↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『世界史8点の私に、アリエノール・ダキテーヌは荷が重い』 ~未来の夫も息子も、ろくなことをしないらしい~  作者: 雪森蓮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/180

第102話:手紙を止めると、人は怒る(※解体業者、情報統制の副作用を学習中)

結局ライバルを自分で育てておる( ˘ω˘ )

パリ、シテ島のフランス王宮。

重厚な大広間には、ここ数日ずっと似たような怒声が響いていた。


「母上から返事が来ない!」


若ヘンリーが拳で机を叩き、苛立ちを隠そうともせず叫ぶ。


「一通も届かないなど、あり得ぬ! 父上が街道か城のどこかで、

手紙をすべて止めているに違いない!」


「その可能性は高いでしょうね」


ジェフリーが腕を組み、冷静に答える。


「母上と我々を自由に連絡させる理由が、父上にはありませんから」


その横で、リチャードは険しい顔のまま黙り込んでいた。


「母上を閉じ込めるだけでなく、我々と話すことまで許さぬつもりか」


声は低い。

だが、明らかに怒っている。


「母上は一人で耐えておられるに違いない!」


若ヘンリーがさらに声を張り上げる。


「ならば、こちらから迎えに――」


「またその話ですか」


ジェフリーが額を押さえた。


「場所も状況も分からないまま動くのはやめましょうと言ったでしょう」


「だが!」


「だからまず確認を――」


再び始まる。


”返事が来ない”


それだけの空白を

三兄弟は、それぞれの怒りと不安と最悪の想像で、

好き勝手に埋め始めていた。


その騒ぎから少し離れたところで

七歳のフィリップは、小皿に盛られた干し葡萄をつまみながら、

父ルイ七世を見上げた。


「父上」


「……なんだい、フィリップ」


連日の大騒ぎですっかり疲れた顔のルイが、息子の方へ視線を落とす。


フィリップは干し葡萄を一粒口に入れ、

もぐもぐと噛みながら尋ねた。


「手紙って、途中で止められるのですか?」


ルイは少し考えてから頷いた。


「できることはあるよ。街道の関所や、

城を押さえている者が使者を止めればね」


「では」


フィリップは首を傾げた。


「書いた人は、届いたと思っていて」


「うん」


「もらう人は、書いてくれなかったと思うのですか?」


「…………」


ルイは、少しだけ目を見開いた。

そして、目の前で怒り狂っている三兄弟を見た。


「……そういうことも、あるだろうね」


フィリップは納得したように頷いた。


「それだと、喧嘩になりますね」


「……そうだね」


非常に、というか。

今まさに、それで喧嘩している。


七歳児は、別に難しい政治理論を語ったわけではない。


ただ


書いた

届かない

返事が来ない


なら、

相手は「無視された」と思うかもしれない。

それだけの話である。


だが。

その単純な話が、今のプランタジネット家には致命的だった。

フィリップは皿の上の干し葡萄を、指先でころころ転がした。


「父上」


「今度は何だい」


「手紙を止めたら、その人に言うことを聞かせられるのですか?」


ルイは少し眉を上げた。


「どうしてそう思うんだい?」


「だって」


フィリップは若ヘンリーたちを見る。


「お母上とお話できなくしたら、お兄さんたちは困ります」


「そうだね」


「困ったら、降参するのかなって」


ルイは静かに息を吐いた。


「そう単純ではないよ」


「違うのですか?」


「ああ」


フィリップが不思議そうな顔をする。


「では、どうなるのですか?」


ルイは答える代わりに

視線だけで、三兄弟の方を示した。

フィリップもそちらを見る。


若ヘンリーは机を叩いている。

リチャードは腕を組んだまま、怖い顔で黙っている。

ジェフリーは何とか話をまとめようとしているが、やはり苛立っている。


フィリップはしばらく眺めた。


そして。


「……怒っていますね」


「とてもね」


ルイは疲れ切った声で答えた。


「情報を止めれば、相手が必ず静かになるとは限らないのだよ」


「そうなのですか」


「何も分からなくなると、人は自分で考えるしかなくなる」


ルイは息子へ向き直った。


「その時、必ず正しい答えに辿り着くとは限らない」


「間違えるのですか?」


「間違えることもあるし」


少し間を置く。


「悪い方へ考えてしまうこともある」


フィリップはまた三兄弟を見た。


「お母上が泣いている、とか?」


「そういうことだね」


実際、アリエノール本人は


暖炉の燃える部屋で

飯がうまいと言いながら

息子たちに説教状を書いていたわけだが………


当然、ここにいる彼らは知らない。


そして知らないからこそ、勝手に最悪の想像をしている。


「……難しいですね」


フィリップは干し葡萄を一粒食べた。


「難しいよ」


ルイも、心の底から同意した。


「では」


フィリップは少し考えてから、また首を傾げる。


「手紙は、止めない方がいいのですか?」


「それも場合による」


「…………」


フィリップの顔が、明らかに困った。


「止めても駄目で、止めなくても駄目なのですか?」


「政治というのは、そういうものだよ」


「面倒ですね」


「とてもね」


ルイは即答した。


七歳児にも分かる。

大人の政治は面倒くさい。

しかも、だいたい面倒にしているのは、大人自身である。


フィリップはしばらく黙っていた。


それから。


「でも、手紙って大事なのですね」


「……ああ」


ルイは小さく笑った。


「とても大事だ」


少年は、ふうん、と頷いた。


理解したのは、まだその程度。


手紙を止めれば

相手は困る

怒ることもある

勝手に悪い想像をすることもある


”ただ、それだけ”


けれど。

目の前には、これ以上ない実例が三人も揃っている。


「母上を助け出す!」


「だから勝手に動くなと言ってるでしょう!」


「父上を説得するには、まず力を――!」


また怒鳴り声が始まった。


フィリップはその様子を眺めながら、最後の干し葡萄を口へ入れた。


「……本当に怒っていますね」


ルイは深くため息をついた。


「本当にね」


そして

七歳の少年は今日もまた、大人たちの失敗を横から眺めながら


一つだけ、新しいことを覚えたのだった。

※本作は、実在の人物・史実をもとにしたフィクションです。


人物の年齢、出来事の時期、当時の習慣や文化などは、史料によって諸説あるものも多く、物語として読みやすくするために一部再構成・創作を含みます。


できるだけ当時の空気を大切にしつつ、主人公は相変わらず世界史8点のまま進みます。

なお、主人公より作者の方がちょっとだけ世界史に詳しい……はずです。多分…?

「そこ違うかも?」という部分も、ゆるく楽しんでいただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。