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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第135話:共通の敵がいなくなったら、兄弟で同じ手口を使う件

最早「お家芸」?

ルアンを飛び出したリチャードが南へ戻ってから、そう日を置かずに、

大陸側では妙に見覚えのある動きが始まった。


十年前と同じだった。


あの時は、父ヘンリー二世を共通の敵にして、

若ヘンリー、リチャード、ジェフリー、それにフランス王や各地の諸侯が、

それぞれまったく違う思惑を抱えたまま手を組んだ。


そして今度は…

標的が、父親から次男へ変わっただけだった。


この一家はどういうわけか、「誰か一人を共通の敵にしてまとまる方法」だけは、

やたらと上達していた。

ただし、互いを信頼する方法だけは、十年経っても誰一人として

身につけていなかった。


まず、若ヘンリー。

宿営地の一角で、彼は苛立たしげに盃を机へ置いた。


「……認めない、だと?」


何度思い返しても腹が立つ。


父親の前で、

弟たちの前で、

自分は王だと名乗っている、その目の前で…

リチャードは、はっきりと臣従を拒んだ。


若ヘンリーの怒りは、単純な領地欲だけではなかった。


自分は長男だ。

すでに王冠も戴いている。

父の後継者として扱われるべき立場にある。

それなのに、一番近いところにいる弟が、

”その肩書きをまるで認めようとしない”。


「トーナメントばかりしている」


「金を使っている」


「実際に領地を動かしているのは自分だ」


リチャードの言葉は、いちいち若ヘンリーの一番痛いところを突いてくる。

からこそ、許せなかった。


「私は、あいつに土地を寄こせと言っているわけではない」


若ヘンリーは、側近に向かって吐き捨てた。


「兄として、王として、私を認めろと言っているだけだ」


それなのに、リチャードはそれすら拒んだ。

若ヘンリーは拳を握った。


「なら、分からせるしかないだろう」


それは、領地を奪うためというより

自分が王であることを、弟に認めさせるための戦いになりつつあった。


一方。

少し離れた場所で、ジェフリーは兄の怒声を聞きながら、

手元の書状を何通か読み比べていた。


彼はもう十四歳の子どもではない。


二十代半ば。

ブルターニュで自分の立場を持ち、妻の権利と領地の事情を背負いながら、

父や兄たちの動きを見続けてきた。


若ヘンリーの「王として認められたい」という気持ちに、

強く共感しているわけではない。

リチャードが憎くて仕方がないわけでもない。


ただ。

兄二人のどちらかが圧倒的に強くなりすぎるのは、あまり面白くなかった。


若ヘンリーが何も持たない名ばかりの王のままでも困る。

かといって、リチャードがアキテーヌで好き放題できるほど力を持っても困る。

父親が全部を握ったままなのも、もちろん困る。


「……面倒ですねぇ」


ジェフリーは小さく呟いた。

結局のところ、自分が必要としているのは「誰か一人の勝利」ではない。


自分の立場が潰されないこと。

ブルターニュで築いてきたものを守れること。

そして、兄たちの争いが、自分に不利な形で終わらないことだ。


だから今は、若ヘンリー側に立つ。

少なくとも、リチャード一人だけが突出するのを抑えるという点では、

利害が一致している。


「兄上に全面的に賛成しているわけじゃありませんけどね」


誰に聞かせるでもなく呟き、ジェフリーはまた書状へ目を落とした。


そして、もう一人。

この兄弟の頭の片隅には、ずっと同じ名前が引っかかっていた。


『ジョン』


十六歳になった末弟。

まだ兄たちのように大きな領地を持ってはいない。

父ヘンリー二世のそばにいることが多く、

だからこそ、その将来が誰にも見えない。


若ヘンリーは以前から、それが気に入らなかった。


ジェフリーも、無関心ではいられない。


何しろ

ジョンに何かを与えるということは、

”どこかから何かを持ってこなければならない”

という意味だからだ。


「父上は、ジョンに何を与えるつもりなんでしょうね」


ジェフリーが何気なくそう口にすると、若ヘンリーの表情がすぐに曇った。


「知らん」


「知らないから厄介なんですが」


「少なくとも、私の取り分から削ることは許さん」


「でしょうね」


「お前も同じだろう」


ジェフリーは笑った。


「当然です」


その会話を、少し離れた場所で本人が聞いていた。


ジョンは何も言わなかった。

しばらくしてから、兄たちの前へ出てくる。


「……兄上たち」


若ヘンリーが振り返った。


「何だ」


ジョンは少し迷ってから尋ねた。


「僕の話をしていました?」


一瞬、誰も答えなかった。

その沈黙だけで、十分だった。


ジョンは小さく息を吐いた。


「やっぱり」


「お前は気にするな」


若ヘンリーが言う。

ジョンは苦笑した。


「気にするなと言われても、僕の領地の話なんでしょう?」


若ヘンリーとジェフリーが、ほんの一瞬だけ視線を合わせた。

ジョンはそれ以上追及しなかった。


まだ、自分から兄たちの争いへ飛び込む気はない。


だが自分が「何を与えられるか分からない末弟」として、

兄たちから警戒されていることくらいは分かっていた。

そしてその事実は、決して気分のいいものではなかった。


その頃。

さらに南、アキテーヌでは、別の思惑が動いていた。


リチャードに城を破却され、権限を削られ、強引な統治に

不満を募らせていた諸侯たちが、ひそかに集まり始めていた。


彼らにとって、兄弟の序列などどうでもいい。

若ヘンリーが王として認められたいのか。

ジェフリーがどこまで自分の利益を考えているのか。

ジョンが将来どこを与えられるのか。

そんなことは、知ったことではない。


重要なのは一つだけだった。


”リチャードが邪魔だ”


「あの若公は、やりすぎだ」


「城を一つ壊されれば、それで終わりではない。次は誰の城だ」


「従わなければ力で押さえる。少しでも逆らえば軍を寄越す。

あれでは、こちらの立場がなくなる」


「今なら若王がいる」


誰かが、低い声で言った。


「父王も、リチャードの態度には腹を立てている。

若王を旗印にすれば、こちらにも大義が立つ」


その言葉に、何人かが頷いた。

彼らは若ヘンリーを心から慕っているわけではない。


”ただ、使える旗がそこにある”


それだけだった。


こうして

若ヘンリーは、王としての自尊心を守るために動き。

ジェフリーは、自分の立場を守るためにその流れへ乗り。

アキテーヌの諸侯は、リチャードの締め付けを弱めるために若王を利用し。

ジョンは、まだ何もしていないのに「父親が何を与えるか分からない末弟」

というだけで、兄たちの警戒材料になっていた。


誰一人として、同じ理由では動いていない。

それでも、目の前にいる邪魔者だけは同じだった。


『リチャード』


十年前。

彼らはヘンリー二世という巨大な父親を前にして、

それぞれの不満を持ち寄り、一つの陣営になった。


そして今。

その時に覚えた「利害が一致する相手と手を組む」というやり方を、

今度は兄弟の一人へ向けようとしている。


もし、この状況を海の向こうにいる母親が見ていたなら……

きっと頭を抱えたあと、こう叫んだだろう。


「お前ら、相手を変えただけで十年前と同じことやってんじゃないわよォォォォォォォォ!!」


共通の敵がいれば、まとまれる。

だが敵がいなくなったあと、互いを信じられるわけではない。


アンジュー家は、共闘の仕方だけは覚えた。

しかし家族になる方法だけを、最後まで覚えないままだった。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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