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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第157話:親父の本音、本人以外の口から少しだけ漏れる件

まぁ、うん、でしょうね!

ポワティエ、大公宮殿の引見室。

南仏の強い日差しが窓から差し込み、磨かれた床に白く落ちていた。


リチャードは革鎧姿のまま、

長机の向こうに立つ使者をじろりと睨んでいる。

やってきたのは、ヘンリー二世に長年仕えている古参の側近だった。


「……で」


リチャードが低く言った。


「親父の使いが、今度は何の用だ」


側近は深々と頭を下げた。


「戦の談判に参ったわけではございません」


「なら何だ」


「陛下のお考えを、少しばかりお伝えしたく」


リチャードの眉が上がる。


「親父の考え?」


口元に、皮肉っぽい笑みが浮かんだ。


「長男が死んだ途端に、俺が治めている土地へジョンの席を作れと

言い出したことについて、何か立派な理由でもあるのか」


「……陛下は、殿下のお力を軽んじておられるわけではございません」


「だったら何だ」


「むしろ、逆かと」


リチャードの表情が止まった。


「……逆?」


側近は慎重に言葉を選んだ。

一つ間違えれば、父親の怒りと息子の怒りの両方を買う。

最近、自分の仕事は外交なのか家族間調停なのか分からなくなってきていた。


「陛下は、殿下が今後、より大きな責任を負われる可能性を考えておられます」


室内が静かになった。

リチャードが側近を見る。


「待て」


「はい」


「より大きな責任とは何だ」


側近は少し視線を伏せた。


「それ以上は、私の口から申し上げるべきことではございません」


「おい」


「申し訳ございません」


リチャードの目が細くなる。


「親父は、俺を次にするつもりなのか」


側近は答えない。


「アンリ兄上が持つはずだったものを、俺に継がせるつもりがあるのか」


「陛下は、そのようには仰っておりません」


「…………」


リチャードは長く息を吐いた。

そして、乱暴に頭を掻く。


「……面倒くせえな、あの親父」


側近は何も言わなかった。


言いたいことはあった。

ものすごくあった。

しかしそれを口にすれば、たぶん自分の立場がなくなる。


「若王殿下の件がございましたので」


側近は続けた。


「陛下は慎重になっておられるのです」


「俺が、アンリ兄上と同じになると思ってるのか」


「そうなると決めつけておられるわけではございません」


「なら何だ」


「同じことが起きない保証もない、と」


リチャードは黙った。


数秒、さっきまでの苛立ちとは少し違う顔になる。


「……アンリ兄上の件が」


ぽつりと言った。


「まだ親父の中で終わってないってことか」


側近は答えなかった。

答える必要もなかった。


リチャードにも分かった。

若ヘンリーは、父から王冠を与えられた。


だが、

実権を求め、

父へ反抗し、

諸侯を巻き込み、

最後まで互いを完全には信じ切れなかった。


その結末を見たばかりのヘンリー二世が、

次の息子へ簡単に全てを渡せるはずもない。


リチャードは腕を組んだ。


「つまり」


低い声で言う。


「親父は、俺を軽く見ているわけではない」


「はい」


「むしろ、いずれ大きなものを持たせる可能性がある」


「……そのようにお考えなのだと思われます」


「だが、それを俺には言わない」


「はい」


「その上で、今俺が持っている土地には手を出す」


側近は黙った。

リチャードの口元が歪む。


「なるほど」


「殿下」


「理屈は分かった」


側近の肩から、ほんの少し力が抜けた。


「では――」


「納得したとは言ってない」


側近の肩が、元に戻った。


「……ですよね」


「理解することと、受け入れることは別だ」


リチャードは椅子から立ち上がった。


「俺は兄上とは違う」


声に侮蔑はなかった。

ただ、事実を確認するような言い方だった。


「俺には、実際に治めてきた土地がある」


窓の向こうに目を向ける。


”ポワトゥー”

”アキテーヌ”

『母から受け継いだ土地』

十代の頃から何年もかけて、反乱する諸侯と戦い、

城を落とし、支配を固めてきた場所。


「親父に何を継がせてもらえるか分からない将来と引き換えに、

今俺が守っているものを差し出す気はない」


「……」


「親父が怖がっている理由は分かった」


リチャードは側近へ視線を戻した。


「だからといって、俺がその恐怖に付き合う理由にはならん」


側近は静かに息を吐いた。


「では」


観念したように尋ねる。


「陛下には、何とお伝えいたしましょう」


リチャードは少し考えた。


「意図は分かった、と」


側近の顔が、わずかに明るくなる。


「はい」


「それから」


嫌な予感がした。


「それでも、ポワトゥーは渡さん」


側近は目を閉じた。


「……ですよね」


リチャードは満足そうに頷いた。


話は通じた。

親父の考えも分かった。

リチャードの考えも変わらなかった。


理解した結果、何も解決しなかった。

アンジュー家では、そういうこともある。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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