第128話:親父への不信は一致団結、ただし互いの信用はゼロの件
とことんめんどくさい一家だなぁ
ルアン近郊、狩猟用の館。
大反乱の鎮圧から数年、それぞれ別の場所で自分の立場を築き始めていた
三兄弟が、久しぶりに同じテーブルを囲んでいた。
暖炉では薪が静かに爆ぜている。
昔なら、父親への不満を言い合うだけで話は簡単だった。
父上が悪い
母上を出せ
もっと権限を寄こせ
それだけで、三人は一応同じ方向を向けた。
だが今は違う。
長男の若ヘンリーは、王冠を戴いているにもかかわらず、
実際に自分の判断で動かせるものが少ないことへの苛立ちを抱えている。
次男のリチャードは、アキテーヌで何年も反乱諸侯と向き合い、
自分自身の政治基盤を築き始めていた。
三男のジェフリーもまた、ブルターニュで妻の権利と自分の立場を背負い、
以前のようにただ兄たちの後ろをついて歩く少年ではなくなっている。
三人とも大人になった。
だからこそ、話が余計にややこしくなった。
「……父上は、結局いつまで全部自分で握っているつもりなんだ」
最初に口を開いたのは若ヘンリーだった。
酒盃を弄びながら、いかにも面白くなさそうな顔をしている。
「私は王だぞ」
リチャードが横目で見る。
「知ってる」
「その返事が腹立つな」
「じゃあ聞くな」
「お前は最近、態度がでかすぎるんだよ」
「お前が最近も何もずっとでかいだけだろ」
「はいはい」
すでに嫌な空気になり始めたところで、ジェフリーが割って入った。
「話を進めませんか。せっかく人目を避けて集まったんですから」
若ヘンリーは鼻を鳴らした。
「なら聞くが、父上がジョンをずっと手元に置いているのをどう思う」
その名前が出た瞬間、リチャードの目つきが少し変わった。
「どう、とは」
「いずれ何か与えるつもりだろう」
若ヘンリーは当然のように言った。
「ジョンには今のところ、兄弟の中で一番まとまった領地がない。
父上がそれを不憫がっているのは前からだ」
「それで?」
「それで済むわけがないだろう」
若ヘンリーは身を乗り出した。
「何かを与えるなら、どこかから持ってくるしかない」
しばし沈黙が落ちた。
三人の頭に、同じ記憶が浮かんでいる。
まだジョンが幼かった頃。
父ヘンリー二世が、末息子のために城や領地を用意しようとした。
その時、誰のところから何を出すのか。
その話が、家族全体を一気に爆発させた。
若ヘンリーが静かに言った。
「私は先に言っておくが、私の取り分から削るのは認めない」
リチャードが即座に答えた。
「俺もだ」
「……まだ何も決まっていないのに早いですね」
ジェフリーが呆れる。
すると兄二人が同時にそちらを見た。
「じゃあお前はいいのか?」
「ブルターニュから出せば?」
ジェフリーの顔がぴたりと止まった。
「それは困ります」
「ほら見ろ」
「結局同じじゃないか」
ジェフリーは額を押さえた。
「いや、だからそういう話ではなくてですね」
「どういう話だ」
リチャードが腕を組む。
ジェフリーは少し考えてから言った。
「父上がいつも、全部を最後まで自分で決めようとするから揉めるんでしょう」
その言葉に、二人とも黙った。
「兄上は王なのに、自分で決められることが少ない。
リチャード兄上はアキテーヌを任されているけど、最終的には父上の判断が入る。
僕もブルターニュで立場はあるけど、父上の政治から完全に独立している
わけじゃない」
若ヘンリーが苦々しく笑った。
「つまり、誰も父上を信用していない」
「そこだけは全員一致ですね」
ジェフリーが肩をすくめる。
リチャードも鼻で笑った。
「そこだけならな」
三人の間に、妙な沈黙が落ちた。
一応
父親への不信だけなら、見事なくらい意見が合っている。
だがそこで問題が一つあった。
若ヘンリーがジェフリーを見る。
「……ところでお前、本当に父上に何も言ってないだろうな」
ジェフリーが目を瞬かせた。
「何をです?」
「今こうして集まっていることだ」
「言うわけないでしょう」
「どうだかな」
今度はリチャードがジェフリーを見る。
「お前、父上に恩を売るためなら普通にやりそうだからな」
「しませんよ」
「本当に?」
「本当に」
「……怪しいな」
ジェフリーはため息をついた。
「信用されてないなぁ、僕」
兄二人が同時に答えた。
「「当たり前だろ。お前だぞ」」
見事に声が揃った。
ジェフリーは深く目を閉じた。
「兄上たちにだけは言われたくないですね」
「何だと」
「どういう意味だ」
「そういうところです」
暖炉の火が爆ぜる。
話し合いは、始まってからまだ大して時間も経っていないのに、
早くも着地点を失いかけていた。
若ヘンリーは、自分の王としての立場を守りたい。
リチャードは、アキテーヌで積み上げてきたものを誰にも渡したくない。
ジェフリーもまた、ブルターニュで得た自分の立場を手放す気はない。
そして三人とも、”父親がいつ何を決めるのか分からない”ことを恐れている。
「……昔は、もう少し話が簡単だった気がするな」
若ヘンリーが不意に呟いた。
リチャードが見る。
「何が」
「父上に腹を立てれば、それで三人まとまれた」
若ヘンリーは苦笑した。
「今は、父上に腹を立てながら、お前らにも腹が立つ」
「俺も同じだ」
「奇遇ですね」
ジェフリーまで頷く。
若ヘンリーは一瞬だけ笑い、すぐにその表情を消した。
「母上がいた頃は、少なくとも一度は全員の話を聞かされた」
リチャードの視線が暖炉へ落ちた。
「聞かされたというか、無理やり座らされたな」
「逃げようとすると怒られましたね」
ジェフリーが少しだけ笑う。
ほんの一瞬、昔の空気が戻った。
だが、それは長く続かなかった。
母は海の向こうにいる。
父は相変わらず最終的な決定を手放さない。
そして自分たちは、もう子どもではない。
それぞれが、自分の土地と、自分の立場と、自分の損得を持っている。
「結局」
ジェフリーが静かに言った。
「父上が何をするか分からない以上、自分のところは自分で守るしかない、
ということですね」
若ヘンリーが頷く。
「それはそうだ」
リチャードも答える。
「異論はない」
そこで三人は、また互いの顔を見た。
「父親を信用できない」
そこまでは一致している。
だが、自分の隣に座っている兄弟まで信用できるかと言われれば。
誰一人として、即答できなかった。
かつて三兄弟には、「父親に対抗する」という分かりやすい共通目的があった。
けれど今は、それぞれが自分の土地と、自分の権利を守る側に立っている。
父親への不信だけは、昔と変わらず強固だった。
問題は
その不信を共有している相手のことも、
同じくらい信用していないということだった。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




