第153話:伝言ゲームで戦争を始めるな
伝言ゲームとして最低w
オールド・サラム城塞の居室。
私は、運ばれてきたばかりのハーブティーを手にしたまま、
しばらく固まっていた。
「……ねえ、侍女長」
「はい」
「私の耳がおかしくなったのかしら」
侍女長は何も言わない。
「もう一度、主語と述語を分かりやすく言ってくれる?」
侍女長は、最新の報告書へ目を落とした。
「ジョン殿下がリチャード殿下のもとへ赴かれ、直接お話をされたそうです」
「そこまではいい」
「その後、ヘンリー陛下へ『兄上は怒っていました』と、そのままお伝えになり」
「うん」
「陛下は、リチャード殿下がご自身の意向に強く反発していると
受け取られたようでございます」
「…………」
私はゆっくりカップを置いた。
カチャリ
嫌な音がした。
「それで?」
「今後、リチャード殿下の動きをより注意深く見る必要がある、と」
「…………」
深呼吸。
一回、二回、三回……。
無理だった。
「伝言ゲームで戦争を始めるなァァァァァァァッ!!」
オールド・サラム城塞の石壁に、私の絶叫が反響した。
侍女長が静かに耳を塞ぐ。
「バカなの!? あいつら全員、脳みそまで筋肉でできてるの!?」
私は椅子を蹴る勢いで立ち上がり、部屋の中を歩き始めた。
胃が痛い。
ものすごく痛い。
前世で見慣れた胃薬の箱が、脳裏にちらつく。
「いい!? 一回整理させて!」
指を一本立てる。
「まずリチャード!」
侍女長が黙って見守る。
「十六歳の弟に
『親父に言っとけ、俺は怒ってる』
って何よその要約しすぎた業務連絡!」
私は壁に向かって叫んだ。
「『後継者の話を曖昧にしたまま、今まで自分が治めてきた土地に
勝手に手を入れられるのが嫌です』って、それくらい説明しなさいよ!
三行でいいのよ! 三行で!」
「リチャード殿下に、長い説明を求めるのは少々難しいかと」
「熊に手紙書かせるみたいに言わないで!」
「そこまでは申しておりません」
「同じようなものよ!」
二本目。
「次、ジョン!」
私はさらに勢いよく指を立てた。
「あの子もあの子よ! 何で言われたことをそのまま投げるのよ!」
母として、
前世の社会人として、
どうしても言いたい。
「そこは少しくらいクッションを挟みなさいよ!
『兄上も少し気が立っているようでしたので、時間を置かれてはいかがでしょう』
とか!」
「ジョン殿下は十六歳でございますので」
「十六歳ならもう少し言葉を選べるでしょうが!」
自分で言ってから、少し考える。
「……いや、無理か」
「はい」
「即答しないでよ!」
侍女長は視線を逸らした。
三本目。
「そして一番の元凶! ヘンリー!」
声量が一段上がった。
「『兄上は怒っていました』を聞いて、何でそこから
『やはりあいつは私に強く反発している』まで一気に飛ぶのよ!」
「陛下としては、若王殿下の件もあり」
「分かってるわよ!」
”若ヘンリーの反乱”
その記憶が残っている。
だから息子の反発に敏感になる。
そこまでは分かる。
分かるけど。
「『怒ってる』と『反乱する』の間には、
もうちょっと会話があるでしょうが!」
私は両手を広げた。
「確認するとか!」
「はい」
「直接聞くとか!」
「はい」
「一回落ち着くとか!」
「はい」
「何で全部飛ばすのよ!」
侍女長は何も言わなかった。
何なの、この一家。
リチャードが怒る。
ジョンがそのまま伝える。
ヘンリーが勝手に意味を足す。
そして私は、遠いイングランドで胃を痛める。
誰かが悪意を持って嘘をついているわけではない。
陰謀でもない。
密約でもない。
ただ、全員が少しずつ説明不足で、
少しずつ人の話を自分に都合よく解釈している。
その結果
話が一往復するだけで、なぜか危険度だけが上がっていく。
「……もうやだ」
私は頭を抱えた。
「何でアンリが死んで悲しんでる暇すらないのよ」
そのまま机へ突っ伏す。
冷たい天板に額をつけた。
数秒沈黙
そして
「……もう、直接話せッ!!」
私は机に突っ伏したまま叫んだ。
「手紙も伝言も禁止! 全員一回同じ部屋に集まって、目を見て直接話せ!」
侍女長が静かに立っている。
「ヘンリーはリチャードに直接聞く!」
「はい」
「リチャードもちゃんと説明する!」
「はい」
「ジョンは伝言係をやめる!」
「はい」
「ジェフリーは横で面白がらない!」
「……それは難しいかと」
「そこだけ即答するな!」
私は勢いよく顔を上げた。
「とにかく!
一回ちゃんと話せば、少なくとも今よりはマシになるでしょう!」
侍女長は少し考えた。
そして、いつもの平坦な声で言った。
「王妃殿下」
「何」
「それができれば、この十年間、ここまでにはなっていないかと存じます」
私は固まった。
数秒、その言葉を噛み締める。
そして。
「知ってるわよォォォォォォォォッ!!」
再び、オールド・サラム城塞に私の絶叫が響き渡った。
窓の外では、いつの間にか雨が降り始めていた。
アンジュー家の家族会議も、大体いつもこんな天気である。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




