第107話:スコットランド王が捕まりました(※反乱軍、背骨を綺麗にボキ折られる)
さすが戦争全振り男ヘンリー(ΦωΦ)
パリ、シテ島のフランス王宮。
軍議室の空気は、わずか数日前までの強気な熱気が嘘のように重く沈んでいた。
机の上にはブリテン島とフランスをまたぐ地図が広げられ、その周囲を
若ヘンリー、リチャード、ジェフリー、そしてフランス王ルイ七世が囲んでいる。
そんな中、血相を変えた伝令の騎士が勢いよく扉を開け、息を切らしながら部屋へ飛び込んできた。
「北イングランドより、緊急の報せにございます!」
若ヘンリーがすぐに顔を上げる。
「どうした。スコットランド軍がさらに南へ進んだのか?」
「いえ!」
伝令は手にした羊皮紙を強く握りしめた。
「アルンウィック近郊にて、スコットランド王ウィリアム陛下が
王党派の騎士隊と遭遇。戦闘の末、捕虜となりました!」
一瞬、誰も言葉を発しなかった。
若ヘンリーの口がわずかに開き、リチャードは地図から視線を上げ、
ジェフリーは手にしていた羽ペンを静かに机へ置いた。
「……王が、捕まった?」
若ヘンリーがようやく絞り出す。
「はい。王ご自身が捕らえられたことで、スコットランド軍は大きく
動揺しております。北方からの圧力も、これまで通りとはいかぬ見込みです」
軍議室に重い沈黙が落ちた。
反乱側には、フランス王ルイをはじめ、ヘンリー二世に反発する諸侯や
ブルターニュやノルマンディーで動く勢力がいた。さらに北からは、
スコットランド王自身が軍を率いてイングランドへ圧力をかけている。
『その王が、捕らえられた』
戦争そのものが、その瞬間に終わったわけではない。
フランス軍もいるし、各地の反乱勢力も残っている。
それでも、一国の王が捕虜になったという報せは、
それだけで十分すぎるほど重かった。
「……大きいな」
ルイ七世が静かに呟いた。
若ヘンリーが振り返る。
「陛下?」
「この報せは大きい。北からの圧力が弱まれば、ヘンリーは
その分の兵を別の場所へ回せる。それだけではない。この話を聞いた諸侯は、
自分がどちらにつくべきかを、改めて考え始めるだろう」
ジェフリーが眉を寄せた。
「……こちらについていて、本当に勝てるのか、と?」
「ああ。戦は兵の数だけで決まるものではない。誰が勝ちそうか、
誰につけば自分の領地を守れるか。そういう判断で、人の心は簡単に揺れる」
若ヘンリーは机に両手をついた。
「だが、まだフランス軍がいる! ノルマンディーにも味方はいる!
父上だって、すべての戦線を一度に押さえられるわけでは――」
「兄上」
リチャードが低い声で遮った。
若ヘンリーが振り返る。
「何だ」
「状況は変わった」
十五歳のリチャードは、地図を見たまま続けた。
「北からの圧力が弱まれば、父上は兵を他へ回せる。
さっきまでと同じつもりで動けば、こちらが先に押し潰される」
「だからといって、諦めろと言うのか!」
「そうは言っていない。ただ、父上を甘く見たままでは駄目だと言っている」
若ヘンリーは言葉に詰まった。
リチャードの声には、父親への好意など一欠片もなかった。
ただ、戦う相手としての力だけは認めざるを得ないという、苦い現実が滲んでいた。
ジェフリーも地図を見つめたまま、小さく息を吐いた。
「……この報せを聞いた諸侯は迷いますね。
父上につくべきか、こちらに残るべきか」
「ジェフリー」
若ヘンリーが睨む。
「怖がっているわけじゃありません。ただ、そう考える者が出るという話です」
十四歳の彼に、すべての先が見えているわけではない。
それでも、風向きが変わり始めていることくらいは分かる。
軍議室には、さっきまでとは違う沈黙が落ちた。
反乱は終わっていない。
まだ戦は続いている。
だが、「これだけ囲めば父上も終わる」という楽観だけは、
もう誰の顔にも残っていなかった。
その部屋の隅で、七歳のフィリップは膝の上の皿から干し葡萄を一粒つまみ、
大人たちの顔を順番に眺めていた。
若ヘンリーは青ざめ、リチャードは難しい顔で地図を見つめ、
ジェフリーも黙っている。父ルイまで、いつも以上に疲れた顔をしていた。
フィリップは首を傾げる。
「……折れちゃいましたね」
ルイが息子を見る。
「何がだい?」
「みんなで立てていた、大きな旗です」
「旗?」
「はい。太い柱が一本折れたら、旗って傾きますよね。
だから、みんな困っているのかなって」
ルイはしばらく黙り、それから小さく頷いた。
「……そうだね」
実際の戦争は、そんなに単純ではない。
領地も、金も、兵も、同盟も、それぞれの事情も絡み合っている。
それでも、一国の王が捕らえられたことで、
反乱側の空気が大きく揺れたのは確かだった。
フィリップは干し葡萄を口へ入れる。
「王様が捕まると、みんな困るんですね」
「とても困るよ」
「王様って、大事なんですね」
ルイは少しだけ遠い目をした。
「……そうだね」
フィリップはそれ以上何も言わず、また干し葡萄を一粒つまんだ。
七歳の少年が今日覚えたのは、それだけだった。
”大きな柱が一本折れると、周りはとても困るらしい”
そして、その頃のシノン城塞では。
そんな大転換が起きているとも知らず、
アリエノールが暖炉の前でのんびり本を読んでいた。
「……平和ねえ」
本人だけは、まだ………。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




