第26話:ギョームの次はルイかよ!!
まあ、うん。でしょうね。
父上の遺言を飲み込み、フランス国王の保護を受け入れると決めた翌日。
アキテーヌの居城に、早くもパリからの使者が到着した。
重臣たちが緊張した面持ちで執務室へ入ってくる。
「公女殿下。フランス国王ルイ陛下より、特使が参っております」
「うん」
「ついては、王太子ルイ殿下とのご成婚に向けて――」
「……待って」
私は片手を上げて、老騎士の言葉を遮った。
ルイ。
フランス国王、ルイ。
その息子の王太子も、ルイ。
私はしばらく無言のまま、執務室の高い天井を見上げた。
じっと見上げる。
深く息を吸う。
そして、机を両手でバンと叩いた。
「……ギョーム縛りの次は、ルイ縛りかよ!!!!」
「は、はあ……?」
家臣たちが一斉に、ぽかんとした顔でこちらを見る。
ふざけるなと言いたい。
うちの家系図を見てみろ。
おじいちゃん、ギョーム。
お父さん、ギョーム。
弟、ギョーム。
親戚の諸侯まで見渡せば、右を向いてもギョーム、左を向いてもギョーム。
せっかくギョーム地獄から抜け出したと思ったのに、今度はこれだ。
王様、ルイ。
息子も、ルイ。
「この世界、名前の在庫少なすぎない!?」
「殿下、滅相もないことを……! ルイという御名は、フランク王国の古き王統に連なる、
たいへん由緒正しき――」
「由来の講釈はいい! 王太子ルイ殿下って、どのルイ!?」
「……ですから、王太子殿下にございますが」
「分かってるよ! そうじゃなくて! 何世!? 番号! 番号つけてよ!!」
「ば、番号……?」
家臣たちの眉が、一斉に八の字になった。
私だって分かっている。
人間は生まれた瞬間から、背中に『7』とかゼッケンを縫いつけられて出てくるわけじゃない。
王様だって、出生届に『ルイ〇世』と書いて役所へ提出するわけじゃない。
そういう番号は、後世の人間が「あー、こいつ何番目のルイだっけ?」と
整理するためにつけるものなのだろう。
頭では百も承知だ。
でも言わせてくれ。
「生まれた時から頭の上にシリアルナンバー打っとけよ!!」
誰が誰だか、一ミリも判別つかないんだよ!
世界史の教科書で『ルイ』って文字を見ただけで、もういいやってページを閉じた
私の気持ちが分かるか!?
今、そのルイ地獄をリアルタイムで食らってるんだぞ!
「……殿下。とにかく、王太子ルイ殿下がお迎えのため南下しておられます」
「そっちのルイね」
私は額を押さえた。
「で、その王太子ルイって、どんな奴なの?」
「どんな、と申されますと」
「性格。顔。普段何してるとか。結婚する相手なんだから、それくらい知りたいんだけど」
使者とやり取りをしてきた家臣は、なぜかそこで少し言葉を濁した。
「ええと……たいへん信心深い方であると」
「……他には?」
「主への祈りを欠かさず、質素を好み、慎み深く、大変おとなしい若君であると聞いております」
私はしばらく黙った。
「…………それ、褒めてる?」
「もちろんでございます! キリスト教徒として、これ以上ないほど立派なお人柄かと!」
胸を張る家臣を見ながら、私は言いようのない不安を覚えた。
信心深い。
質素。
おとなしい。
私は頭の中で、その三つを並べてみる。
それから、今度は自分の育った場所を思い浮かべる。
燦々と照りつける南の太陽。
葡萄畑。
たっぷり注がれるワイン。
宴になれば誰かが歌い、誰かが笑い、誰かが下品な冗談を飛ばす。
恋の歌を作りまくった祖父。
遠慮なく言葉を返す貴婦人たち。
酒が入れば声の大きくなる騎士たち。
そして、そういう空気を当たり前だと思って育った私。
「……絶対、性格合わなくない?」
ぽつりと漏らすと、家臣が困った顔をした。
「まだお会いにもなっておられません」
「分かってるよ」
分かっている。
会ってみたら、案外面白い人かもしれない。
信心深いからといって堅物とは限らないし、質素だからといって話が合わないとも限らない。
それでも。
名前の在庫の少なさにブチギレていた熱が急速に冷めるにつれ、
胸の奥にじわじわと嫌な予感が広がっていった。
ギョームの次は、ルイ。
そして、そのルイは。
どうやら私とは、かなり違う空気の中で育った人間らしかった。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




