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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第152話:末っ子、正直に報告しただけなのにまた火種を増やす件

まぁ何やっても炎上するよね

ルーアン宮殿、国王執務室。

分厚い机の前で、十六歳のジョンは妙に姿勢よく立っていた。


目の前では、ヘンリー二世が椅子に腰を下ろし、腕を組んでこちらを見ている。


顔は落ち着いている。

声も静かだ。


だからこそ、ジョンには余計に怖かった。


「……それで」


ヘンリー二世が口を開く。


「リチャードのところへ行ってきたのだな」


「はい」


「様子はどうだった」


「ええと……」


ジョンは少し迷った。


母から届いたサバイバル指南書。


リチャードとの会話。

その両方を頭の中で並べ直し、できるだけ角が立たないように言葉を選ぶ。

ここで失敗すると、また何かが燃える。

そんな気がした。


「兄上は」


一度、息を吸う。


「僕本人には、怒っていませんでした」


ヘンリー二世の表情がわずかに緩んだ。


「そうか」


「はい」


「やはりな」


ジョンの胸に、少しだけ希望が灯る。


『もしかして、今回は穏便に終わるのでは?』


「実の弟にまで敵意を向けるほど、あいつも愚かではないということだ」


「そうですね」


「ならば、少し時間を置けばこちらの意図も理解するだろう」


「……たぶん」


言った瞬間、ジョンの頭の中で警報が鳴った。

今、かなり危ない方向へ話が進み始めた気がする。


「ただ」


口が勝手に動いた。


しまった。

言わなければよかった。


ヘンリー二世が見る。


「ただ?」


ジョンは逃げたくなった。

だが

リチャード兄上からは、きちんと伝えろと言われている。

ならば言うしかない。


「父上には」


「私に?」


「……かなり怒っていました」


沈黙。

ジョンは目を閉じた。


来る。

絶対来る。


数秒後。


「……そうか」


意外にも。


ヘンリー二世は怒鳴らなかった。

机も叩かなかった。

ただ、ゆっくりと椅子の背へ体を預けた。


「やはり、簡単には従わんか」


「え?」


ジョンは目を開けた。

ヘンリー二世は、何かを考えるように机の上の地図へ視線を落とした。


「アンリが死んだ今、リチャードは自分が次だと思っている」


「まあ……それは」


「当然だろう」


ジョンは少し驚いた。


父親も分かっている。

分かっているのだ。


「だからこそだ」


嫌な言葉が続いた。


「今のうちに、こちらの意志を明確にしておく必要がある」


ジョンの顔が引きつった。


「……何の意志ですか?」


「私が生きている限り、最終的な判断は私がするということだ」


「…………」


出た。

また出た。

ジョンは心の中で頭を抱えた。


この父親分かっている。

リチャードがなぜ怒っているのかも。

長男が死んだ今、次男が自分を後継者だと思うのも。


全部理解した上でそれでも、


『最終的に決めるのは私』


から一歩も動かない。


一番面倒なやつだった。


「それで」


ヘンリー二世が続ける。


「リチャードは具体的に何と言っていた?」


ジョンは困った。

具体的にと言われても。

最後に言われたことは、一つしかない。


「……『兄上は怒っていました』と伝えろ、と」


ヘンリー二世が眉を寄せた。


「それだけか?」


「はい」


「他には?」


「ありません」


「本当に?」


「本当です」


「なぜ怒っているのかは?」


「ええと」


ジョンは慎重に答えた。


「自分を次の後継者だとはっきり言わないまま、

今持っている土地にだけ手を出されるのが気に入らない、と」


「なるほど」


ヘンリー二世は頷いた。

ジョンは、少し安心した。


よかった。

今度こそ伝わった。


「やはり、自分の立場を既成事実にしたいのだな」


「何でそうなるんですか!?」


ジョンは思わず叫んだ。

ヘンリー二世が怪訝そうに見る。


「何がだ」


「いや、今の話はそういう話じゃなくて!」


「では何だ」


「だから!」


ジョンは両手を広げた。


「兄上は、父上が何でも一人で決めるのが嫌なんです!」


静寂………。

ヘンリー二世の眉が少し動いた。


ジョンは言ってから後悔した。


しまった。

これは絶対に言い方を間違えた。


「……私が」


ヘンリー二世が低く言う。


「一人で決めるのが嫌だと?」


「ええと、その」


ジョンの視線が泳ぐ。


「たぶん」


「たぶん?」


「僕にも全部は分かりません!」


ついに限界だった。


「十六歳に政治の裏の意味まで聞かないでください!」


ヘンリー二世が目を丸くする。


「僕はただの伝言係です!」


ジョンは完全に開き直った。


「兄上が怒ってるって言うから、そのまま言っただけです! 

僕はポワトゥー欲しいなんて言ってないし、兄上も僕には怒ってないし、

父上は父上で勝手に話を広げるし!」


「勝手とは何だ」


「こういうところです!」


ジョンは涙目だった。


「僕、もう部屋に帰ってお菓子食べたいです!」


さすがのヘンリー二世も、少し黙った。

目の前の末っ子が本気で疲れていることくらいは分かったらしい。


「……よい」


ため息をつく。


「下がれ」


「いいんですか?」


「ああ」


ジョンの顔が明るくなった。


「ありがとうございます!」


「ただし」


「まだあるんですか!?」


「リチャードの動きについて、何か聞いたらすぐ報告しろ」


ジョンの顔が再び曇った。


「……はい」


完全に伝言係として採用された。


ジョンは深く頭を下げ、逃げるように執務室を出た。

扉が閉まる。


廊下へ出た瞬間。

大きく息を吐いた。


「……無理」


壁にもたれる。


母から届いた手紙を思い出す。


・無害

・謙虚

・何も聞いてません

・何も欲しがってません


完璧な作戦だったはずなのに。

なぜか自分は今、父親と兄の間を往復する連絡係になっている。


「母上」


ジョンは遠いイングランドの方角を思い浮かべた。


「指南書に一個足してください」


誰もいない廊下で、小さく呟く。


「父上への報告は、何を言っても燃えます」


その頃。

執務室の中では、ヘンリー二世が地図を見ながら静かに考えていた。


リチャードは自分が次だと思っている。

それ自体は当然だ。


だが、だからといって、

今のうちから好き勝手に振る舞わせるわけにはいかない。

自分が生きている間は、自分が全体を見なければならない。

それが国王として当然の責任だと、ヘンリー二世は本気で思っていた。


だからこそこの家の揉め事は、なかなか終わらない。


悪意はない。

理屈もある。

そして全員、自分が一番まともだと思っている。


アンジュー家の家族会議は、本日もただの伝言を、勝手に次の火種へ変換していた。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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