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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第132話:次女の夫へのボヤキが、前世の愚痴掲示板レベルでキレキレな件

ルイとの間の次女、アリックス(アリス)ですね。

長女マリーが、夫を亡くしたあとも普通にシャンパーニュを回している。

その事実に母親として感動し、ついでに息子たちの不甲斐なさを嘆いた翌日。

オールド・サラムの私のところへ、今度はフランスから別の手紙が回ってきた。


差出人を見て、私は目を瞬いた。


「……アリス?」


ルイとの間に生まれた次女。


姉のマリーがシャンパーニュ伯アンリへ嫁いだのに対し、

アリスはその弟であるブロワ伯ティボーの妻になっている。


「昨日は長女で、今日は次女。何これ、娘強化週間?」


侍女長は答えなかった。


私は封蝋を割り、羊皮紙を広げた。

最初の数行は普通だった。


母上、お変わりございませんか。

こちらは皆、息災です。

子どもたちも元気です。

夫も元気です。


そこまでは、ごく普通の娘から母への手紙だった。

問題は、その次だった。


『夫も元気です。

元気すぎて困っております。』


「…………」


私は一度、読むのをやめた。


「侍女長」


「はい」


「嫌な予感がする」


「お読みになられてはいかがでしょう」


仕方なく続きを読む。


『以前、あれほど大きな戦に巻き込まれ、ヘンリー王という人間が

どれほど面倒な相手なのか身をもって知ったはずなのに、

夫は最近また軍馬の話をしております。

男というものは、一度痛い目を見れば慎重になるものだと思っておりました。

違うのですね。

痛い目を見た男は、「次はうまくやる」と言い出すのですね。』


私は口元を押さえた。


「……待って」


さらに続く。


『先日、「新しい馬が欲しい」と申しましたので、

「今いる馬のどこが悪いのです」と尋ねました。

夫は「悪くはない」と答えました。

では買う必要がありません。

話は終わりました。』


「ぶっ」


耐えきれなかった。


「アリス強い!!」


侍女長がわずかに眉を上げる。

私は肩を震わせながら、その先を読んだ。


『すると夫は、「だが、良い馬というものは何頭いても困らぬ」と申しました。

そこで私は、「良いドレスも何着あっても困りませんね」と返しました。

夫は黙りました。

その後、新しい馬の話はしておりません。』


「勝った!!」


思わず机を叩いた。


「完全勝利じゃないの!」


「何の勝負でございましょう」


「家計防衛戦よ!」


これは分かる。

ものすごく分かる。


必要だから買うのではない。

欲しいから、もっともらしい理由を後から付ける。


前世でも見た。

何度も見た。


新しい靴。

新しい道具。

新しい趣味用品。

そして中世では、それが軍馬になるらしい。


規模がでかい。


アリスの手紙はまだ終わっていなかった。


『もちろん、夫が悪い人だとは申しません。

領主として働いておりますし、家族にも優しいところはございます。

ただ、男という生き物は、なぜ「戦」「名誉」「騎士」という言葉が入ると、

急に財布の中身を忘れるのでしょうか。


馬は餌を食べます。

鎧は勝手に直りません。

兵士は霞を食べて働いてくれるわけでもありません。

その程度のことを、なぜ出陣したがる本人より

妻の方が先に計算しているのでしょう。

母上、私には理解できません。』


「分かるぅぅぅぅ!!」


私は椅子から立ち上がった。


「分かるわよアリス!!」


侍女長が一歩下がった。


「何で男って、『名誉』とか『威信』って言葉を付ければ

予算が無限に湧いてくると思うの!?」


「王妃殿下」


「馬は草食うの! 兵士は飯食うの! 城壁は壊れたら金かかるの! 

全部タダじゃないのよ!」


「仰る通りかと」


「なのに『今回は必要な出費だ』って毎回言うのよ! 毎回必要なら、

それもう臨時出費じゃなくて固定費だから!!」


怒りのあまり前世の経理用語が出た。


私は再び手紙を見る。

最後には、こんな追伸まで付いていた。


『なお、夫には新しい馬を買う前に、現在の厩舎に何頭いるのか

自分で数えていただくことにいたしました。

途中で面倒になったようですが、知りません。

欲しいと言ったのは夫です。』


私は静かに手紙を置いた。


「……侍女長」


「はい」


「この子、私の娘だわ」


「存じております」


「いや、そういう意味じゃなくて」


胸の奥から、妙な感動がこみ上げてくる。


マリーは領国を回していた。

アリスは夫の浪漫に家計を食い潰されないよう、しっかり財布を押さえている。


方向は違う。

でも、どちらも現実を見ていた。


「私、あの子たちをほとんど育ててないのよねぇ」


幼い頃に別れた。

その後の成長を、そばで見てやれたわけでもない。

何を好きになり、何に悩み、どういう女性になったのか。

母親なのに、知らないことの方が多い。


それなのに、遠く離れたところから届く手紙を読むたび、

妙なところで「ああ、娘だな」と思わされる。


「……でもまあ」


私は手紙をもう一度持ち上げた。


「私より強いかもしれないわね」


「左様でございますか」


「だって私、ヘンリーの軍馬取り上げたことないもの」


「取り上げられますでしょうか」


「無理ね。噛まれる」


即答した。

あの暴走戦車から馬を取り上げようとしたら、

たぶん本人が馬になって走り出す。


それに比べてティボーは、妻から「今いる馬を数えろ」

と言われて本当に厩舎へ向かったらしい。

まだ話が通じる。

たぶん。


「よし。返事を書くわ」


私は新しい羊皮紙を引き寄せた。


「まず、『よくやった』」


「はい」


「次に、『馬を増やすなら餌代まで本人に計算させなさい』」


「はい」


「それから、『名誉は食えません。騎士道も冬の薪にはなりません』」


侍女長の羽ペンが止まった。


「……そのままお書きになりますか?」


「書くわよ」


「伯爵閣下がご覧になった場合は」


「見たら反省なさい」


私は鼻を鳴らした。


「あと追伸。『ワインを頭からかけたいほど腹が立っても、

本当にやるのはやめなさい』」


侍女長が少し安心した顔をする。


「さすがにお止めになりますか」


「当たり前でしょ」


私は真顔で続けた。


「ワインがもったいないもの」


侍女長は黙った。


「やるなら水で十分よ」


「王妃殿下」


「冗談よ」


半分は。


長女は夫を亡くし、それでも領国を回している。

次女は夫が元気すぎるせいで、別方向に苦労している。

息子たちは父親と兄弟相手に延々揉めている。

私は海の向こうで幽閉中。


改めて並べると、ろくでもない家族である。


それでも娘たちが、自分の場所でちゃんと生きている。

愚痴を言いながら。

値切りながら。

男どもの浪漫に財布を食われないよう必死に守りながら。


「……女は強いわねぇ」


私がぽつりと言うと、侍女長が少し笑った。


「王妃殿下のお子でございますから」


「それ、昨日も聞いたわ」


「事実でございます」


私は肩をすくめ、アリスへの返事を書き始めた。

海の向こうでは、相変わらず男たちが権利だ、名誉だ、領地だと騒いでいる。


その裏側で

女たちは今日も、黙々と帳簿を閉じ、財布の紐を締めていた。

とりあえず我が次女の家では、新しい軍馬の購入は無事に阻止されたらしい。


めでたいことである。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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