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『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


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第131話:息子たちより、娘の方がよっぽど仕事してる件

娘の近況をうかがい知る8点ちゃん

オールド・サラム城塞。


冷たい雨が石壁を濡らす午後、私は暖炉のそばの椅子に座り、

ようやく手元まで回ってきたシャンパーニュ方面の報せを

食い入るように読んでいた。


正式な書状というより、商人や旅人、

各地を行き来する者たちから集まった話をまとめたものだ。


夫を亡くしたマリーが、幼い息子に代わって領地を切り盛りしている。


定期市の商人たちと交渉し、街道や橋の修繕に金を回し、警備の人員を整え、

領内の揉め事を処理する。その一方で宮廷には詩人や学者を集め、

シャンパーニュの名声までしっかり高めているらしい。


私は何度か読み返した。


「…………」


向かいに控えていた侍女長が、こちらの顔色を窺っている。


「ねえ」


「はい、王妃殿下」


「これ、本当にマリーの話?」


「そのようでございます」


「私の娘の?」


「はい」


私は羊皮紙を膝の上へ置き、両手で顔を覆った。


「息子たちより、娘の方がよっぽど仕事してるじゃないのよ!!」


声が部屋に響いた。


侍女長は少しだけ考えてから、静かに頷いた。


「……そのように見受けられます」


「でしょ!?」


私は勢いよく立ち上がった。


「ちょっと比べてみなさいよ。我が家の息子どもの近況と!」


指を一本立てる。


「まずアンリ! 王冠はある! でも実権がないってずっと不満!

 トーナメントでは派手に金を使う! 足りなくなったら父親と揉める!」


二本目。


「リチャード! アキテーヌでめちゃくちゃ仕事してる! そこは認める!

 でも気づいたら完全に現地仕様の武闘派公爵になってる! 最近の報告、

だいたい『攻めた』『落とした』『黙らせた』!」


三本目。


「ジェフリー! ブルターニュでちゃんとやってるらしいけど、

あの子はあの子で周囲の腹を読みすぎるのよ! 絶対、人が何か言うたびに

頭の中で損得計算してるでしょ!」


侍女長が何とも言えない顔をした。

私は息を吸い込み、羊皮紙を指差した。


「それに比べてマリー!」


夫はいない。

幼い息子を抱えている。

周りには自分より年上の諸侯や商人が山ほどいる。


それでも、普通に領地を回している。


「税の話をして、橋を直して、商人と交渉して、治安も見て、

そのうえ文化までやってるのよ!?」


私は両手を広げた。


「普通に敏腕経営者じゃない!!」


泣けてくる。

同じ腹から生まれたはずなのに、何なのだろう、この方向性の違いは。


息子どもは「父上が何を考えてるか分からない」「自分の取り分はどうなる」

「兄貴が」「弟が」と揉め続けている。


娘はその頃、遠いシャンパーニュで淡々と帳簿を見ていた。


「……マリー、あの子」


もう一度、報せへ目を落とす。


前世の私は、”マリー・ド・フランス”なんて名前すら覚えていなかった。

世界史八点である。

転生してからも、あの子と一緒にいられた時間は短い。


ルイとの婚姻が終わったあと、娘たちはフランス側に残った。


その後、私が知らないところで大きくなり、結婚し、母になり、

夫を亡くし、それでも今こうして領地を背負っている。


「……母親らしいこと、ほとんどしてやれてないのよね」


ぽつりと口にすると、侍女長がこちらを見た。


私は羊皮紙を撫でながら、少し考えた。

昔、たまに手紙を送る機会があれば、余計なことを書いた。


人の言うことを全部信じるな。

金の出入りは自分でも見ろ。

誰か一人に任せきりにするな。


そんな、母親らしいのか仕事の引き継ぎなのか分からない小言ばかりだった気がする。


「……でも」


そこで、ふと気づいた。


違う。


私が教えたからじゃない。

私が育てたからでもない。

あの子は私の知らない場所で、自分で覚えたのだ。


夫がいなくなって、

幼い息子を守らなければならなくなって、

周囲から値踏みされながら、

それでも、自分で立った。


「……すごいじゃない、マリー」


今度は茶化さずに言った。


胸の奥が少しだけ熱くなる。

自分がそばにいられなかったことへの後ろめたさが消えるわけではない。


それでも、娘がちゃんと生きている。

誰かの妻というだけでも、誰かの娘というだけでもなく、

自分の判断で領地を回している。


その事実が、素直に嬉しかった。


「母親の背中なんて、ほとんど見てないのにねぇ」


侍女長が微笑む。


「それでも王妃殿下のお子でございますから」


「私の血?」


私は少し考えた。


「……値切るところだけは、確かに私の血かもしれないわね」


「そこなのでございますか」


「大事よ。予算は有限なの」


少ししんみりしかけた空気を自分で壊し、私はぱん、と手を叩いた。


「よし。返事を書く」


「はい」


「紙とインク持ってきて。まず『よくやってる。でも働きすぎるな』って書く」


侍女長が頷く。


「それから、『商人を締めすぎると逃げるからほどほどに』。

『橋と街道はケチるな』。『周りの連中に全部任せるな』」


「……かなり多うございますね」


「母親からの手紙なんて、だいたい小言よ」


私は椅子に座り直し、ペンを取った。


「あ。それと追伸」


「はい」


「弟たちが金に困って泣きついてきても、絶対貸すなって書いて」


侍女長が顔を上げた。


「若君方が、お気の毒では」


「自分で稼げ!!」


即答した。


「アンリはトーナメント代を節約! リチャードは城を壊す前に修繕費を考える! 

ジェフリーは他人の財布を読む前に自分の帳簿を見る!」


「……承知いたしました」


「マリーの金庫はマリーと孫のもの! 兄弟の尻拭い基金じゃありません!」


遠く離れたシャンパーニュで、娘がどんな顔でこの手紙を読むのかは分からない。

呆れるかもしれない。

笑うかもしれない。

それでもいい。

外の世界は相変わらず騒がしく、息子たちは相変わらず面倒で、

私は相変わらず海の向こうへ自由には行けない。

それでも今日だけは、少しだけ気分がよかった。


”娘はちゃんと、自分の足で立っている”


なら母親の仕事は、とりあえず一つだけ。

余計な兄弟に金を貸さないよう、念を押しておくことである。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


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