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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第141話:観察日記、なぜあの家は四人揃うと弱くなるのか

ずっと見てきたフィリップ君。時期を見ることを覚えている。

パリ、フランス王宮。

フィリップ二世は、届いた報告書を読み終えると、しばらく黙っていた。


アキテーヌで再び戦が起きている。


若ヘンリーとジェフリーが反リチャード派の諸侯と結び、

リチャードは父ヘンリー二世の援軍を受けてこれに対抗している。

少し前まで父親と息子たちが争っていた一家が、今度は兄弟同士で戦っている。


「……また揉めているんだね」


控えていた側近が頷いた。


「はい。今度はリチャード殿下をめぐって、若王殿下とジェフリー殿下、

それにアキテーヌの諸侯が動いております。

ヘンリー王もリチャード殿下を支援するため南へ向かわれたとのことです」


フィリップは報告書を机へ置いた。


「父と息子で戦ったと思ったら、今度は兄弟か」


「そのようでございます」


「……あの家は、敵がいなくても戦争ができるんだね」


側近は返事に困った。

フィリップは小さく息を吐き、机の上の地図へ目を落とした。


ヘンリー二世は強い。

それは父ルイ七世の時代から、嫌というほど分かっている。

動きは速く、軍をまとめる力もあり、広大な領地を驚くほど精力的に駆け回る。


リチャードも強い。

アキテーヌの反乱を何度も鎮め、今ではただ母親の領地を預かる少年ではなく、

一人の公爵として諸侯と渡り合っている。


若ヘンリーには、人を惹きつける華やかさがある。

王冠を戴き、騎士たちに囲まれ、多くの者が彼の名の下に集まる。


ジェフリーも、決して愚かではない。

自分の立場をよく見て、どこへ身を置くべきかを考えて動いている。


フィリップは地図の上を眺めながら、首を傾げた。


「……不思議だな」


「何がでございますか」


「一人ずつなら、誰も相手にしたくないくらい厄介なのに」


指先が、地図の上の四つの名前を順に辿る。


「どうして四人揃うと、こんなに弱くなるんだろう」


側近は答えなかった。


それはフィリップにもまだ、完全には分からない。

ただ一つだけ分かる。

この一家は、外から敵が来れば恐ろしく強い。

だが家族同士になると、互いの不満と疑いが、

それぞれの強さを打ち消してしまう。


父ルイが生前に語っていた言葉を、フィリップは思い出した。


強い相手ほど、正面から殴る必要はない。

綻びがあるなら、まずそれを見る。


少年だった頃には、少し分かりにくかった言葉だ。

今なら、以前よりは分かる。


「陛下」


側近が地図の南を指した。


「この混乱に乗じて、こちらから動かれますか」


フィリップは少し考え、そして首を振った。


「今はいい」


「よろしいので?」


「こちらが動けば、ヘンリー王はフランスを敵として見る」


それは避けたい。


父親と息子が喧嘩している時に、外から殴れば

今まで争っていた家族が、一斉にこちらを向くかもしれない。


「自分たちで争っているなら、わざわざ止めてあげる必要もないだろう」


十七歳の王は、そう言ってもう一度報告書へ目を落とした。

そこに書かれている名前の中で、少しだけ気になったものがある。


リチャード。

父親に逆らい続けてきた男が、今回ばかりはその父親へ援軍を求めている。


「……リチャードという人は」


「はい」


「意地だけで動く人ではないんだね」


側近が少し驚いたように顔を上げる。


「アキテーヌを守るためなら、嫌っている父親に頭を下げることもできる」


フィリップは、それ以上は言わなかった。

ただ、地図の上に置かれたその名前を少し長く見つめた。


今はまだ、”ただそれだけ”だった。


アンジュー家の内輪揉めを眺める若いフランス王と、

アキテーヌを守るために父親へ援軍を求めた公爵。


この時の二人には、

まだ互いが数年後にどれほど近い場所へ立つことになるのかなど、

知る由もなかった。


そしてフィリップは、もう一枚の報告書を手に取った。


「しばらく見ていよう」


アンジュー家が、どこまで自分たちでこの争いを続けるのか。


『まだ手を出す時ではない』


少なくとも、今は。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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