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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第25話:ウィキペディア先生! Google先生!!

さぁ。ここからが始まりです(`・ω・´)

あとは最後までジェットコースターです(`・ω・´)


遺言状の封蝋を割り、私は震える指先で羊皮紙を広げた。

そこに並んでいたのは、見慣れた父上の硬く几帳面な筆跡だった。


八年間、何度も見てきた字だ。私が提出した書類の余白に容赦なく訂正を書き込んだ字でもあり、

領地から届いた報告書へ細かな指示を書きつけていた字でもある。


もう、この字を書いた本人はいない。

そう思うだけで胸が詰まり、しばらく先を読むことができなかった。


それでも、読まなければならない。

これは父親が娘に残した手紙であると同時に、アキテーヌ公が後継者へ残した

最後の指示でもあるのだから。


私は一度息を整えて、続きを追った。


そして。


「……ルイ?」


思考が止まった。

もう一度読む。

間違いない。


そこには、父上が自分の死後、私とアキテーヌの保護を主君であるフランス王ルイに託すこと、

そして若い私にふさわしい夫を選ぶことについても王の判断を仰ぐことが記されていた。


私は羊皮紙を見た。

それから、青ざめた顔で控えている家臣たちを見る。

もう一度、羊皮紙を見る。


「……待って」


「はい」


「これ、どうすればいいの?」


重臣の一人である老騎士が、わずかに眉を上げた。


「どう、とは……?」


「いや、だから!」


私は思わず遺言状を掲げた。


「私、今からアキテーヌ公なんでしょ!? だったらここに残って、領地を守るべきなんじゃないの!? でも十五歳の小娘がクソデカ領地を一人で抱えるのは普通に危ないから、後見人を頼るのが正解!?

フランス王に保護を頼むってことは、私が北へ行くの? それとも向こうから何かしてくれるの?

そもそも夫まで王様に選んでもらって大丈夫なやつなの!?」


老騎士が完全に困った顔になった。

他の家臣たちも互いに視線を交わしている。

誰も、私が何を心配しているのか理解できていない。


当たり前だ。

彼らにとってこれは、敬愛する主君が娘を守るために残した、ごく現実的な手立てなのだ。


アキテーヌは広い。

だからこそ狙われる。

しかも今、その頂点に立つのは十五歳の女。


父上が強大な主君であるフランス王の庇護を求めたこと自体は、

この時代の人間から見ればそれほどおかしな判断ではないのだろう。


分かる。

理屈は分かる。

私だって、この八年間でその程度の政治感覚は身につけた。


問題は、そこじゃない。


「……これ、歴史的に行っていいやつ?」


「はい?」


「こっちの話!」


私は頭を抱えた。


そう。

私が本当に聞きたい相手は、この部屋には一人もいない。


十二世紀の重臣でも、騎士でも、司祭様でもない。


ウィキペディア先生だ。

Google先生だ。

なんならチャッピーでもいい。


『アリエノール・ダキテーヌ 父死亡 その後』


『フランス王ルイ 信用していい』


『アキテーヌ公国 乗っ取り回避 攻略法』


検索窓を。

検索窓を出してくれ。

誰か私の人生のネタバレをくれ!


前世のスマホはどこだ。圏外でもいいから持ってこい。

いや、圏外じゃ駄目だ。Wi-Fiも一緒に持ってこい。充電器もだ。


「……殿下?」


恐る恐る声をかけられた。

私はその場で両手を頭に当てたまま、机へ突っ伏した。


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!」


荘厳な執務室に、十五歳の新米領主の情けない悲鳴が響き渡った。


「私はこのあとどうなったんだよおおおお!!」


未来から来たくせに、未来が分からない。

技術も知らなければ、歴史も知らない。


さっきまでより情報は増えた。

父上はフランス王を頼れと言っている。

夫までそいつに選んでもらえと言っている。


それなのに、私の理解度は一ミリも増えていない。


ルイ。

ルイって誰だ。

フランス王にルイが多いことくらいは、さすがの私でも知っている。


ベルサイユの太陽王が十四世。(たぶん)

マリー・アントワネットの旦那でギロチンに行ったのが十六世。(たぶん)


あとブランデーにルイ十三世って書いてあった気がする。


以上。

私のルイ知識、終了。


しかも目の前の人間に「このルイ何世?」と聞いたところで、たぶん意味が通じない。


番号で整理してくれよ、未来の歴史家!

こっちは名前だけじゃ区別つかねえんだよ!


しばらく頭を抱えていたが、当然ながらスマホは現れなかった。


Googleの検索窓も開かないし、ウィキペディア先生が

「アリエノール・ダキテーヌ」の項目を表示してくれることもない。


目の前にあるのは、冷たい石の床と、父上の遺言状。

それだけだ。


私は長く息を吐いた。


「……落ち着け、私」


未来は分からない。

正解も分からない。

この王を信じることが、数年後の私にとって吉と出るのか凶と出るのかも分からない。


世界史8点の私にとっては、ほとんど目隠しで道を選ぶようなものだ。


でも。

私はもう、何も知らない七歳児ではない。

アキテーヌがどれだけ大きいか知っている。

父上が、周囲との関係を保つためにどれだけ神経を使っていたかも知っている。


十五歳の女が突然これだけの土地を継げば、こちらの事情なんて知ったことではない連中が

動き出すことも、想像くらいはできる。

父上が何も考えずに、私の身柄とアキテーヌを誰かへ預けるはずがない。


あの真面目で、慎重で、心配性で、私が七歳の頃から馬鹿みたいな量の勉強を叩き込んできた父上が、

最後に選んだ相手なのだ。


近隣の狼たちに食いちぎられるくらいなら、もっと大きな獣の庇護を借りる。

たぶんこれは、父上が私のために用意できた、最後の防波堤だった。


「……分かった」


私は羊皮紙を丁寧に巻き直した。

家臣たちが一斉にこちらを見る。


「父上の遺志に従う。フランス王の保護を受けます」


言葉にしてしまうと、急に現実味が増した。


北の王。

まだ顔も知らない相手。

何を考えているのかも、歴史上どんな人物だったのかも、私にはさっぱり分からない。


「必要な使者と返書の準備をして。父上の死と、私が遺言を受け入れたことを正式に伝えます」


「承知いたしました」


老騎士が深く頭を下げた。

その姿を見てから、私はもう一度、手の中の遺言状へ目を落とした。


正解かどうかなんて分からない。

だから今は、父上が最後に残してくれた判断を信じるしかない。


――そして私は、この時まだ知らなかった。


フランス王の名前がルイなら。

その息子までルイだということを。


※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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