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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第158話:理解したのなら、なぜ従わんのだ!?

お互い引かないからねぇ

ノルマンディー前線、国王軍の宿営地。

夜霧の立ち込める天幕の中で、ヘンリー二世は卓上の地図を前に腕を組んでいた。

ポワティエから戻ってきたばかりの古参の側近は、その正面で静かに立っている。


「……何だと?」


低い声だった。

側近は慣れた様子で、もう一度報告する。


「リチャード殿下は、『父上の意図は分かった』と仰せになりました」


ヘンリー二世の眉がわずかに上がる。


「うむ」


そこまではよかった。

むしろ、当然だという顔だった。


「あいつは頭の悪い男ではない。私が家全体を見て判断していることくらい、

説明すれば理解できる」


「はい」


「それで?」


側近は一瞬だけ言葉を選んだ。


「続けて」


「うむ」


「『それでも、ポワトゥーは渡さん』と」


沈黙。

ヘンリー二世の顔から、理解というものが消えた。


「……何だと?」


「『意図は分かった。しかし、ポワトゥーは渡さない』と」


次の瞬間机に拳が落ちた。

燭台の火が揺れ、インク壺が小さく跳ねる。


「意図が分かったのなら、なぜ断るッ!」


天幕の外にまで響きそうな怒声だった。


側近は目を閉じた。


来た。

予想通りだった。


「私が何のためにジョンの立場を整えようとしていると思っている!」


ヘンリー二世は立ち上がった。


「家全体の均衡のためだ! リチャードが将来より大きな責任を負う

可能性まで考えた上で、今の配置を整理しようとしているのだぞ!」


「はい」


「その意図を理解したのだろう!?」


「はい」


「ならばなぜ従わん!」


側近は、ものすごく慎重に答えた。


「殿下は、『理解することと受け入れることは別だ』と」


「へ理屈をこねるな!」


ヘンリー二世は天幕の中を歩き始めた。


本人の中では、完全に筋が通っている。

自分は家全体を見ている。

息子たちは、それぞれ自分の土地と立場を見ている。


ならば。

全体を見た上で国王が下した判断の方が、当然優先される。


ヘンリー二世にとっては、”それだけの話”だった。


「何が気に入らんのだ」


「恐らく」


側近は答える。


「殿下としては、将来何を継げるのかは明言されないまま、

現在治めておられる土地にだけ変更を求められることが」


「だから、それは必要な調整だと言っている!」


「はい」


「ジョンにも立場がいる!」


「はい」


「リチャードはいずれ、もっと大きな役目を担うかもしれん!」


「はい」


「ならば問題ないではないか!」


側近は黙った。

数秒ヘンリー二世が睨む。


「何だ」


「いえ」


「言いたいことがあるなら言え」


側近は迷った。

しかし、ここまで来たら言うしかない。


「……陛下」


「何だ」


「その『もっと大きな役目』を、

殿下ご本人にはまだお伝えになっておられません」


「まだ早いからな」


「ですので」


側近は静かに続けた。


「リチャード殿下から見れば、確約のない将来と引き換えに、

現在治めている土地を削られる形になります」


ヘンリー二世が顔をしかめる。


「またその話か」


「はい」


「私が考えていると言っているのだぞ」


「はい」


「それでなぜ足りん」


側近は心の中で頭を抱えた。


足りないから揉めている。

だがそれをどう説明しても、なかなか届かない。


「若王殿下とのことを、リチャード殿下も長くご覧になっておられました」


ヘンリー二世の表情が少し変わった。


側近は続ける。


「ですので、曖昧な将来の可能性だけで、

現在の立場を手放すことには慎重なのではないかと」


しばらくヘンリー二世は何も言わなかった。


やがて。


「……だからといって、私の判断に逆らってよい理由にはならん」


結局そこへ戻った。

側近は、もう驚かなかった。


「私は家全体を見ている」


「はい」


「リチャードは、自分の土地のことしか見ておらん」


「はい」


「まったく、誰に似てあれほど頑固なのだ」


側近は目を伏せた。

絶対に言わない。


”陛下と王妃殿下です”


とは。


言えば確実に面倒なことになる。


ヘンリー二世は再び地図へ目を落とした。


「もう一度伝えろ」


「何と?」


「こちらの考えは変わらん、と」


側近が小さく息を吐く。


「ポワトゥーについても?」


「当然だ」


「……はい」


「リチャードも、何度か考えれば分かる」


側近は一瞬だけ黙った。


「何だ」


ヘンリー二世が問う。


「いえ」


「また何かあるのか」


「リチャード殿下も、似たようなことを」


「何と」


「『親父もそのうち分かる』と」


静寂……

ヘンリー二世の眉間に、さらに深い皺が刻まれた。


「……本当に誰に似たんだ、あの男は」


側近は、もう一度目を伏せた。

やっぱり言わなかった。


”陛下です”


とは。


その夜

伝言ゲームの頃より、状況は少しだけ悪くなっていた。


もう誤解しているわけではない。


ヘンリー二世は、リチャードの言い分を理解している。

リチャードも、父親の意図を理解している。


そして分かった上で、二人とも一歩も引く気がない。

側近は天幕を出ると、冷たい夜風の中で深く息を吐いた。


「……前より悪化してないか、これ」


誰に聞かせるでもない呟きだけが、暗い宿営地へ消えていった。


※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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