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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第134話:序列を整えようとした親父、地雷の信管を力づくで踏み抜く件

またわざわざピンポイントで地雷を踏むヘンリー2世

1182年の冬。

ノルマンディー、ルアン近郊。


冷たい風が石造りの館を叩く中、ヘンリー二世は三人の息子を前にしていた。


長男、若ヘンリー。

次男、リチャード。

三男、ジェフリー。


かつて三人そろって父親へ反旗を翻した息子たちも、

今ではそれぞれが成人し、自分の立場と領地を持つようになっている。


だからこそ、ヘンリーには一つ、どうしても整理しておきたいことがあった。


「いつまでも、曖昧なままにしておくわけにはいかん」


低く通る声でそう言うと、ヘンリーは三人を順番に見た。

彼の中では、筋の通った話だった。


若ヘンリーはすでに王として戴冠している。

将来、自分の後継としてイングランドとノルマンディーを継ぐべき長男だ。

リチャードはアキテーヌ。

ジェフリーはブルターニュ。


それぞれの持ち場はある。

ならば、兄弟間の序列も明確にしておけばいい。


誰が上で、誰が下なのか。

誰が誰に臣従するのか。

そこさえ法と慣習に沿って整理してしまえば、

今までのような無駄な争いも減るはずだ。


少なくとも、ヘンリー二世本人は本気でそう考えていた。


「リチャード、ジェフリー」


二人が顔を上げる。


「そなたたちは、若王アンリに臣従の礼を取れ」


一瞬、部屋の空気が止まった。


若ヘンリーはわずかに背筋を伸ばした。

ジェフリーは無言のまま、父と兄とリチャードを順番に見た。

そしてリチャードだけが、まったく動かなかった。


「……父上」


声は低かった。


「今、何と仰いました」


ヘンリーは眉をひそめる。


「聞こえなかったか。アンリは私の後継者であり、すでに王冠を戴いている。

お前たちは、それぞれの領地を治める者として兄に臣従する。それだけの話だ」


「それだけ?」


リチャードの口元が、わずかに歪んだ。

嫌な笑い方だった。


ジェフリーがほんの少しだけ目を伏せる。


(あ、これ一番ヤバいやつだ)


そう感じたのは、たぶん三兄弟の中で彼が一番早かった。


「私はアキテーヌ公です」


「知っている」


「アキテーヌは母上の土地であり、私はその後継として、

何年もあの地を治めてきました」


「だから認めていると言っている」


ヘンリーの声にも、徐々に苛立ちが混じり始める。


「お前がアキテーヌを治めること自体に異を唱えているのではない。

その立場を保ったまま、兄に臣従すればいいだけだ」


リチャードはしばらく黙っていた。


その数年間、彼は南で何をしてきたか。

反抗する領主を押さえ、城を攻め、服従させ、時には破却し、

また別の場所では交渉して妥協点を探った。


アキテーヌは、もう単なる「母親から預かった土地」ではない。

自分が馬を走らせ、自分が血を流し、

自分が領主たちと向き合ってきた土地だった。


その自負を、今さら兄の足元へ差し出せと言われても。


「お断りします」


あまりにもはっきりした拒絶に、若ヘンリーが顔を上げた。


「リチャード」


「何です、兄上」


「父上の命令だぞ」


「だから?」


若ヘンリーの顔が赤くなる。


「私は王だ。お前の兄であり、父上の後継者でもある。

弟であるお前が、私への臣従を拒む理由がどこにある」


「理由ならありますよ」


リチャードは兄へ向き直った。


「兄上は、アキテーヌを治めたことがありますか?」


「何?」


「あの土地で反乱が起きた時、自分で馬を走らせましたか。

城を攻めましたか。領主たちと交渉しましたか」


若ヘンリーの表情が険しくなる。


「それと臣従の話に何の関係がある」


「大ありだ」


リチャードの声が低くなる。


「俺はあの土地で何年も働いてきた。ところが兄上は、

王冠を被ってトーナメントを回り、金を使い、

実権がないと父上に文句を言っている。その兄上に、

今日から俺の主君になれと言われて、はいそうですかと跪けると思うのか」


「貴様……!」


若ヘンリーが立ち上がった。


「私を侮辱するのか!」


「事実を言っただけだ」


「黙れ!」


今度はヘンリー二世の怒声が飛んだ。


「ここは兄弟喧嘩をする場ではない!」


三人とも口を閉じる。

だが、空気はもう元には戻らなかった。

ヘンリーはリチャードを睨みつける。


「お前は最近、アキテーヌで力を持ちすぎた。

自分の立場を勘違いしているようだな」


その一言で、リチャードの目つきが変わった。


「勘違い?」


「そうだ。お前があの土地を治めていられるのは、

すべて自分一人の力だと思っているのか」


「少なくとも、兄上の力ではありませんね」


「リチャード!」


若ヘンリーがまた立ち上がりかけた。


ジェフリーはそれを横目で見ながら、心の中で静かに頭を抱えていた。


父親は兄弟の序列を整えたい。

長兄は「自分は王なのだから敬われて当然」と思っている。

次兄は「俺が守ってきた土地なのだから口を出すな」と思っている。


そして自分は…

「できれば巻き込まれたくない。」


だが、そんな願いが叶う家族ではないことくらい、とっくに知っている。


「ジェフリー」


突然名を呼ばれ、彼は顔を上げた。


「はい、父上」


「お前はどうする」


ジェフリーは一瞬だけ考えた。


ここで逆らって得をすることは、ほとんどない。

少なくとも”今は”。


「父上がお命じになるのであれば、私は兄上に臣従いたします」


若ヘンリーが少しだけ満足そうな顔をした。

リチャードはジェフリーを横目で見る。


「……お前らしいな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


ジェフリーは涼しい顔で返した。

ヘンリーは再びリチャードへ向き直る。


「聞いたか。ジェフリーには理解できている」


「ジェフリーはジェフリーです」


「お前は従わんというのだな」


「従いません」


今度は迷いすらなかった。

ヘンリーの顔から、完全に笑みが消えた。


「王命だぞ」


「それでもです」


「リチャード」


「アキテーヌについて、兄上の前に跪くつもりはありません」


それだけ言うと、リチャードは踵を返した。


「待て!」


背後から父親の声が飛ぶ。

それでも止まらなかった。


扉が開き、冷たい風が一瞬だけ室内へ吹き込む。

そして、リチャードはそのまま出て行った。


残された部屋には、何とも言えない沈黙が落ちた。


若ヘンリーは唇を噛んでいる。

父親の前で、弟から「お前には従わない」と言い切られたのだ。

王としても、兄としても、面白いはずがない。


ヘンリー二世も、怒りを隠そうとはしなかった。


「……あれは、少し思い上がっているな」


ジェフリーは答えなかった。


いや。


答えられなかった。


(……あーあ)


ジェフリーは心の中で深々とため息をついた。


(親父、地雷の信管を両足でジャンプして踏み抜きやがった……)


『思い上がっているのは誰なのか』


その問いについては、家族全員それぞれ違う答えを持っていそうだったからだ。


ヘンリーは立ち上がり、息子たちを見た。


「リチャードには、自分の立場を分からせる必要がある」


若ヘンリーが顔を上げる。


「父上」


「お前は兄だ。王でもある。あれが勝手に兄弟の序列を壊すことを、

黙って認めるわけにはいかん」


若ヘンリーの目に、まだ消えていなかった怒りが戻った。


「……承知しました」


ジェフリーは、その横顔を見た。

そして今度こそ、心の中で深いため息をついた。


父親は、家族の序列を整えようとした。

長男を頂点に置き、弟たちとの関係を明確にすれば、争いは減ると思った。

理屈だけを並べれば、確かにそれほどおかしな話には見えない。


ただし…。

ヘンリー二世は一つだけ、致命的なことを見落としていた。


もう息子たちは、父親が駒を並べ替えるだけで

素直に位置を変える子どもではなかった。


若ヘンリーには、王としての自尊心がある。

リチャードには、自分が守ってきたアキテーヌへの強烈な自負がある。

ジェフリーにも、ブルターニュで築き始めた自分の立場がある。


そこへ「今日からこの順番で並べ」と命じればどうなるのか。


答えは、そう遠くないうちに出ることになる。


家族の序列を整えるために出したはずの命令は、兄弟の不満を消すどころか、

それまで燻っていた火種の上へ、きれいに油を注いでしまった。


しかも

注いだ本人だけが、まだ「これで秩序が戻る」と思っていたのである。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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