↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
110/180

第109話:負けましたので、父上と話し合うことになりました(※最初からそれをやれ)

規模がでかいだけで高校生の男兄弟の反抗期の家出的な。

パリ、シテ島のフランス王宮。

軍議室の長机には、ヘンリー二世から届いた書状が広げられていた。


ルーアン方面では思うような成果が出ず、北ではスコットランド王

ウィリアムが捕らえられ、各地の反乱勢力も次第に押し返されている。


数か月前には、ヘンリー二世を四方から包囲しているようにさえ見えた。

だが今はその包囲網のあちこちに、大きな穴が開き始めていた。


若ヘンリーは書状を見下ろしたまま、しばらく動かなかった。


やがて、ぽつりと呟く。


「……父上と、会うのか」


「そうなる」


壁際に立っていたリチャードが、短く答えた。


「モンルイで会談するらしい。条件を詰めることになる」


若ヘンリーは顔を上げた。


「条件……」


「つまり」


ジェフリーが机の端に指を置いた。


「結局、父上と話し合うということですね」


「…………」


「…………」


「…………」


三兄弟の間に、何とも言えない沈黙が落ちた。


妙に居心地が悪い。

何かを思い出しそうなのだ。


ものすごく嫌なものを。


数か月前。

まだ誰も、ここまで大きな戦争になるとは思っていなかった頃。

ポワティエで母アリエノールが、三人を前にして何度も繰り返していた。


『いい? 喧嘩しに行くんじゃないからね』


『戦争は絶対に駄目』


『まず話し合うのよ。父親とちゃんと交渉しなさい』


若ヘンリーの口が、わずかに開いた。


「……これ」


リチャードが嫌そうな顔をする。

ジェフリーは静かに天井を見上げた。


若ヘンリーが、恐る恐る続ける。


「最初から母上が言っていたことでは……?」


誰も答えなかった。

答えなくても分かる。

その通りだった。


ジェフリーが、非常に言いにくそうに口を開く。


「……母上は、最初から父上と交渉しろと仰っていましたね」


「俺は」


リチャードが眉間に皺を寄せる。


「話し合って駄目なら、力で分からせればいいと思っていたが」


「私は」


若ヘンリーが頭を抱えた。


「父上に、私が王であることを認めさせたかった」


目的は、それぞれ違っていた。


若ヘンリーは、名ばかりの王ではなく実際の権限を求めていた。

リチャードは、自分の立場とアキテーヌでの権利を守りたかった。

ジェフリーもまた、自分に約束されたものが

本当に手に入るのか分からない不安を抱えていた。


その不満そのものは消えたわけではない。


だが、その不満を父親に認めさせるために

諸侯を巻き込み

フランス王を巻き込み

スコットランド王まで巻き込み

各地で兵が動き

城が攻められ

人が死に


そして最後に


「では、父親と条件を話し合いましょう」


という地点へ戻ってきた。


「…………」


若ヘンリーが、両手で顔を覆った。


「最初から……普通に話し合っていれば……」


「兄上」


ジェフリーが静かに言う。


「それを今言うと、かなりつらいですよ」


「分かっている!」


若ヘンリーは机に突っ伏した。

リチャードも、珍しく何も言い返さない。


壮大すぎる遠回りだった。

反抗期の息子たちが家を飛び出し、大勢を巻き込み、

最後に父親との面談室へ連れ戻された。

規模だけが国家単位だった。


その様子を少し離れた場所から見ていたルイ七世は、深く息を吐いた。


「……結局、話し合うのか」


若ヘンリーが顔を上げる。


ルイはこめかみを押さえた。


「いや。いい。何も言うな」


自分もこの反乱を支援した側である。


兵も出した。

金も使った。

ヘンリー二世を弱らせる好機だと考えた。


だから今さら


「最初から話し合えばよかったではないか」


などと、他人事のように言える立場ではない。


それでも言いたい

ものすごく言いたい


ルイは目を閉じた。


「……胃が痛い」


その足元で

七歳のフィリップが、焼き菓子をもぐもぐ食べながら父の顔を見上げた。


「父上」


「……なんだい」


「アンリ殿たちは、お父上に会いに行くんですよね」


「ああ」


「お話をするために?」


「そうだね」


フィリップは少し考えた。

それから素朴な顔で言った。


「最初から、お話をすればよかったのでは?」


「…………」


若ヘンリーが固まった。

リチャードが目を閉じた。

ジェフリーが顔を背けた。

ルイは天井を仰いだ。


”七歳児の一言が妙に重かった”


フィリップは周囲の空気に気づかないまま、もう一つ焼き菓子をつまむ。


「いっぱい戦ったあとでも、結局お話をするんですね」


「……そういうこともある」


ルイは、かすれた声で答えた。


「大人って大変ですね」


「そうだね」


「でも」


フィリップは首を傾げた。


「少し、もったいないですね」


誰も何も言えなかった。

しばらくして若ヘンリーが、小さな声で呟く。


「……母上に、何て顔して会えばいいんだ」


リチャードが鼻で息を吐く。


「そもそも、会わせてもらえるのか?」


「シノンから出してもらえないでしょうね」


ジェフリーが冷静に答えた。

若ヘンリーは、さらに深く机へ突っ伏した。


「絶対に言われる……」


「何をです?」


「『だから最初から話し合えって言ったでしょうが』って」


「……言われるな」


リチャードが即答した。


「確実に言われますね」


ジェフリーも頷いた。

三兄弟は揃って黙り込んだ。


これから父親との会談が待っている。

戦に負けたことより、そのあと母親に会うことの方が少しだけ怖かった。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。