第103話:私はいつから反乱軍の母になったんですか
普通にハードモードですもんねぇ・・・
シノン城塞、上階の客間。
暖炉の前で、私は羊皮紙と炭の棒を膝の上に広げ、一人でじっと座り込んでいた。
静かな部屋に、重いため息だけが落ちる。
「……ねえ」
誰もいない空間に向かって、私は真顔で問いかけた。
「私、どこで選択肢を間違えた……?」
炭の棒で羊皮紙の端を、とん、とん、と叩く。
ここ最近の出来事が、あまりにも怒涛すぎる。
息子は三人まとめて父親に反抗
夫は軍を動かす
私は城に閉じ込められる
おまけに愛人疑惑まで飛び出した
一度ここで、冷静に状況を棚卸しした方がいい。
元OL、緊急ポストモーテム開始である。
そもそも私は、戦争なんてしたくなかった。
血で血を洗う争いなんて御免だし、できることならアキテーヌでワインでも飲みながら、
美味しいものを食べて静かに暮らしたかった。
なのになぜ今。
私は石造りの城で外出禁止を食らっているのか。
「……順番に確認しよう」
私は羊皮紙へ書き始めた。
一つ目。
『息子たちの待遇改善を要求した』
名ばかりの地位だけ与えて、実権も財源もほとんど持たせないのはどうなのか。
せめて本人たちが、自分の領地や立場に責任を持てる程度の権限を与えるべきではないか。
母親として、そして実際に領地を治める側の人間として。
私はそう主張した。
「……ここは悪くない」
二つ目。
『ヘンリーに、息子たちの話を聞けと手紙を書いた』
「これも普通」
勝手に全部決めるな
本人たちと話せ
何が不満なのか聞け
実に真っ当な要求である。
三つ目。
『リチャードをパリへ行かせた』
「…………」
炭の棒が止まった。
いや。
これも、目的は話し合いだった。
兄と直接話してこい
状況を確認しろ
ただし戦争はするな
ちゃんと念を押した。
「……ギリギリ、セーフ」
たぶん。
四つ目。
『ジェフリーが勝手にパリへ行った』
私は力強く、その横に書き足す。
『※これは私のせいではない』
完全なる自主参加
私は送り出していない
知らない
あいつが勝手に行った
ここは断固として無罪を主張したい。
五つ目。
『私も息子たちのところへ向かった』
目的は家族会議
息子たちを正座させ
頭を冷やさせ
ヘンリーも引っ張ってきて
全員で話し合いの席につかせる
それだけだった。
そして六つ目。
『身分を隠し、人目を避けて移動している途中で捕まった』
「…………」
私は書き終えた羊皮紙を見つめた。
長い沈黙。
「……あれ?」
背中を、冷たい汗が流れた。
もう一度上から順番に読む。
夫の方針に公然と反対
息子たちの要求を支持
次男を敵側へ送り出す
三男も合流
自分まで敵国側へ向かう
しかも。
・身分を隠して
・人目を避けて
「…………」
私はゆっくり顔を上げた。
「客観的に見ると私、めちゃくちゃ反乱側じゃない???」
気づいてしまった。
本人の意図は、徹頭徹尾。
話し合い
待遇改善
家庭内調整
戦争回避
なのに、
出来上がった客観的事実だけを並べると。
『夫の方針に反対し、息子たちを支援し、
自らも身分を隠して敵対する陣営へ向かった王妃』
になっている。
「反乱側のフルコースじゃないのよぉぉぉぉ!!」
私は頭を抱えた。
百人に説明したら、たぶん百人が
『いや、それ反乱側ですよね?』
と言う。
「違うのよ……」
誰もいない部屋で呟く。
「本当に違うのよ……」
だが、違うと言えば言うほど怪しい。
最悪である。
「……いや、待って」
私はふと顔を上げた。
「今回だけじゃないわ」
そうだ。
そもそも私の人生は、もっと前からおかしい。
「どこから狂ったのよ……?」
羊皮紙の空いている場所へ
今度は、人生全体を書き出してみる。
世界史のテストで八点を取った、ごく普通の元OL。
気づいたら
”二歳のアリエノール・ダキテーヌになっていた”。
十五歳前後で、ルイ七世と結婚。
フランス王妃になる。
第二回十字軍に参加。
だいぶ地獄を見る。
夫婦関係も悪化。
あれこれあって離婚。
ようやく自由になったと思ったら。
南へ戻る途中で、自分とアキテーヌを狙う男たちが次々寄ってくる。
そしてヘンリーと再婚。
子どもを八人産む。
夫はどんどん領地を広げる。
家庭も政治も巨大化する。
私はアキテーヌへ戻る。
息子たちの待遇に文句を言う。
夫と揉める。
息子たちが反乱。
私は捕まる。
現在絶賛監禁中。
「…………」
羊皮紙の上に
”自分でも引くほど波瀾万丈な人生”が完成していた。
私はしばらく無言で眺めた。
「私……人生のルート選択、どこで間違えた……?」
前世では
できれば定時で帰りたい。
面倒な案件には巻き込まれたくない。
平穏第一。
そんな人生だったはずなのに。
今や、中世ヨーロッパ屈指の巨大領国を巡る家庭崩壊のど真ん中である。
「……やっぱり」
私は炭の棒で、ある一点を指した。
『ヘンリーと再婚』
「ここ……?」
あの時離婚したばかりの私は
アキテーヌへ戻ろうとしていた。
だが。
広大な領地を持つ独身女性。
しかも若い。
放っておかれるわけがない。
結婚相手として。
あるいは、もっと強引な方法で。
私を手に入れようとする男は、いくらでもいた。
その中で、自分自身とアキテーヌを守るために。
若く、強く、行動力があり
簡単には誰にも潰されない男を選んだ。
それがヘンリーだった。
「……でも、あの状況だと、かなり有力な選択肢だったのよね」
少なくとも、当時の私から見ればそうだった。
離婚したばかりで、広大なアキテーヌを抱えた若い独身女性。
そんな私を放っておくほど、中世の貴族社会は優しくない。
実際、南へ戻る途中ですら、結婚という名目で私と領地をまとめて
手に入れようとする男たちが現れた。
その状況で、自分とアキテーヌを守るために選んだのがヘンリーだった。
若くて、強くて、頭も回る。何より、
他の男たちが簡単に手を出せなくなるだけの力を持っていた。
盾として考えれば、ものすごく優秀だった。
優秀すぎて、その後ヨーロッパ中を巻き込む暴走戦車になるところまで
想定できなかっただけで。
「……じゃあ、どこよ」
私は羊皮紙を睨んだ。
ヘンリーとの再婚が間違いではなかったとしたら、もっと前なのか。
ルイとの結婚だろうか。
いや、十五歳そこそこの私に、あの婚姻を断る選択肢なんてほとんどなかった。
第二回十字軍への参加も、フランス王妃という立場と無関係ではいられなかった。
そもそもアキテーヌを継いだことだって、私が選んだわけではない。
そこまで考えて、私はふと手を止めた。
「……いや待って」
もっと根本的なところに気づいた。
私が二歳で目を覚ました時には、もうアリエノール・ダキテーヌだった。
広大な領地の跡取りで、周囲から政略結婚の駒として見られ、
その後はフランス王妃になり、さらにイングランド王妃になり、
気づけば夫も息子たちもヨーロッパ史のど真ん中に名前を残す人間ばかりになっていた。
私はそれを、世界史八点の知識だけで生き抜こうとしていたわけだ。
「…………」
そこまで整理して、私は両手で顔を覆った。
「スタート地点から高難度じゃん……」
選択肢を間違えたから、こんな人生になったわけではない。
そもそもゲーム開始時点で、難易度設定がどうかしていたのだ。
攻略情報らしい攻略情報もなく、セーブもリセットもできない。
しかも操作するのは、世界史八点の元OL。
「……最初から詰んでた?」
乾いた笑いが漏れた。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てる。
私は羊皮紙いっぱいに書かれた自分の人生を眺めながら、深くため息をついた。
監禁生活の暇つぶしに人生を棚卸ししてみた結果。
反乱の黒幕かどうかを検証する前に、そもそも自分の人生そのものが、
最初から最高難度だったことに気づいてしまったのである。
※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。
人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。
できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。
なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?
「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。




