第41話:誰がアマゾネス軍団を作れと言った
やったね!8点ちゃん!予想が当たったよ!
パリを出発して数週間。
ドナウ川沿いをひたすら東へ進む行軍の途中で、私は、自分の何気ない合理的判断が、
とんでもない方向へ誤解されていることに気づいた。
事の発端は、旅が始まって三日目の朝だった。
「やってられるかぁぁぁ!!」
私は天幕の中で、泥だらけになった長いスカートを床へ叩きつけた。
重い。
蒸れる。
裾を引きずれば泥を拾い、馬糞を拾い、草を拾い、最終的には何を運んでいるのか分からない。
こんな布の塊を何重にもまとったまま、何週間も馬や荷車に揺られるなんて拷問である。
「仕立てを変える!」
侍女たちが目を丸くする。
「もっと裾を短くして。馬に乗った時に邪魔にならないようにして、脚は動かしやすい格好にしたい。
あと靴も、もっと丈夫なやつ!」
別に、おしゃれをしたいわけではない。
むしろ逆だ。
泥除け。
転倒対策。
長時間移動への備え。
要するに、”作業着”である。
前世で言えば、完全にワークマン案件だった。
丈を動きやすいよう調整した上着に、乗馬しやすい実用的な衣服。足元は丈夫なブーツ。
落馬した時に少しでもましなように、身体には軽い革の防具もつけた。
髪も邪魔なので、革紐で後ろへまとめる。
鏡代わりの磨かれた金属板に映る自分を確認し、私は満足して頷いた。
「よし。これなら動ける」
それだけだった。
本当に、それだけだったのだ。
ところが数日後。
私は、自分の天幕の前に集まっている女たちを見て、思わず足を止めた。
「……待って」
アキテーヌから同行していた貴婦人たちが、ずらりと並んでいる。
普段なら長い衣をまとい、馬車の中で過ごしているはずの彼女たちが、
今日は揃って動きやすそうな旅装に着替えていた。
丈の短い上着。
丈夫な靴。
乗馬しやすい衣服。
腰には小ぶりの短剣。
中には軽い革の防具まで身につけている者もいる。
色と意匠だけは各自の家柄らしく華やかなので、
遠目に見ると妙に統一感のある女性騎馬隊みたいになっていた。
「……なんでみんな急に戦乙女みたいになってんの?」
私が素で後ずさると、侍女の一人が頬を輝かせて一歩前へ出た。
「女公様に倣いました!」
「倣うな」
即答した。
「女公様自ら、女だからと馬車の奥に隠れず、騎乗して聖地へ向かわれる。
そのお姿に、私たちも心を打たれたのです!」
「違う違う違う」
私は両手を振った。
「私、単に長い裾が邪魔だっただけだから。泥だらけになるし、洗うの面倒だし、
馬に跨がりにくいから変えただけ!」
「またそのようなご謙遜を」
「謙遜じゃない!」
「言葉ではなく、そのお姿で私たちを鼓舞してくださったのですね」
「受け止めるな! 返却しろ!!」
どうしてそうなる。
私はただ楽な服が着たかっただけなのに。
気づけば周囲では、
「女公様に続け」
「アキテーヌの女の気概を示しましょう」
などという、覚えのない精神論まで育ち始めている。
私は頭を抱えた。
「なんでこれ、急に女性騎士団結成みたいな空気になってんの……」
しかも、遠征軍の男たちの反応までおかしかった。
私たちが馬で進んでいると、騎士たちが振り返る。
「あれがアキテーヌの女公か」
「見よ、従う婦人たちも皆、馬上にあるぞ」
「まるで古代のアマゾネスではないか」
おいやめろ。
その単語を出すな。
嫌な予感しかしない。
「なんと勇ましい」
「なんと華やかな」
「十字軍の士気も上がろうというものだ」
いや。
士気を上げるためのイベントコンパニオンじゃないからね?
私はただ、泥と馬糞を裾で回収したくないだけだからね?
しかも一部の若い騎士たちが、明らかに別の意味でこちらを見ている。
「お前ら、どこ見てんだ」
視線を向けると、何人かがものすごい勢いで前を向いた。
分かりやすい。
「十二世紀にもセクハラ研修必要だな……」
ぼそりと呟いた、その時だった。
「……アリエノール」
聞き慣れた声がして振り返る。
ルイが馬を寄せてきた。
私を見る。
固まる。
もう一度見る。
そして、耳まで真っ赤になる。
「……何」
「い、いえ」
「なんで目逸らすの」
「その……非常に、勇ましいお姿だと思いまして」
「うん」
「聖地へ赴く者として、実に……その……」
ルイの視線が、一瞬だけ私の旅装を上下した。
すぐに逸れる。
「……似合っています」
「お前さ」
「はい」
「信仰心、いまちょっと乱れたでしょ」
「…………」
黙った。
図星らしい。
「お前が一番分かりやすいんだよ!」
ルイは完全に目を逸らしたまま、咳払いをした。
その様子を見ていた近くの騎士たちが、にやにやしている。
私はさらに頭を抱えた。
ただの実用服だったはずなのに
いつの間にか、「勇壮なるアキテーヌ女公と、その後に続く麗しき婦人たち」
みたいな話になり始めている。
しかも詩人まで何やら書き留めているのが見えた。
嫌な予感しかしない。
「……ねえ」
私は馬上から詩人を睨んだ。
「今、何書いてる?」
「女公様方のお姿を、後世へ伝えるために」
「やめろ」
「え?」
「絶対盛るでしょ」
「そのようなことは」
「盛る顔してる」
詩人は目を逸らした。
ほら。
私は深くため息を吐いた。
これ、絶対あとで変な話になる。
私が実際にやったのは、長旅だから動きやすい格好にしただけだ。
なのに何十年、何百年か経った頃には、
『アリエノールはアマゾネスのごとき姿で婦人たちを率い、十字軍の男たちを魅了した』
とか。
そういう香ばしい話に進化している気がする。
証拠はない。ただの嫌な予感だ。
でも、最近の私の嫌な予感は、妙に当たる。
「Google先生……」
私は青空を仰いだ。
「もし未来に私の変な逸話が載ってたら、頼むから注釈入れといて」
もちろん返事はない。
「『※本人は単に裾が邪魔だっただけです』って」
真紅や青や金の布をまとった貴婦人たちが、楽しそうに馬を進めていく。
その華やかな一団の真ん中で
私だけが後世の風評被害の気配に、じわじわと胃を痛めていた。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




