↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/180

第123話:他所の家の事業承継が眩しすぎて、兄弟揃って「ぐぬぬ」する件

改変するならこのあたりが最後の分岐点かなぁ

1179年11月1日、ランス大聖堂。

歴代フランス王が王冠を戴いてきた荘厳な聖堂には、香炉から立ちのぼる煙と、

聖歌隊の澄んだ歌声が満ちていた。


十四歳のフィリップが祭壇の前に進み出る。

父ルイ七世は、すでに体調を大きく崩しており、この場にはいない。


だが、父王の意思は明確だった。


自分の生きているうちに、ただ一人の男子であるフィリップを王として立てる。

諸侯と聖職者の前で後継者として認めさせ、カペー家の王位を次代へ確実につなぐ。

そのための戴冠だった。


大司教によって聖油が塗られ、祈りが捧げられる。

そして、黄金の王冠が運ばれてきた。


その王冠に手を添えていた男の一人が、若ヘンリーだった。


すでに九年前からイングランド王の冠を戴き、

「若王」と呼ばれている二十四歳の青年である。


この日、彼は自分自身の王冠を被る側ではなかった。

十四歳の少年がこれから戴くフランス王冠を支える側にいた。


「フィリップ王、万歳!」


大聖堂に歓声が響く。


若ヘンリーは笑顔を崩さなかった。

崩さなかったが…

内心は、まったく穏やかではなかった。


(……同じじゃないか)


自分も若くして戴冠した。

父親がまだ元気なうちに、次代の王として冠を受けた。


その点だけ見れば、自分とフィリップはよく似ている。


なのに、どうして

”こんなにも違って”見えるのだろう。


若ヘンリーは、自分の手のすぐ先にある黄金の王冠を見つめた。

自分が王になった時も、大勢の諸侯が集まった。


聖油を受けた、

歓声も浴びた、

王と呼ばれた、

だが、その翌日から何かが変わったかと問われれば。


ほとんど”何も変わらなかった”。


重大な政治判断を下すのは父

金を握るのも父

軍を動かすのも父

外交を決めるのも父

自分は「王」と呼ばれながら、父親の後ろについて歩く息子のままだった。


対して、フィリップはどうだ。


まだ十四歳。

経験も、自分より遥かに少ない。

それでもフランスの諸侯たちは、

目の前の少年を「これから自分たちが仕える王」として見ている。

父ルイは病床にあっても、息子を次代の王として表へ押し出している。


「……同じ若王じゃないか」


誰にも聞こえないほど小さな声が漏れた。


「なのに、何が違うんだ……」


王冠を支えながら

若ヘンリーは、生まれて初めて他人の戴冠式を心底うらやましいと思った。


その少し後ろでは、リチャードが腕を組み、祭壇をじっと見つめていた。

二十二歳になった彼は、兄ほど王冠そのものに興味はない。


王冠を被って何もできないくらいなら、アキテーヌで実際に軍を動かし、

城を落とし、領主たちを従わせている方が性に合っている。


だが、だからこそ。

目の前の光景には別の意味で引っかかった。


(……父親って)


リチャードはフィリップを見る。


(息子へ渡すことができるんだな)


権力を

立場を

次の時代を


もちろん、フィリップが今日から完全にフランスを自由に動かせるわけではない。

十四歳の少年であり、父ルイもまだ生きている。


それでも少なくともフランス王家は、

「いずれこの少年が王になる」という未来を隠していない。

父親自身が、その未来を作ろうとしている。


それに比べて、自分の父親はどうだ。


兄を王にした。

だが仕事は渡さない。


自分にはアキテーヌを任せた。

だが最終的な決定権は手放さない。


ジェフリーにもブルターニュを与える一方で、

常に父親自身の意向がその上にある。


何を任せても最後には必ず

”ヘンリー二世”という巨大な手が覆いかぶさってくる。


以前なら、それが当然なのだと思っていた。

王とはそういうものなのだと。

父親が生きている間は、息子は待つしかないのだと。


だが目の前に「例外」がある。


「……なるほどな」


リチャードが低く呟く。

隣にいたジェフリーが横目を向けた。


「何が?」


「別に」


リチャードは答えなかった。


ただ。

胸の中では、どうしても一つの疑問が消えなかった。


(父上。本当に俺たちが未熟だから渡さないのか?)


それとも。


(自分が手放したくないだけなんじゃないのか)


一度浮かんだ疑問は、なかなか消えてくれなかった。


そして。

兄二人とは少し離れたところで、ジェフリーもまた祭壇を見ていた。


彼の感想は、二人とは少し違った。

若ヘンリーほど、フィリップの王冠が羨ましいわけではない。

リチャードほど、父親の支配に腹を立ててもいない。


ジェフリーが見ていたのは、もっと単純なことだった。


(……うまいやり方だな)


父親が弱っている。

後継者は一人。

ならば元気なうちに王冠を与え、諸侯の前で立場を確定させておく。


誰が次の王か、

誰へ忠誠を向ければいいのか、

”曖昧にしない”。


それだけで、父親が死んだ後に起きる争いを、かなり減らせる。


ジェフリーは静かに考えた。


自分たちの家は、その逆だ。


兄は王。

リチャードはアキテーヌ公。

自分はブルターニュ公。

ジョンにはまだ大きな継承地がない。


全員に肩書はある。

だが、それぞれが実際に何を持ち、

どこまで自由にでき、

最終的に誰が何を継ぐのか。


”肝心なところは父親が握ったまま”だ。


だから

皆が父親の顔色を見ながら、自分の取り分を守ろうとする。


(……そりゃ揉めるよな)


ジェフリーは兄たちの顔を順番に見た。


若ヘンリーは、王冠を支えながら笑顔を引きつらせている。

リチャードは無表情だが、明らかに機嫌が悪い。


たぶん二人とも同じものを見て、まったく違う理由で腹を立てている。


ジェフリーは小さく息を吐いた。


(父上も、もう少し分かりやすくしてくれればいいのに)


それだけだった。

今のところは。


やがて冠はフィリップの頭上に収まり、聖堂いっぱいに再び歓声が響いた。


「国王陛下、万歳!」


「フィリップ王、万歳!」


十四歳の少年が、フランスの新しい王として人々の前に立つ。


その光景を見ながら


若ヘンリーは思った。


(なぜ、あいつには王としての未来がある)


リチャードは思った。


(なぜ、うちの父親は何一つ手放さない)


そしてジェフリーは思った。


(……この家、継承の仕方を間違えると本当に面倒なことになるな)


三人とも見ているものは同じだった。

だが胸に刺さった場所は、まるで違う。


後にアンジュー家を再び揺らすことになる”不満の種”は、

華やかなランスの戴冠式の最中にも、

ひっそりとそれぞれ違う形で育ち始めていた。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。