↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/60

第57話:仲直りしたからって解決したとは言ってない

性格の不一致かな

アリックスが生まれて数ヶ月。

日々の慌ただしさもあってか、王宮の空気は表向き「平和」そのものだった。


ギスギスした氷河期は一応脱した。

ルイとも普通に言葉を交わすようになったし、子どもたちを真ん中に挟んで、

家族揃って食事をとる日もある。


砂漠で死にかけていた頃や、アンティオキアの夜闇の中で怒鳴り散らしていた頃に比べれば、

誰が見ても「嵐を乗り越え、穏やかな日常を取り戻した国王夫妻」だ。


――だが。

ある日の夕暮れ。

マリーとアリックスが乳母に連れられて部屋を出ていき、広間にルイと二人きりになった。


ハーブを煮出した飲み物を啜っていた私は、ふと杯を置き、正面の夫をじっと見る。


「……で?」


「はい?」


ルイが首を傾げた。

以前なら、その無垢な顔を見ただけで額に青筋が立ったものだが、最近はそこまででもない。


”そこまででもない。”


大事なので二回言った。


「で、って……何のことでしょう」


「何のことって」


私は腕を組んだ。


「私たち、結局何か解決したっけ?」


「解決……?」


ルイが瞬きをする。

その顔を見ながら、私の頭の中では勝手に棚卸しが始まった。


アンティオキアで私を疑い、嫌がる私を強引に連れ出した件。

――謝罪はされた。

反省も、たぶんしている。


でも。

あそこで一度粉々になった信頼が、元の形へ戻ったわけではない。


情報共有が壊滅している件。

――相変わらず。

何かあると、この男はまず祈る。

次に考える。

できれば順番を逆にしてほしい。


アキテーヌとフランスの政治や文化や常識が、そもそも全然違う件。

――何もすり合わせていない。


王家の後継者問題。

――女子二人。

周囲はすでに第三子を期待している。


そして。

私自身が、これから何十年もフランス王妃としてここに居続けたいのかという問題。

――未回答。


「…………」


私は深く息を吐いた。


「何っっっにも解決してなくない?」


ルイが少し困った顔をした。


「ですが……以前よりは、こうして話せるようになりました」


「うん」


「食事も共にできるようになりました」


「うん」


「マリーもアリックスも健やかです」


「うん」


「私は……少しずつでも、良い方へ進んでいると思っていました」


私はしばらく黙った。


そして。


「良くなったのと、解決したのは違うんだよ」


「…………」


ルイの顔から、少しだけ表情が消えた。


責めたいわけではない。

本当に。

以前なら、ここから大喧嘩になっていた。


でも今は。

怒るより先に、ものすごく冷静な自分がいた。


「アンティオキアのこと、謝ってくれたのは分かってる」


「はい」


「私も、いつまでも怒鳴り続ける気はない」


「……はい」


「でも」


私は杯を指先で回した。


「謝ったから全部元通り、とはならないじゃん」


ルイは何も言わなかった。

その沈黙が、昔ほど苦しくない。


ただ。


「あの時に壊れたものって、たぶんそういうものなんだと思う」


私はそう言った。


そして、さらに問題はある。


先週あたりから

王宮の重臣たちや司教連中が、私の顔を見るたびに何を言ってくるかといえば。


『第二王女のご誕生、誠にめでたいことでございます』


ここまではいい。


問題は、

必ずその後に続く


『次こそは、王家の未来を担う王子を』


『フランスの安寧のためにも、引き続きお励みいただかねば』


思い出しただけで、

額の血管がピキッと鳴った。


「次!?」


ルイの肩が跳ねる。


「待て待て待て!! なんで当然みたいに第三子プロジェクト立ち上げてんの!?」


「ア、アリエノール」


「ロードマップに勝手に『フェーズ3・男子が出るまで継続』って書き込むなよ!!」


「そのような表現はしていません」


「実質同じでしょうが!!」


私は机を叩いた。


「こちとら二回も出産してんの! 次も女子だったら、

またあの『喜ばしい、しかし……』ってお通夜顔するんでしょ!?」


「ですが、王家には男子の跡継ぎが――」


「分かってるよ!!」


私は両手で顔を覆った。


「融通の利かないシステムなのは前回聞いた!!」


そう。


分かっている。

分かっているからこそ余計に

胸の奥にあるものが、すうっと冷えていく。


ルイのことは別に嫌いじゃない。


今はもう、

顔を見るだけで胃液が逆流するほど腹が立つわけでもない。


人間としては真面目だ。

不器用なりに信仰に生きている。

根っからの悪人でもない。

父親としてマリーやアリックスを可愛がっていることも知っている。


そして

私との関係を直そうとしてくれたことも


”分かっている”


でも。


「…………」


私はルイの顔を見た。


(仲良くできることと)


一緒に食事ができる。

雑談もできる。

子どもを挟めば笑える。


(夫婦として、この先何十年も一緒に生きていけることは)


完全に別の話だ。


前世にもいた。

めちゃくちゃいい人。


飲みに行けば楽しい。

人柄も好き。


でも。

仕事で同じ案件に突っ込まれた瞬間、互いの長所と短所が最悪の方向に噛み合って、

毎回大炎上する相手。


誰が悪いわけでもない。

ただ致命的に相性が悪い。


私とルイは、

たぶんそういう組み合わせなのだ。


私が私らしくあろうとすれば

ルイは不安になる。

私を理解できなくなる。

それでも守ろうとして結果的に、私を縛る。


ルイが敬虔なフランス王として、

自分が正しいと思う道を歩こうとすれば。


私はその横で息ができなくなる。


南の常識と北の常識。

私の自由とルイの信仰。


どちらか一方を全部捨てれば、たぶん続けられる。


でも、それで何十年も生きて

どちらかが幸せになれるのか。


「……アリエノール?」


ルイが、心配そうに私を覗き込む。


「どうしたのです。急に黙って」


「考えてた」


「何を?」


「色々」


私はそれ以上言わなかった。


心の中では

もう書類の最終確認をしていた。


アンティオキアの夜みたいな

カッとなった勢いではない。


『離婚してやる!』


という捨て台詞でもない。

誰か別の男がいるわけでもない。

ルイを罰したいわけでもない。


ただ、普通に極めて冷静に考えて。

この先も一緒にいるより、別々に生きた方が

たぶんお互いのためになる。


国家のためにも、

アキテーヌのためにも、

そして……

私自身のためにも。


「…………」


私は小さく息を吐いた。


(……やっぱり)


婚姻無効の話を進めよう。


今度は、

怒りではなく決断として。


この

カペー・アキテーヌ合同会社。

双方のためにもう綺麗に畳んだ方がいい。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。