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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第179話:ワンマンCEO、次の「最適配置」を思いついて全員を巻き込む件

アリエノールの幽閉は何度か場所替えしてはいたみたいですね。後編になるほどわりと自由度も上がってたとかなんとか。(`・ω・´)

ノルマンディー、ルーアンの公爵宮殿。

執務室の長机には、大陸各地の地図と報告書が広げられていた。

その中央で、ヘンリー二世は腕を組み、じっと地図を見下ろしている。


リチャードとは直接話した。

互いに何を考えているのかも、以前よりは分かった。


それでも結局、ポワトゥーの話はまとまらなかった。


妻のアリエノールからは「本人同士で話せ」と言われ、その通りにした。


ジェフリーにはもう一度リチャードの様子を見てこいと頼んだが、

「領内の裁定と徴税の確認で手が離せません」と断られた。


ジョンに至っては、父親が「お前のためだ」と言った時ほど警戒するという、

妙な学習までしているらしい。


普通なら…。


ここで少しくらい、自分のやり方に問題があるのではないかと

考えるところかもしれない。


ヘンリー二世も、まったく考えなかったわけではない。

ただ反省して立ち止まるより、次の解決策を考える方が圧倒的に早い男だった。


「……ふむ」


髭を撫でる。


「リチャードがポワトゥーを動かさんというなら、無理に動かす必要はない」


背後に控えていた老側近が、わずかに眉を上げた。


「では、ジョン殿下の件はお諦めに?」


「誰がそんなことを言った」


側近の表情が戻った。

やはりそうなる。


ヘンリーは地図の上へ指を置いた。


「ジョンに何も与えぬままというわけにはいかん。

だが、リチャードがあそこまで拒むなら、別の形を考えるべきだ」


「別の形、と申されますと」


「それを今考えている」


ヘンリーは当然のように答えた。


側近は黙った。

この男は、何か一つ計画が止まっても「ではやめよう」とはならない。


「では別案を」


そうなる。


それが王としての強さでもあり、

家族にとっては非常に面倒なところでもあった。


「ジェフリーには、引き続きブルターニュを任せる」


「はい」


「リチャードも今はそのままでよい」


「はい」


「ジョンについては、別に適したものを探す」


そこで。


ヘンリーは少し考えた。


「それと」


側近が嫌な予感を覚える。


「アリエノールを移す」


「……王妃殿下を、でございますか?」


「ああ」


「どちらへ」


「ウィンチェスターだ」


側近は少し驚いた。


「オールド・サラムから?」


「いつまでも同じ場所へ置いておく必要もあるまい」


ヘンリーは淡々と言った。


完全に自由にするつもりはない。

だが、王妃としての身分まで失わせたわけでもない。


必要な時に連絡が取れ、

王家の事情に応じて扱いやすい場所へ置いておいた方が都合がいい。


「ウィンチェスターなら管理もしやすい」


「承知いたしました」


「待遇はこれまで通りでよい。ただし勝手な移動は許すな」


「はっ」


ヘンリーはそれで一つ仕事を片づけたように頷いた。


妻

息子たち

各地の領土


それぞれが、それぞれの事情で動き始めている。


なら、自分も配置を考え直せばいい。


本人の中では、非常に合理的な判断だった。


ただし配置される側が、どう思うかは別の話である。


◆


数日後。

イングランド、オールド・サラム城塞。

私は居室で、冷めかけたハーブティーをすすっていた。


少し前に、


「私、いつまでここにいるの!?」


と大騒ぎしたばかりである。


当然、何の答えも出なかった。


Google先生もいない。

ちゃっぴーもいない。

世界史八点の頭からは、

自分の未来について有益な情報が一文字も出てこない。


結局今日も私は石壁の中で、お茶を飲んでいる。


「……虚無」


思わず呟いた。


侍女長が何も言わずにお茶を足してくれた。


その時、扉の外が少し騒がしくなった。

やがて、城を預かる役人が厳粛な面持ちで部屋へ入ってくる。


「王妃殿下」


「はいはい」


私は半分投げやりに顔を上げた。


「今度は何? また『息子を説得してくれ』っていう業務連絡(LINE)?」


「いえ」


役人は一礼した。


「国王陛下より、王妃殿下にご移動の命が届いております」


「…………」


私は瞬きをした。


「移動?」


「はい」


カップを持つ手が止まる。


「どこへ?」


「まずは身辺を整え、当城を出るようにとのことでございます」


「…………」


『当城を出る』


私はゆっくりとカップを置いた。

心臓が一度、大きく跳ねた。


「……え」


侍女長がこちらを見る。


私は立ち上がった。


「待って」


「王妃殿下?」


「今、出るって言った?」


「はい」


「ここから?」


「はい」


「オールド・サラムから?」


「左様でございます」


一瞬、頭が真っ白になった。

そして、さっきまで死んでいた希望が、

ものすごい勢いで蘇った。


「……しゃ」


声が震える。


「釈放!?」


役人が目を瞬いた。


「は?」


「ついに!?」


私は両手を広げた。


「自由!? 私、自由なの!?」


「王妃殿下」


「アキテーヌ帰っていいの!? ポワティエ行っていい!? 

リチャードに『お母さんよ!』って抱きついていいのね!?」


侍女たちがざわついた。

私はもう半分泣きそうだった。


十年以上………

十年以上である。


ついに。

ついにこの日が――


「違います」


役人が言った。


「…………」


希望が止まった。


「……はい?」


「ウィンチェスターへの移送でございます」


沈黙。


私は役人を見る。

役人も私を見る。


「……ウィンチェスター?」


「はい」


「自由は?」


「これまで通り、国王陛下の管理下に置かれるとのことでございます」


「…………」


「ただし、居所をウィンチェスターへ移されるようにと」


数秒、完全な静寂が落ちた。


私はゆっくりと両手を下ろした。


そして。


「違うんかいッッッ!!!!」


思いっきり叫んだ。


侍女の一人がびくっと肩を跳ねさせた。


「何なのよそれ!!」


私は机を指差した。


「『当城を出よ』なんて言われたら釈放だと思うでしょ普通!!」


「王妃殿下」


「刑期そのままで収監先だけ変わるやつじゃない!!」


「収監……?」


「部屋替えよ!!」


私は頭を抱えた。


「異動通知じゃなくて異送通知じゃないのよォォォ!!」


侍女長が、ものすごく微妙な顔をした。


「王妃殿下。少なくとも、環境は変わられます」


「そういう前向きな励まし要らない!」


「ウィンチェスターは立派な場所でございます」


「だから何よ! 石壁が別の石壁になるだけじゃない!」


「お部屋も、こちらより快適かもしれません」


「刑務所の新館みたいに言わないで!」


役人が困ったように口を挟んだ。


「陛下としては、王妃殿下の安全と待遇も考慮されてのことかと」


「待遇はいいのよ!」


私は即答した。


「そこじゃないの!」


待遇が悪いわけではない。


食事もある。

侍女もいる。

服もある。

必要なものは大体揃う。


問題は


「私は自由が欲しいの!!」


叫んでから、私は力なく椅子へ座り込んだ。


「……Google先生」


侍女たちが反応した。


「はい」


「呼んでない」


「失礼いたしました」


もう侍女たちの中で、Google先生が完全に実在の賢者扱いになりつつある。

私は額を押さえた。


「で」


少し落ち着いてから尋ねる。


「いつ移るの?」


「準備が整い次第、と」


「……そう」


ため息をつく。


まあ、どうせここにいても未来は分からない。

場所が変わるなら、少しくらい気分も変わるかもしれない。


「分かったわよ」


私は立ち上がった。


「行けばいいんでしょ、ウィンチェスター」


「はい」


「どうせなら今よりいい部屋にしてもらうから」


役人が困ったように微笑む。


「できる限り、そのように」


「あと食事」


「はい?」


「毎日今より美味しいもの出して」


侍女長が小さく笑った。


「承知いたしました」


私は大きく息を吐いた。


釈放ではない。

自由でもない。


”ただの移動”


それでも、十年以上続いた景色が、少しだけ変わる。

そう思えば完全なゼロではないのかもしれない。


「……でも」


私は最後にもう一度、役人を睨んだ。


「次から『退去せよ』みたいな期待させる言い方やめてよね」


「私に申されましても……」


「ヘンリー(クソヤロウ)に言っといて!」


役人は答えなかった。


その日のうちにオールド・サラムでは、王妃の移送準備が始まった。


そして私は十年以上見慣れた石壁を眺めながら、人生で初めて、


「別の軟禁先へ引っ越す荷造り」


という、まったく嬉しくないイベントに取りかかることになった。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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