第170話:やっぱり一ミリも反省してなかった件
結局こうなるw
オールド・サラム城塞の居室。
午後の日差しが差し込む中、私は届いたばかりの大陸からの報告書を広げ、
そのまましばらく固まっていた。
侍女長が少し離れた場所からこちらを窺っている。
私は手紙をもう一度読み返し、それからゆっくりと机の上へ置いた。
「……ねえ、侍女長」
「はい」
「私、ヘンリーに何て書いたっけ」
「『リチャード殿下と直接お話しなさい』と」
「そうよね。本人同士で話せって意味よね」
「そのように拝読いたしました」
「そうよねえ……」
私は一度深く息を吸い込み、それから机を叩いた。
「なのに何でジョンまで連れて
ポワトゥー方面へ向かってんのよォォォォッ!!」
声が石壁に反響し、侍女長が慣れた様子でそっと一歩だけ後ろへ下がった。
「陛下としては、ジョン殿下も今回の件の当事者であるから、とお考えなのでは」
「誰が当事者にしたのよ!」
「陛下でございます」
「でしょうが!」
私は椅子から立ち上がり、報告書を指差した。
そこには、ヘンリーがジョンを伴い、リチャードとの直接会談を求めて
ポワトゥー方面へ向かったと書かれている。
王なのだから当然護衛も随行も多いが、
軍を率いて戦争を始めたという話ではない。
問題はそこではない。
「私が言ったのは『親子でちゃんと話せ』なのよ。
誰が『末っ子まで連れて家族全員集合の圧迫面談をしろ』って言ったの!」
「圧迫面談、でございますか」
「比喩よ!」
ヘンリー自身としては、おそらく何もおかしいことをしているつもりはない。
妻から本人と話せと言われた。
だから本人のところへ行く。
今回の話はジョンの立場にも関係する。
ならばジョンも連れて行く。
そこまでの理屈は、腹立たしいほどきれいに繋がっている。
「……あの男、自分の中だけでは百点満点なのよね」
「筋は通っているように見受けられます」
「そこが余計に腹立つのよ!」
私は部屋の中を歩き回りながら頭を抱えた。
「しかも何でジョンまで連れてくのよ。あの子、
自分からポワトゥー欲しいなんて一回も言ってないでしょうが」
「はい」
「むしろずっと『何で僕が』側よ」
ジョンは十六歳。もう幼い子どもではないし、
自分がどんな状況に置かれているかも分かっている。
父親が自分に領地を与えたがっていることも、
そのせいでリチャードと揉めていることも、
自分自身が兄弟間の政治的な駒にされていることも、
おそらく全部理解している。
その上で、本人の感想は多分ひとつだ。
「絶対今頃言ってるわよ。『父上、何で僕まで行くんですか』って」
侍女長が静かに聞いている。
私はそのままヘンリーの低い声を真似た。
「『お前のための話だからだ』」
続いて、ジョンの声まで勝手に再現する。
「『僕、頼んでないんですけど』」
侍女長の口元がわずかに動いた。
「さらにヘンリーが『お前も当事者だ』って言うのよ。
そしたらジョンが『父上が勝手に当事者にしたんじゃないですか』って返す」
「……かなりありそうでございますね」
「でしょう!?」
私は椅子へ戻ってどさりと座った。
ジョンは頭が回らないわけではない。
むしろ自分が巻き込まれていることはよく分かっている。
ただ、分かっていても逃げ切れないのだ。
父親が勝手に役職を用意する。
領地を与えようとする。
兄が警戒する。
本人が「別に欲しくない」と言っても、
父親が「お前の将来のためだ」と連れて行く。
「……あの子、なんか運が悪いのよね」
「運、でございますか」
「普通にしてるだけなのに、周りが勝手に話を大きくするの。
で、逃げようとしたら父親に捕まる」
「はい」
「残念な子だわ」
「王妃殿下」
「褒めてるのよ」
「そうは聞こえません」
「愛情はあるの!」
侍女長は何とも言えない顔で黙った。
私は報告書をもう一度手に取った。
冷静に考えれば、ヘンリーも一応は私の言葉を聞いている。
リチャード本人と話すために動いたのだから、
完全に以前と同じというわけでもない。
ただし、本人の頭の中ではきっとこうだ。
『本人と話せと言われたから、本人のところへ行く。
ジョンも当事者なのだから同席させる。何か問題があるか』
「問題しかないのよ」
「まだ何も起きておりませんが」
「起きる前から分かるの!」
私は額を押さえ、これから行われるであろう家族会議を想像した。
まずリチャードが、父とジョンを見て眉をひそめる。
『何しに来た』
そこでジョンが、
『僕も知りたいです』
と答える。
ヘンリーは当然、
『お前は黙っていろ』
と言う。
そしてジョンが真顔で、
『じゃあ何で僕を連れてきたんですか』
と返す。
「……絶対こうなる」
侍女長がとうとう少し笑った。
「否定しにくい想像でございます」
「でしょう!」
少なくとも、すぐに戦争になるとは思わない。
リチャードは自分から父へ攻め込むつもりはないし、
ヘンリーも今のところは話をつけるために動いている。
だから多分、起きるのは戦争ではない。
もっと別の地獄だ。
「史上最高に気まずい家族会議ね」
「どなたが一番お困りになるのでしょう」
私は迷わず答えた。
「ジョン」
「やはり」
「本人、何も頼んでないもの」
私は遠い南の方角を眺めた。
頑固な父親。
頑固な兄。
その間へ連れて行かれる十六歳の末っ子。
せめて、まともな夕食くらい食べさせてもらえるといい。
「……頑張りなさい、ジョン」
母として少しだけ祈り、それから付け足した。
「帰りに美味しいものくらい買ってもらいなさい」
「王妃殿下、それでよろしいのでございますか」
「今のあの子に私がしてやれること、それくらいしかないのよ!」
アンジュー家の話し合いは、一応前へ進み始めていた。
ただし、その進み方は相変わらずものすごく面倒だった。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




