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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第139話:和平の使者を送ったら、そのまま敵軍に就職した件

この先かなり激重展開が・・・

※話は少し戻ります


リモージュ近郊、国王軍本営。

天幕の中で、ヘンリー二世は軍用地図の前を何度も行き来していた。

外では、戦況を知らせる伝令の声が途切れない。


若ヘンリーと反リチャード派の諸侯は引かず、

リチャードもアキテーヌを明け渡す気はない。

このまま放っておけば、本当に兄弟同士の戦争が泥沼になる。


「力で割って入れば、余計に広がる」


ヘンリーは苛立たしげに地図へ目を落とした。


「誰か、アンリとも諸侯とも話せる者を出すしかない」


そこで視線が止まった。


”三男、ジェフリー”


兄二人より感情を表に出さず、南の諸侯とも接点がある。

少なくとも、話を聞くふりくらいはできる。


「ジェフリー」


「はい、父上」


「お前が行け」


ジェフリーが顔を上げた。


「私が、ですか」


「アンリと諸侯に伝えろ。これ以上戦を広げるな。こちらも条件を聞く用意はある、と」


ヘンリーは念を押すように続けた。


「お前なら話をまとめられるだろう」


ジェフリーは一瞬だけ考えたあと、静かに頭を下げた。


「承知いたしました」


実に素直な返事だった。

ヘンリーは少しだけ肩の力を抜いた。


「頼んだぞ」


ジェフリーはそのまま天幕を出ていった。


そして数日後。

側近の一人が、妙に青い顔で駆け込んできた。


「陛下」


「どうした。ジェフリーから返事が来たか」


「はい」


ヘンリーが身を乗り出す。


「アンリは停戦に応じるか」


側近は一度、口を開き、そして閉じた。


「……何だ」


「その」


「早く言え」


「ジェフリー殿下は、若王殿下と反乱諸侯の側に留まられました」


ヘンリーは固まった。


「……留まった?」


「はい」


「和平の使者として送ったのだぞ」


「存じております」


「なのに」


「はい」


「なぜ、向こう側にいる」


側近は答えなかった。

答えられるはずもない。


ヘンリーはしばらく無言で立ち尽くしたあと、両手で頭を抱えた。


「……何で敵軍に就職してんだァァァァ!!」


天幕の外にまで響く怒声が飛んだ。


和平の使者として送り出したはずの息子が、停戦条件を持ち帰るどころか、

そのまま反乱側と行動を共にしている。


意味が分からない。

本当に意味が分からない。


「私は交渉させるために送ったんだぞ!」


側近たちは黙っている。


「何で向こうの人数が増えてるんだ!」


さらに黙る。


「もういい!」


ヘンリーは苛立たしげにマントを掴んだ。


「こうなったら私が直接話す!」


誰かに任せるから、余計なことになる。

それなら自分が行けばいい。


本人は本気でそう思っていた。


数日後

ヘンリー二世は、和平を模索するためにリモージュ方面へ出た。


戦を止める。

若ヘンリーを引かせる。

ジェフリーを連れ戻す。

リチャードも落ち着かせる。

全部まとめて話をつける。


いつものように自分が直接出れば、どうにかなると思っていた。


だが城へ近づいたところで、矢が飛んできた。


「陛下!」


護衛の声が上がる。


一本。

さらに一本。


ヘンリーは思わず馬を引いた。


「何をしている!」


さらに矢が飛ぶ。

本当に危ない。


話し合いに来たとか、

父親だとか、

王だとか、

そんなことは、飛んでくる矢には関係ないらしい。


ヘンリーは護衛に囲まれながら、怒鳴った。


「私は戦争を止めに来たんだぞォォォ!!」


返事の代わりに、また矢が飛んできた。

側近たちは必死で盾を上げながら、誰一人として口には出さなかった。


だが、だいたい同じことを考えていた。


陛下が兄弟の序列を強引に整えようとしたのは事実。

若王殿下がそれを王としての威信の問題にしたのも事実。

ジェフリー殿下が勝手に反乱側へ残ったのも事実。

アキテーヌ諸侯がこの機会を利用しているのも事実。


つまり。

全部が全部、ヘンリー二世一人のせいではない。


ないのだが。

最初の火種を大きくした原因の一つが、

目の前で矢から逃げ回っているこの男なのもまた、否定しづらかった。


「なぜだ!」


ヘンリーは盾の陰で叫んだ。


「なぜ話し合いに来た私へ矢を射る!」


側近たちはやっぱり何も言わない。


「なぜジェフリーは戻ってこない!」


誰も答えない。


「なぜ誰も私の意図を理解しない!」


それだけは側近たち全員、心の中で少しだけ思った。


たぶん、意図は分かっている。

分かった上で、みんな別の都合で動いているのだ。


だが、それを今ここで説明する勇気のある者はいなかった。

この時のヘンリー二世は、まだ

「自分のやり方そのものが間違っている」

とまでは考えていない。


自分は秩序を作ろうとしている。

息子たちの将来も考えている。

戦争だって止めようとしている。


それなのに、なぜか全員が勝手な方向へ走っていく。


本人からすれば、理不尽以外の何物でもなかった。


もっとも外から見れば………


自分で薪を積み、

誰かが火をつけ、

みんなで団扇を振って炎を大きくし、

最後に本人が水桶を抱えて走り回っているようなものだった。


「もう一度、交渉の手を探す!」


ヘンリーは泥まみれになりながら立ち上がった。


「このまま息子同士を殺し合わせるわけにはいかん!」


そこだけは本心だった。

だが、家族の誰ももう父親の本心だけで動く年齢ではない。


和平の使者は敵側に残り

話し合いに出た父親には矢が飛び

兄弟同士の戦争は止まらない。


アンジュー家の消火活動は、どう見ても順調とは言い難かった。


そしてその頃。

戦の中心にいる若ヘンリーの身体には…

本人すらまだ深刻には考えていない、小さな異変が出始めていた。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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