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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第27話:喋れ。頼むから何か喋ってくれ

まぁ・・・陽キャと陰キャだから・・・

王太子ルイ殿下は、噂どおりの少年だった。


ボルドーの館に到着した一行の中から現れた彼は、豪奢な毛皮や派手な刺繍を

身にまとっているわけでもなく、どこか修道士を思わせるような、落ち着いた色合いの服を着ていた。


……いや、質素なのはいい。


「信心深くて、質素で、おとなしい」と聞いていたから、

どんな根暗な陰キャがやってくるのかと身構えていたけれど。


実際に目の前へ現れた彼を見て、私は少しだけ認識を改めた。


(……あれ? 顔はいいな)


そう。

顔は悪くない。

むしろ、かなり整っている。


線の細い顔立ちに、抜けるように白い肌。澄んだ瞳と通った鼻筋は、

どこかの教会に飾られている若い聖人の絵から、そのまま抜け出してきたようだった。


背もすらりとしている。

ビジュアルだけなら、十分に当たり枠と言っていい。


顔はいい。

スタイルも悪くない。


でも。


(喋れ。頼むから何か喋ってくれ……!!)


私の内心のツッコミは、対面から五分と経たずに悲鳴へと変わっていた。


静かだ。

静かすぎる。

さっきから儀礼的な挨拶以外、この人から自発的に発せられた言葉がほとんどない。


出された葡萄酒にも一口だけ口をつけ、背筋をきっちり伸ばしたまま、

両手を膝の上で几帳面に揃えている。


まるで、これから厳しい説教を受ける生徒みたいだ。


いや。

静かというより。


(……こいつ、さっきから全然こっち見なくない?)


一応、私だって自分の容姿については、それなりに自覚がある。


父上も母上も、客観的に見てかなり顔がよかった。


あの暴走族総長じいちゃんだって、どれだけ無茶苦茶をやらかしても女が途切れなかったくらいには、

妙に華のある男だった。


そこから生まれた私だけが、突然メンデルの法則を無視して事故物件になる確率は、

たぶんそんなに高くない。


この時代の金属鏡は、前世の鏡みたいに毛穴まで確認できるほど鮮明じゃない。

だから自分の顔を細部まで把握しているわけではないけれど、侍女たちの褒め言葉を

半分差し引いたとしても、素材は悪くないはずだ。


多分。


なのに。

ルイは、私と視線が合いそうになるたびに、すっと目を逸らす。


右へ逸らし。

左へ逸らし。

最終的には、床のタイルの継ぎ目を熱心に観察し始めた。


……なんだこいつ。


アキテーヌの男たちなんて、少なくとも私の周りにいた連中は、

女と目が合えば何かしら言葉を返してくるのが普通だった。


褒める。笑う。冗談を言う。

気取った奴なら、詩の一節くらい口にする。


真正面から視線を避け続けられるなんて、この十五年間でほとんど経験がない。


「……あの、殿下」


「は、はいっ!」


ルイの肩が、びくっと跳ねた。


「私の顔に、何か不都合なものでもついています?」


「い、いえ! そのようなことは決して……!」


「じゃあ、なんでさっきから一度も目を見てくださらないんですか?」


「それは、その……」


ルイの視線が宙をさまよう。

そして最終的に、斜め四十五度上の天井の梁へ逃げた。

さらに逸らした。


イラッ。


こっちは婚約相手として、家も領地も未来も背負って品定めされる側でもあるんだぞ。

せめて人の顔くらい見ろや。

面接官の顔も見ずに志望動機を喋る就活生か。


会話のキャッチボールをしようとしているのに、

相手がグローブを後ろ手に隠して地面を見ている状態だ。


やりにくい。

ものすごく、やりにくい。


――なお。


前世で二十八年。

さらに、こちらの世界で十五年。

単純に足していいものかは知らないけれど、感覚だけなら私はとっくに四十を越えている。


十五歳の身体に入ってはいるものの、中身だけならかなりのおばちゃんだ。

しかも、十五年間こちらで暮らすうちに、年下の家臣や子供たちを相手にすることにも慣れ、

すっかり「肝の据わった世話焼き側」に回っていた。


そんな私は、ひとつ重大なことを完全に忘れていた。


目の前にいるルイは、”王太子になることを前提に育てられた長男ではない”。

もともとは兄がいて、自分が王位を継ぐ予定ではなく、

信仰や聖職者的な教育を強く受けて育った少年だ。

そして今、まだ十六か十七そこそこの思春期真っ盛り。


そんな少年が。

突然、婚姻相手として。

南の太陽を浴びて育った同年代の女に真正面から見つめられ、遠慮なく質問を浴びせられ、

ぐいぐい距離を詰められたらどうなるか。


答えは簡単だった。


キャパオーバーする。


でも、その時の私はそこに気づかなかった。

ルイはただ、女慣れしていなかったのだ。

ましてや、アキテーヌ育ちの”私みたいなタイプ”には。


「……よく、お話しになる方なのですね」


ようやくルイが絞り出した言葉は、それだった。

私は瞬きをした。


「……そう?」


「はい」


「普通だと思うけど」


ルイは困ったように微笑んだ。

その顔は悪くなかった。


いや、むしろ。

笑えば結構かわいい。


でも。

そこで会話はまた死んだ。


…………。


…………。


気まずい。

ものすごく気まずい。


私は葡萄酒へ手を伸ばした。

ルイも同じタイミングで杯へ手を伸ばした。


一瞬、手が止まる。

視線が合う。

ルイが逸らす。


またかよ。


後世の歴史書なら、きっとそれらしい言葉で飾るのだろう。


フランス王太子ルイと、アキテーヌ女公アリエノール。

ヨーロッパの行く末を大きく変える二人の、運命の出会い――とかなんとか。


実際は。


「……何かお話しになりたいことは?」


「い、いえ。特には」


「…………」


「…………」


ロマンスの欠片もない。

地獄みたいに気まずい沈黙だけが、私たちの間に流れていた。


※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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