第121話:誰の金で遊んでると思ってるんだ(※南で稼いで、北で溶かす)
まぁ。でしょうねとしか。( ˘ω˘ )
ポワトゥー南境、アングレーム近郊。
夏の日差しが照りつける荒野で、リチャードは馬を下り、
汗と土埃にまみれた手袋を外した。
十九歳になった次男の顔つきは、ここ数年でずいぶん精悍になっていた。
反乱に加わった諸侯の城を攻め、破却し、あるいは改めて忠誠を誓わせる。
街道の治安を立て直し、領主たちの訴えを聞き、収入を確認しながら、
反乱の後始末を一つずつ片づけていく。
母のいないアキテーヌで、今度こそ自分がこの土地を治めるのだと、
泥臭い仕事を積み重ねる毎日だった。
そこへ、ノルマンディーから戻ったばかりの使者が馬を飛ばしてきた。
「若君。ルーアンより戻りました」
「ご苦労」
リチャードは水を飲みながら振り返った。
「それで、父上は何と? 街道と城の修繕について、
もう少し金が必要だと伝えただろう」
使者の顔が、あからさまに曇った。
「その件ですが……今のところ、追加の支出は難しいとのことでございます」
「……何?」
リチャードの目が細くなる。
「難しい?」
「はい」
「こっちは父上の命令どおり、反乱の後始末をしているんだぞ。
城を落とせば修繕がいる。兵を動かせば金がかかる。
街道を放っておけば盗賊が増える。
それを全部やれと言っておいて、金は出せない?」
「その……王室側にも、急な支出があったようでして」
「急な支出?」
嫌な予感がした。
使者は少しだけ視線を逸らした。
「若王殿下の借財について、ヘンリー陛下が一部を処理されたとのことでございます」
リチャードの動きが止まった。
「……兄上の?」
「はい」
「何の借金だ」
「トーナメントへの遠征や、騎士たちの維持、
宴席などにかかった費用と聞いております」
しばらく沈黙が落ちた。
リチャードは手にしていた水袋をゆっくり下ろした。
「……それ、どこの金だ」
低い声だった。
使者が困ったように瞬きをする。
「どこの、と申されましても……陛下の収入からと」
「その収入は、どこから入る」
「王領や、各地の所領から……」
「アキテーヌからもだろう」
使者は答えなかった。
答えないことが答えだった。
リチャードのこめかみが引きつる。
「俺たちはここで何をしてると思ってるんだ」
周囲にいた騎士たちが、そっと視線を逸らした。
「反乱で荒れた土地を回って、城を押さえて、街道を立て直して、
領主どもから収入を確保している。その金も王家の金庫へ入ってるんだろう?」
「……はい」
「それを」
リチャードはゆっくり息を吸った。
「兄上が馬に乗って槍を振り回し、騎士どもに酒を奢った後始末に使うのか?」
「若君……」
「ふざけるな!!」
近くに置かれていた木箱を蹴ると、大きな音を立てて横へ転がった。
兵士たちが一斉に固まる。
「俺が南で泥まみれになって働いてる間、兄上は歓声を浴びて宴会して、
その借金を父上が払う!? それでこっちの必要な金は後回しだと!?」
使者は何も言えなかった。
リチャードも、本気で兄が遊んでいるだけだと思っているわけではない。
若ヘンリーには若ヘンリーなりの不満がある。
王冠を戴きながら、実際の政治はほとんど父親に握られている。
その鬱屈を、トーナメントで名声を得ることで埋めていることも、
何となく理解はできる。
できるが、
”それとこれとは別”だった。
「兄上は王として扱えと言う。父上は金は出していると言う。
じゃあ、現場を回してる俺には何が残るんだ」
誰に聞かせるでもなく吐き捨てる。
十九歳の若者にとっては、どう考えても割に合わない話だった。
父親には腹が立つ。
兄にも腹が立つ。
そして何より
自分だけが泥臭い仕事を押しつけられているように思えることが、
どうしようもなく気に食わなかった。
「……戻ったら、父上にもう一度出せ」
「何を、でしょうか」
「予算の要求だ」
リチャードは険しい顔のまま馬へ乗った。
「兄上の宴会代を払う余裕があるなら、こっちの城壁を直す金くらい出せとな」
「……承知いたしました」
使者は深く頭を下げた。
リチャードは手綱を引きながら、盛大に舌打ちした。
「誰の金で遊んでると思ってるんだ、あの人たちは……」
その頃
海を隔てたイングランド、オールド・サラム。
私は窓辺の椅子に腰掛け、焼いたパンにバターと蜂蜜を塗りながら、
侍女長から届いたばかりの噂を聞いていた。
「……ヘンリーが?」
「はい」
侍女長がお茶を注ぎながら頷く。
「若王殿下がトーナメントなどで多くの費用を使われ、
借財も増えていたそうでございます。その一部について、
陛下がかなりお怒りになりながら処理されたとか」
「…………」
私はパンを持ったまま固まった。
「王妃殿下?」
「っ……ふ」
肩が震えた。
「王妃殿下?」
「ちょっと待って……」
無理だった。
「あはははははははは!!」
腹の底から笑いが込み上げてくる。
侍女長が目を丸くした。
「王妃殿下!?」
「だって! 自分で息子に仕事を渡さないで、王冠だけ被せて、
名ばかり役員みたいにした結果よ!?」
私は笑いながら机を叩いた。
「息子が暇と承認欲求を持て余してトーナメントに全力投球して、
借金まで作って、最後は親父がその後始末してんの!?
何その完璧な自作自演!」
笑いすぎて涙が出てきた。
私を危険分子扱いして海の向こうへ閉じ込め、
自分なら全部うまく管理できると思っていた男が、
実の息子の請求書に頭を抱えている。
想像するだけでおかしい。
「あー……お腹痛い」
私は目尻の涙をぬぐい、まだ笑いながらパンを一口かじった。
「絶対すごい顔してたでしょ。あの人」
「かなりお怒りだったとは聞いております」
「見たかったなあ、それ」
しばらく機嫌よく笑っていたが、パンを噛んでいるうちに、
ふと一つの疑問が浮かんだ。
「……ねえ」
「はい」
「その借金を払った金って、どこから出たの?」
侍女長は少し考える。
「陛下の王領をはじめ、各地から入る収入の中からではないかと」
私はパンを持つ手を止めた。
「各地」
「はい」
「……その『各地』には、アキテーヌも入る?」
「当然ながら」
「…………」
笑いが止まった。
頭の中に、リチャードの顔が浮かぶ。
今頃あの子は、母親のいなくなったアキテーヌで、
反乱の後始末に走り回っている。
城を落とし、領主を押さえ、土地から収入を上げる。
その金の一部が北へ送られ、
”兄のトーナメント三昧で作った借金の穴埋めに回った”ように見えたとしたら。
「……リチャード、めちゃくちゃ怒ってそうね」
「おそらくは」
「そりゃ怒るわよ」
私は紅茶を一口飲んだ。
「兄は華やかなところで歓声浴びて、弟は南で反乱の後始末。
そのうえ、自分が立て直してる土地から入る金まで
兄の借金に回ったように見えたら、面白いわけないじゃない」
侍女長は黙っていた。
私も黙った。
最初は笑い話だった。
実際、ヘンリーが息子の借金を払わされているところだけ切り取れば、
かなり面白い。
でも
長男は「王なのに何もさせてもらえない」と不満を抱え。
次男は「自分だけ現場で働かされている」と不満を抱え。
父親は「必要なものは与えているのに、なぜ文句を言う」と思っている。
誰も、自分だけが悪いとは思っていない。
そして。
全員に、少しずつ理屈がある。
私はしばらく考えてから、眉をひそめた。
「……ヘンリー」
窓の外を見ながら、ため息をつく。
「あんた、本当に息子同士を仲良くさせる気ある?」
もちろん
海の向こうにいる本人から、返事が来るはずもなかった。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




