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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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138/180

第137話:アキテーヌの虎と、狼狽える暴走親父

よりによってジェフリー・・・

1183年春、アキテーヌ。

冬のあいだ燻っていた火種は、

雪解けを待っていたかのように一気に燃え広がった。


リチャードに不満を持つ諸侯たちが各地で立ち上がり、

その背後には若ヘンリーとジェフリーの姿がある。


昨日までリチャードの前で頭を下げていた領主が城門を閉ざし、

別の領主は若王の旗を掲げる。

街道を押さえれば別の場所で兵が集まり、一つ鎮めれば二つ目が燃え上がる。


アキテーヌという土地は、ただでさえ扱いにくい。

そこへ、王冠を戴いた兄とブルターニュを持つ弟が

「反リチャード」の旗印として加わったのだ。


面倒で済むはずがなかった。


「リモージュ方面で、また兵が増えた?」


ポワティエの一室で報告を聞いたリチャードは、地図の上へ手をついた。


「はい。若王殿下の名を掲げております」


「兄上本人は?」


「周辺の諸侯と連絡を取っておられるとのことです。

ジェフリー殿下の者も確認されています」


リチャードはしばらく黙った。

それから、低く笑った。


「なるほど。今度は俺が親父役か」


側近が顔を上げる。


「公爵閣下?」


「十年前は俺たち三人で親父に噛みついた。今度は兄上とジェフリーが、

地元の連中を引き連れて俺に噛みついてくるらしい」


笑ってはいる。

だが、目はまったく笑っていなかった。


「ずいぶん上手になったじゃないか」


若ヘンリーとジェフリーだけなら、まだ話は単純だった。

厄介なのは、彼らの背後にアキテーヌの諸侯がいることだった。


リチャードが数年かけて押さえ込んできた者たち。


城を壊された者。

権限を削られた者。

今まで表立って逆らえず、腹の底に不満を溜め込んでいた者。


彼らにとって、若ヘンリーが本当に良い主君になるかなどどうでもいい。

リチャードを弱らせられれば、それでいいのだ。


「……面倒だな」


リチャードは地図を睨んだ。


ここ数年。


自分はアキテーヌを守ってきたつもりだった。

だが、守ることと、好かれることは別らしい。


反乱を防ぐために城を壊せば恨まれる。

命令に従わせれば強権的だと言われる。

放っておけば別の領主が好き勝手を始める。

母親が長年相手にしてきた土地の厄介さを、

今になって嫌というほど思い知らされていた。


それでも。


「渡さない」


側近たちが顔を上げた。

リチャードは地図の上のアキテーヌを指でなぞった。


「ここは母上の土地だ。そして今は、俺が公爵として治めている」


何年も馬を走らせた。

何度も泥まみれになった。

領主たちと喧嘩し、交渉し、兵を率い、失敗もしながら、

ようやく自分なりにこの土地の扱い方を覚え始めた。


それを、兄だからというだけで差し出す気はない。


「兄上が王だろうが、ジェフリーが何を考えていようが関係ない。

アキテーヌを奪いに来るなら、俺は戦う」


ただし気合いだけでは、戦争には勝てない。

敵は増えている。

リチャード自身がどれほど戦場に強くても、

一人で全方向を押さえ込めるわけではない。


南から届く報告は悪くなる一方だった。


数日後リチャードはとうとう、一通の書状を書かせた。

宛先は父ヘンリー二世。


「……父上に救援を?」


側近がおそるおそる尋ねる。

リチャードは露骨に嫌そうな顔をした。


「他に誰がいる」


「若王殿下は敵方にございますし」


「ジェフリーも向こうだ」


「王妃殿下は……」


その言葉に、リチャードの表情が一瞬だけ止まった。


「母上は来られない」


低い声だった。


「だから親父を呼ぶ」


ものすごく不本意そうだった。

だが、

「公爵として意地を張ることと、勝つために必要な援軍を呼ばないこと」

は別だった。


リチャードはそこまで愚かではない。


「書け。兄上たちと反乱諸侯が結んだ。こちらだけでは押さえ切れない。

至急、軍を寄越してほしい、と」


書記が頷く。

リチャードは少し考えてから付け加えた。


「……余計なことは書くな」


「余計なこと、と申しますと」


「『だから最初から臣従なんて言うなと言っただろう』とか」


書記は黙った。


「書きません」


「それでいい」


そんな手紙が、数日後。

ヘンリー二世の手元へ届いた。


「…………」


ヘンリーは二度読んだ。

三度目も読んだ。

内容は変わらなかった。


若ヘンリー

ジェフリー

アキテーヌの反乱諸侯

その三者が、リチャードを相手に本格的な戦争を始めている。


「……なぜ、こうなった」


側近たちは誰も答えなかった。


”答えない方がいい”


全員の顔にそう書いてある。

ヘンリーは羊皮紙を机へ叩きつけた。


「私は、兄弟の序列を明確にしろと言っただけだ!」


誰も返事をしない。


「アンリを兄として立て、リチャードとジェフリーが臣従すれば

済む話だった! なぜそこからアキテーヌの諸侯まで巻き込んだ戦争になる!」


側近の一人が、勇気を振り絞って口を開いた。


「若王殿下にとりましては、リチャード殿下が臣従を拒まれたことが、

王としての威信に関わる問題となったのではないかと」


「だからといって戦争をする奴があるか!」


側近たちは一斉に視線を落とした。

ヘンリー二世本人も、過去に何度も似たような理由で軍を動かしている。

誰もそれを指摘するほど命知らずではなかった。


「ジェフリーは何をしている!」


「若王殿下側におられるようです」


「なぜだ!」


「それは……」


分からない。

あるいは、分かりすぎて答えたくない。


ヘンリーは額を押さえた。

ほんの少し前まで、息子たちをどう配置すれば家全体が安定するかを

考えていたはずだった。


若ヘンリーを後継者として立てる。

リチャードにはアキテーヌ。

ジェフリーにはブルターニュ。

ジョンにも、いずれ相応の場所を用意する。


誰も切り捨てていない。

むしろ全員の将来を考えている。


それなのに。

なぜか息子たちは、父親の配慮を受け取るたびに違う方向へ走っていく。


「……あいつらは、なぜ普通に言うことを聞けんのだ」


ぽつりと漏れた言葉に、側近たちはさらに深く俯いた。


問題は、おそらくそこだった。

しかし今それを説明している時間はない。


リチャードが本当に危険なのだ。

ヘンリーは立ち上がった。


「軍を集めろ」


「陛下」


「南へ行く。リチャードを助ける」


側近が一瞬、目を瞬かせた。


「若王殿下ではなく、リチャード殿下を?」


「当たり前だ!」


ヘンリーは睨みつけた。


「アンリに弟を殺させるつもりなどない! リチャードにも兄を殺させん! 

あいつらは何を勘違いしている!」


側近たちは何とも言えない顔になった。

おそらく海の向こうでアリエノールが聞いたなら、


『勘違いさせたのはお前だろうが!』


と絶叫しているところである。


ともあれ、ヘンリー二世は動いた。


決断してからは速い。

兵を集め、街道を押さえ、南へ向かう準備を整える。

こういう時だけは本当に頼りになる男だった。


問題は、その「こういう時」を作る原因にも、

かなりの頻度で本人が関与していることだった。


アキテーヌへ入ったヘンリーは、まず戦争そのものを止めようとした。


リチャードを助ける。

だが若ヘンリーを潰したいわけでもない。

ジェフリーも連れ戻したい。

反乱諸侯も、可能なら話をつけて従わせたい。


つまり。


「一度、話をさせる」


ヘンリーは地図を前に言った。

側近が不安そうな顔をする。


「どなたをお使いに?」


「ジェフリーだ」


部屋の空気が微妙になった。


「……ジェフリー殿下を、でございますか」


「そうだ。あれなら若アンリとも話せるし、南の諸侯とも接点がある。

事情も分かっている」


理屈は通っている。

少なくとも、表面上は。


「ジェフリーを和平の使者として向かわせろ。アンリと諸侯どもへ、

これ以上戦を広げるなと伝えさせる」


「承知いたしました」


ヘンリーは腕を組んだ。


「これで少しは話が進むだろう」


側近たちは、誰も何も言わなかった。

この家族の場合、父親が「これで話が進む」と自信を持った直後ほど、

だいたいろくなことが起きない。


そして今回も……

その嫌な予感だけは、恐ろしく正確に当たることになる。


和平の使者として送り出されたジェフリーは、

父親が期待したものとはまったく別の答えを選ぶことになるのだった。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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