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  作者: かいちょ
第1章 罪
8/10

第8話 桜

「あなたは……」

「私から奪わないよね?」

血まみれの女は、涙を流していた。

Ayaは声も出せない。

女の長い黒髪。

白い着物。

そして、影だけが蜘蛛のように八本の脚を持っている。

「……誰?」

女は答えない。

ただ悲しそうに笑う。

「私は……桜」

「ずっと待っていたの」


その瞬間。

Ayaの視界が歪んだ。

暗闇。

蝋燭の灯り。

そして。

見知らぬ女の視点。




***

四百年前。

北城。

桜は城下町の娘だった。

美しく、優しい娘。

両親を亡くし、行き場を失ったところを城主・北条冷継に迎えられた。

「怖がることはない」

「ここがお前の家だ」

冷継は優しかった。

夜ごと悪夢に苦しみながらも、桜には穏やかな笑顔を見せてくれた。

「殿」

「お薬を」

「ありがとう、桜」

「お前がいてくれて助かる」

その言葉だけで、桜は幸せだった。

だが。

周囲の者たちは違った。

「城主様を惑わせた女」

「得体の知れぬ娘」

「桜が来てから殿がおかしくなった」

そんな噂が広まっていく。

そして。

冷継の死。

家臣たちは怒り狂った。

「桜が毒を盛った!」

「この女が殿を殺した!」

桜は泣きながら訴える。

「違います!」

「私は何も……!」

しかし誰も信じなかった。

「黙れ!」

「化け物!」

「人殺し!」

髪を掴まれ。

引きずられ。

井戸の前へ連れて行かれる。

「やめて!」

「お願い!」

「私は殿を愛していただけ!」

「愛していたの!」

家臣たちは石を投げた。

「化け物!」

「死ね!」

「殿を返せ!」

桜は泣き叫ぶ。

「違う!」

「違う!」

「私は……」

「私は……!」

誰も耳を貸さなかった。

そして。

ドン。

桜の身体は井戸の底へ落ちた。

真っ暗な闇。

折れた足。

冷たい水。

「助けて……」

「誰か……」

「お願い……」

返事はない。

「怖い……」

「寒い……」

「殿……」

「助けて……」

数日。

いや。

数週間だったのか。

飢え。

渇き。

孤独。

その時。

暗闇の中で。

カサ……

何かが動いた。

無数の蜘蛛。

井戸の壁を埋め尽くすほどの蜘蛛。

桜は泣きながら笑った。

「そう……」

「あなたたちも……」

「一人なの?」

蜘蛛たちは桜の身体を這う。

それでも。

もう怖くなかった。

「寂しいね……」

「みんな一緒……」

「一人じゃない……」

そして。

最後の息と共に。

桜は呟いた。

「どうして……」

「どうして誰も……」

「私を信じてくれなかったの?」

「愛していたのに……」

「愛していたのに……」

「愛していたのに……」




***

「!」

Ayaは気が付く。

目の前。

血まみれの桜。

桜は涙を流していた。

「私は悪くない」

「私は愛していたの」

「なのに……」

「みんな奪っていった」

「だから」

「もう離さない」

「愛する人は」

「永遠に一緒」

その瞬間。

桜の影が動いた。

八本の脚。

そして。

長い髪の奥から。

無数の目が現れる。

「あなたは……」

「奪わないよね?」

Ayaは後ずさる。

「来ないで!」

すると。

遠くから。

「Aya!」

向の声。

「向!」

振り向くAya。

しかし。

再び前を見ると。

桜の姿は消えていた。

畳の上には。

一輪の桜の花と。

一本の白い糸だけが残されていた。

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