第7話 声
「向!」
「助けて!」
暗い廊下にAyaの声が響く。
「Aya!」
向は迷わず走った。
長い廊下。
崩れた障子。
倒れた柱。
声は確かに前から聞こえてくる。
「こっち!」
「早く!」
「今行く!」
しかし。
どれだけ走っても。
声との距離は縮まらない。
「おかしい……」
向が立ち止まる。
すると。
「向?」
今度は後ろから。
「!」
振り返る。
誰もいない。
「向……」
また前から。
「向……」
今度は右。
「向……」
左。
「向……」
「なんなんだよ!」
向は耳を塞いだ。
その時。
真上から。
「向♡」
「!」
見上げる。
天井。
梁の上に。
長い髪の女。
逆さまになってこちらを見ていた。
顔は見えない。
しかし。
口元だけが笑っていた。
「うわぁ!」
向は転び、必死に走る。
後ろから。
カサ……
カサ……
カサ……
何かが天井を這う音。
「来るな!」
向が逃げ込んだ部屋。
バタン!
襖を閉める。
音は止まった。
「はぁ……はぁ……」
静寂。
すると。
コン。
襖を叩く音。
コン。
コン。
「向?」
Ayaの声。
「いるんでしょ?」
「開けて」
向は震える。
「Aya……?」
「そうだよ」
「開けて」
「怖いよ……」
「一人にしないで」
向は襖に手をかける。
だが。
その時。
部屋の隅。
古びた鏡に映る襖の向こう。
そこには。
人間の足ではなく。
八本の細長い脚が見えていた。
「!」
向は手を引っ込める。
「向?」
「どうしたの?」
「開けて」
「開けて」
「開けて」
声が少しずつ変わる。
Ayaの声。
女の声。
老人の声。
子供の声。
様々な声が混じり始める。
「開けて」
「開けて」
「開けて」
「開けて」
ドン!
襖が揺れた。
「!」
ドン!
ドン!
「向!」
「私だよ!」
「なんで開けてくれないの?」
ドン!
ドン!
向は息を殺す。
そして。
ピタリと音が止んだ。
静寂。
「行ったか……?」
恐る恐る鏡を見る。
何も映っていない。
向は安堵する。
しかし。
鏡の中。
自分のすぐ後ろに。
長い髪の女が立っていた。
「!」
振り返る。
誰もいない。
再び鏡を見る。
女は笑っていた。
「見つけた」
鏡が割れた。
***
一方。
「ふざけんなよ……」
聖は地下通路を歩いていた。
「向!」
「Aya!」
返事はない。
すると。
遠くから。
「聖!」
向の声。
「向か!?」
「助けて!」
「こっちだ!」
聖は駆け出す。
しかし。
暗闇の中。
ライトに照らされた先。
そこにいたのは。
壁一面に張り付く、
無数の人間の顔だった。
「!」
顔たちは一斉に目を開く。
そして。
「聖」
「助けて」
「助けて」
「助けて」
全て向の声で喋り始めた。
***
そして。
Aya。
「向……?」
暗い和室。
誰もいない。
その時。
目の前の障子がゆっくり開く。
そこにいたのは。
血まみれの着物姿の女。
長い髪。
白い顔。
そして。
悲しそうな声で言った。
「あなたは……」
「私から奪わないよね?」
女は涙を流していた。
だが。
その影だけが。
八本の脚を持っていた。




