第37話:不倫の話から軍隊を動かすな!!
内容が重たいのでなるべく重くなりすぎないようにしたつもりですがどうだってでしょうか(´;ω;`)
今後どんどん重たくなります_| ̄|○
なるべく笑えるようにしていきたいですが(´・ω:;.:...
「ちょっと待って。不倫の慰謝料問題で、なんで軍隊動かしてんの!?
てか!なんで現実の中世で悪役令嬢イベントみたいなのが起きてんだよ!!」
私の悲痛な叫びなど、馬の蹄と甲冑の音にあっさり掻き消された。
フランス国王軍は、堂々と進軍を開始していた。
いや。
分かっている。
正確には、妹の不倫だけが原因ではない。
あとから胃痛持ちの重臣たちを捕まえて、一人ずつ問い詰めた結果、ようやく事情が見えてきた。
どうやら以前から、ブールジュの大司教を誰にするかを巡って、
うちの旦那と教皇庁は揉めていたらしい。
そこへシャンパーニュ伯ティボーまで絡んで、王権だの教会だの有力諸侯だの、
私の苦手な単語が全部一つの鍋に放り込まれていた。
つまり、もともと火薬庫だった。
そこへ我が妹が、
『既婚者と真実の愛に目覚めました!』
という特大の火種を投げ込んで
ラウル伯が、
『では妻との婚姻を無効にしましょう』
と油を注ぎ
教会が、
『認めません』
と薪を追加し
最後にうちの旦那が、
『ならば私が何とかする』
と松明を持って立ち上がった。
「知るかそんなの!! 最初に説明しろよ!!」
私は馬上で頭を抱えた。
ホウレンソウはどうした。
報告
連絡
相談
十二世紀にもその概念くらい生やしてくれ。
そうして、政治と宗教と家同士の意地が絡まり合ったまま、争いはついにシャンパーニュへ及んだ。
そして1143年
ヴィトリー
そこで、取り返しのつかないことが起きた。
王軍の攻撃の最中、町に火が広がった。
最初は、遠くに赤い光が見えるだけだった。
誰かが何かを燃やしたのだろう。
戦なのだから、そういうこともある。
私はそう思っていた。
けれど風に煽られた炎は、思っていたよりずっと速く広がった。
屋根から屋根へ。
建物から建物へ。
逃げ惑う人々の声が上がる。
やがて、多くの住民が避難していた教会にまで火が及んだ。
「……あ」
誰かが、そう呟いた。
私だったのかもしれない。
炎が上がる。
高く。
高く。
夜空を真っ赤に染めるほどに。
石造りの壁の向こうから、悲鳴が聞こえた。
子供の声。
女の声。
男の声。
誰かを呼ぶ声。
助けを求める声。
そしてそれらが、次第に炎の音へ呑み込まれていく。
私は動けなかった。
何も言えなかった。
ただ、目の前の光景を見ていた。
人が死んでいる。
たくさん。
私たちの軍が戦っている町で。
私たちが始めた争いの中で。
どこからどこまでが誰の責任なのかなんて、この瞬間にはどうでもよかった。
”目の前で人が焼けている”
それだけだった。
隣を見る。
ルイも動いていなかった。
顔から血の気が消えている。
さっきまで王として命令を出していた男が
炎を見つめたままただ立ち尽くしていた。
「……神よ」
掠れた声が漏れる。
「私は……」
ルイの膝が崩れた。
その場に、力なく座り込む。
「私は、何ということを……」
両手で顔を覆い、身体を震わせる。
「主の家を……無辜の民を……私は……」
声が続かない。
私はそんな夫を見下ろしながら、頭の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じていた。
ついさっきまで。
王として正しいことをしているつもりだったはずなのに。
目の前で結果を突きつけられた途端、世界の終わりみたいな顔をしている。
「……ちょっと」
自分でも驚くほど掠れた声が出た。
「さっきまで軍隊動かしてた人間が、急に世界の終わりみたいな顔するなよ……」
怒鳴る気力さえ、もうなかった。
「こっちも……感情が追いつかないんだけど」
ルイは答えなかった。
ただ、震えていた。
私はその姿を見て。
そして、もう一度燃える町を見た。
その瞬間
何年も前の光景が、いきなり頭の中に蘇った。
『王妃となった以上、いつまでも南から連れてきた者ばかりを側に置くのは感心しませんね』
『ペトロニーユ殿についても、いずれは――』
アデル王太后。
あの時私は思った。
妹まで取り上げる気か。
ふざけるな。
私の家族だ。
絶対に守る。
そして……
守った。
守り切った。
「…………」
私はその場に膝をついた。
「……あの時」
頭を抱える。
「あの時……」
声が震える。
そして。
「アデルの言う通りに、ペトロニーユをアキテーヌに叩き返しておけばあああああ!!!!」
夜空に向かって絶叫した。
近くにいた騎士たちが、ぎょっとして振り返る。
知るか。
今はもう知るか。
「『王であることまで忘れるな』って、こういうことかよおおおお!!!!」
今なら分かる。
遅いけど。
死ぬほど遅いけど。
あれはただの姑の嫌がらせじゃなかった。
経験のある元王妃が
若い国王と、その嫁に
『感情だけで政治を動かすな』
と警告していたのだ。
それを私は。
『勝った^^』
とか言って。
ワイン飲んで。
クッション増やして。
詩人呼んで。
完全勝利した気になっていた。
「うわあああああ!!」
私は地面を叩いた。
「私のバカ!!」
いや。待て。でも。
「……待って」
私は顔を上げた。
「いや待て待て待て」
混乱した頭で、必死に考える。
妹をアキテーヌに帰していれば全部防げた?
本当に?
そもそもルイと教皇は、その前からブールジュの件で揉めていた。
ティボー伯との対立もあった。
王権と教会。
有力諸侯。
妹の婚姻。
ラウル。
ペトロニーユ。
全部がどこかで絡んでいる。
「何がどこから始まって、どう繋がって、こうなった!?」
私は両手で頭を抱えた。
「誰かホワイトボード持ってきて!! 相関図書いて!!」
当然誰も持ってこない。
十二世紀だから。
「誰が悪いの!?」
妹?
ラウル?
ティボー伯?
教皇?
ルイ?
それとも。
『全部?』
「なんで高校の時、世界史八点だったんだ私!!」
今!
今こそ!
必要なのに!!!
この時代の人間関係と政治情勢を、三行で分かりやすくまとめてくれる存在が。
「チャッピー呼んでこいチャッピー!!!!」
「……ちゃっぴー?」
弱々しい声がした。
振り返ると、
灰と泥にまみれたルイが、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げていた。
「……誰なのですか。その、ちゃっぴーという方は」
「未来の賢者!!」
「賢者……?」
「なんでも聞いたら、だいたい分かりやすく説明してくれるやつ!!」
ルイの瞳に、ほんの少しだけ光が戻った。
「その方に……私の罪をどう償えばよいか、尋ねることはできますか」
「できるかもしれないけど、いない!!」
「……いない?」
「この時代にはいないの!! 知ってる!! だから困ってるんでしょうが!!!!」
再び私の叫びが、夜空へ消えていった。
燃える町。
泣き崩れる国王。
頭を抱える王妃。
どこから何を間違えたのか。
その答えを知っている人間は、少なくともこの場にはいなかった。
ただ…
ヴィトリーの炎はルイの中に、消えない傷を残した。
それだけは、私にも分かった。
そして数年後。
遠い東から新たな知らせが届き、西欧中で再びある言葉が飛び交い始めた時。
我が夫は。
その言葉にどう考えても普通ではない食いつき方を見せることになる。
『――十字軍。』
もちろん世界史八点の私は、まだ知らない。
「十字軍」というものが
”一回やったら終わり”ではないことすら。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




