。
三ページ目くらいで、
『で、結論は?』
って言う。
部下が説明し始めたら、
『それ昨日聞いた』
とか言う。
たぶん。
知らんけど。
アンリは玉座の前まで進むと、臣下として必要な礼を取った。
そこはさすがにちゃんとしている。
ちゃんとしているのだが、
それでも妙に遠慮がない。
頭を下げているのに
『私はあなたより下です』
という雰囲気が全然しない。
むしろ。
『形式上やってます』
という圧がすごい。
「ノルマンディー公アンリ」
ルイが静かに声をかけた。
「遠路、よく参られました」
「お招きいただき、感謝いたします。陛下」
アンリが顔を上げる。
声まで十八歳感がない。
低い
通る
妙に自信がある
「神の御前で、互いの領地と権利について穏やかに話し合えることを願っています」
ルイがいつもの敬虔モードへ入る。
すると、
アンリは一応きちんと頷いた。
「無用な争いを避けられるのであれば、私も異存はありません」
お。
意外とまとも?
と思った次の瞬間。
「ですので、争点を早く整理していただければ助かります。
ノルマンディーには戻って片付ける仕事が山ほどありますので」
「…………」
やっぱり感じ悪い。
私は扇の向こうで、こっそり眉を上げた。
何というか……
ルイとは真逆だ。
ルイが
『まず祈り、皆で慎重に考えましょう』
なら、こいつは
『結論から言え。話はそれからだ』
である。
しかも十八歳。
「…………」
私は少しだけ身を乗り出した。
若い。
本当に若い。
なのに場に飲まれていない。
フランス王の前でも。
重臣たちに囲まれても。
怯えもしない
媚びもしない
自分が何を持っていて
何を要求できて
どこまで押せるのか
最初から分かっている人間の顔をしている。
(……若いのに、面倒くさそう)
仕事のできる若手。
ただし自信過剰。
声がでかい
他人の都合より結果優先
たぶん敵も多い
「五十八歳部長というか……若手役員候補だな」
「王妃様?」
「独り言」
やがて書類が広げられ交渉が始まる。
私は王妃として、横でそれを眺めていた。
その時、
ふとアンリが顔を上げた。
視線がこちらへ向く。
「…………」
一瞬目が合った。
灰色がかった妙に鋭い目だった。
王妃を見る礼儀として、
少しだけ頭を下げる。
私も形式通り軽く頷く。
それだけ。
……のはずだった。
なのに何となく
視線が一拍長かった気がした。
「…………」
何だ?
顔に何かついてる?
私は扇で頬を隠す。
アンリはもうこちらを見ていなかった。
すぐに書類へ目を戻し、
何事もなかったように、
ルイと話を続けている。
「……感じ悪」
私は小さく呟いた。
侍従がまた顔を青くする。
「王妃様!」
「聞こえてないって」
たぶん。
この時の私にとって、
アンリという青年の印象はそれだけだった。
若い
態度がでかい
仕事はできそう
でも
絶対一緒に働きたくない
「……生意気なガキ」
私はそう結論づけ。
そのままアンリ・ド・ノルマンディーという
十八歳の青年のことを頭の隅へ追いやった。
少なくとも
『この時は』
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




