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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第159話:理屈が通じる相手ほど、拗れると手がつけられない

ヘンリーに一番足りないのは

「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。」

じゃないかなと思った(´-ω-`)

オールド・サラム城塞の居室。

大陸から届いた報告を読み終えた私は、そのまま机の上に突っ伏した。


ゴツン、と額が天板にぶつかる。


「……王妃殿下、お怪我をなさいます」


侍女長が、いつもの平坦な声で言った。


「額より胃の方が痛いから平気」


「平気ではないかと」


「ねえ、侍女長」


「はい」


私は額を机につけたまま尋ねた。


「リチャードは、ヘンリーの意図を理解したのよね?」


「はい。陛下が若王殿下の件を警戒されていることも、

ご自身を軽んじておられるわけではないことも、理解されたようでございます」


「で」


私はゆっくり顔を上げた。


「それでもポワトゥーは渡さない、と」


「はい」


「それを聞いたヘンリーが」


「『意図が分かったのなら、なぜ従わんのだ』と」


「そして同じ命令を、もう一度送り返した」


「そのようでございます」


私は天井を見上げ、しばらく考えた。

そして。


「……一番めんどくさい衝突パターン入ったわ」


深いため息が出た。


「勘違いならまだいいのよ!」


私は椅子から立ち上がった。


「伝言が途中で変になりました。実はこういう意味でした。ごめんなさい。

はい解決!ってできるじゃない!」


「はい」


「でも今回は違うの!」


机を叩く。


「お互い、相手の言ってることをちゃんと理解してるのよ!」


ヘンリーは分かっている。


リチャードが、長年自分で治めてきた土地を簡単には手放せないことを。


リチャードも分かっている。


ヘンリーが単に嫌がらせで自分の領地を削ろうとしているわけではなく、

若ヘンリーの件を踏まえて家全体の配置を考えていることを。


そこまで分かっていて。


「二人とも『それはそれとして俺は譲らん』なのよ!!」


侍女長が静かに頷く。


「確かに」


「確かにじゃないわよ!」


私は部屋の中を歩き始めた。


前世でも、こういうのはあった。


上層部と現場。

経営側と実働側。

どちらかが完全に馬鹿なら、まだ話は単純なのだ。


問題は。

両方とも、それなりに理屈が通っている時だった。


「ヘンリーの考えてること自体は分かるの」


私は指を一本立てた。


「長男がいなくなった。次男が今後もっと大きな立場になる可能性が高い。

だから末っ子にも今のうちに居場所を作りたい」


「はい」


「発想としては分かる」


もう一本。


「でもリチャードからしたらどうよ」


私は机の上の地図を指差した。


「将来何をくれるのかは言いません」


「はい」


「後継者にするとも言いません」


「はい」


「でも今持ってるポワトゥーには弟の席を作ります」


「……はい」


「誰が納得するのよ!!」


声が響いた。


「『次の役職を任せるかもしれないけど正式な内示はまだ出しません。

でも今のお前の部署から予算と人員だけ先に抜きます』って言われて、

『ありがとうございます!』ってなる管理職がどこにいるのよ!」


侍女長は返事をしなかった。

たぶん、何を言っているのか半分くらい分かっていない。


でも構わない。

今はとにかく喋りたい。


「しかもリチャードは、十代からあそこで実際に働いてるのよ!」


『反乱、城、諸侯、交渉戦』


何年もかけて、あの子なりにポワトゥーを治めてきた。


「だからあの子は、頭が悪いから断ったんじゃないの」


私は指を立てる。


「頭が回るから断ったのよ」


侍女長が少し首を傾げる。


「と、申しますと」


「親父の理屈は分かった。でも、その理屈に乗った結果、

自分の足元がどうなるかも分かったってこと」


”不確かな将来”と”確実に失う現在”


それを天秤にかけた。


その結果。


「ノー」


なのだ。


「だからリチャードの中でも筋は通ってる」


「では、ヘンリー陛下にも」


「筋はある」


私は即答した。


「あの人はあの人で、本気で家全体を見てるのよ。

自分が全体を見て判断してるんだから、局所を担当してる息子は

従うべきだと思ってる」


「……なるほど」


「そこなのよ!」


私は頭を抱えた。


「ヘンリーにとっては、

『説明した』『理解した』『じゃあ従う』

が、全部一本の線で繋がってるの!」


だからリチャードが、


『理解した。だが断る』


と言った瞬間。

ヘンリーの頭の中では意味不明になる。


「『分かったのに何で従わない!?』ってなるのよ!」


私は机を叩いた。


「理解と同意は別なの!!」


侍女長が静かに言う。


「王妃殿下が直接お伝えできれば、少しは違ったのでしょうか」


私は止まった。


「……私が?」


「はい」


一瞬頭の中に、ヘンリーの顔が浮かんだ。


そして。

前世でどこかで聞いた言葉まで、セットで蘇った。


「……あいつが今ここにいたら」


「はい?」


私は真顔になった。


「山本五十六の言葉を、耳元で百回くらい唱えてやるのに」


侍女長が完全に分からない顔をした。


「……ヤマモト、イソロク?」


「未来の偉い人」


ざっくり説明した。


「人にやらせたいなら、

『まず自分で見せて、ちゃんと説明して、やらせてみて、認めてやれ』

って話よ」


「なるほど」


「あの筋肉親父に今一番必要な教えよ!」


私は勢いづいた。


「『私はちゃんと評価している』じゃないの!」


机を指差す。


「本人に言え!!」


もう一度。


「『いずれ大きな仕事を任せるつもりだ』じゃないの!」


天井を指差す。


「本人に言え!!」


さらに。


「『私を信じれば分かる』じゃないの!」


両手を広げる。


「まず信用されるように話せェェェェ!!」


部屋に声が響いた。

侍女長はしばらく黙っていた。


そして


「もし陛下がお聞きになられた場合、どのように返されるでしょう」


私は考えた。


ヘンリーなら。


たぶん


『なるほど。良い言葉だ』


くらいは言う。


そして


『ではリチャードにも言って聞かせよう』


とか言い出す。


私は両手で顔を覆った。


「……ダメだ」


「はい?」


「絶対、自分に向けられた言葉だと思わない」


「……」


「『リチャードに教えてやろう』って言う」


侍女長が、少し考えた。


「……仰りそうでございますね」


「でしょう!?」


私はその場で天を仰いだ。


「違うのよヘンリー! お前が聞くんだよ!!」


当然、本人はここにはいない。

だから私の説教は、今日も石壁に吸い込まれて終わった。


私は大きく息を吐き、椅子へ戻った。


「理屈が通じない相手なら、まだ諦めもつくのよ」


「はい」


「でも、理屈が通じる相手同士が、お互い相手の言い分を理解した上で

『でも俺が正しい』ってなったら、どうなると思う?」


侍女長が少し考えた。


「……長引くのでございましょうか」


「そう」


私は力強く頷いた。


「ものすごく長引く」


そして。


「お互いに筋が通ってるゴリラ同士がぶつかったら、

どっちかが疲れるまで止まらないのよ!」


「どちらが先に疲れるのでしょう」


私は考えた。


ヘンリー

ゴリラ。


リチャード

ゴリラ。


ジェフリー

止めるより観察する。


ジョン

逃げたい。


私

幽閉中。


「…………」


答えが出た。


「無理だわ」


「何がでございますか」


「誰も止められない」


私は机へ額をつけた。

少しだけ考えてから、ぼそっと呟く。


「だって、あの一家」


一応、自分も含まれている。


そこは考えないことにした。


「全員ゴリラなんだもの」


侍女長は何も言わなかった。

そこだけは、否定しなかった。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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