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  作者: かいちょ
第1章 罪
3/10

第3話 桜姫

「殿、お加減はいかがでございますか」

北城の奥座敷。

優しい声と共に現れたのは、側室・桜。

白い着物をまとい、長い黒髪を肩に流すその姿は、まるで本物の桜の花のように美しかった。

北条冷継は安堵したように息を吐く。

「桜……」

「昨夜もあの女が現れた」

「天井から儂を見下ろしておった」

桜は微笑み、冷継の手を握った。

「怖い夢でございます」

「私がおります」

「もう大丈夫」

冷継は目を閉じた。

桜の声だけが、自分を安心させてくれる。

家臣たちも皆、桜を慕っていた。

病に伏した兵を看病し、

領民に米を分け与え、

子供たちには優しく微笑む。

「桜様はまるで観音様のようだ」

城下でも評判だった。

しかし。

一人だけ。

古参の家臣・黒田兵庫だけは、桜を恐れていた。

ある夜。

兵庫は見てしまった。

月明かりの下。

誰もいない庭園で、一人座る桜。

その周りには無数の蜘蛛。

何百匹もの蜘蛛が、桜の着物の裾を這っていた。

だが桜は嫌がる様子もなく、

まるで子供をあやすように優しく微笑んでいた。

兵庫は思わず息を呑む。

すると。

桜がゆっくり振り向いた。

「兵庫殿」

「どうなさいました?」

いつもの優しい笑顔。

しかし。

月明かりに照らされた桜の影だけが。

八本の足を持っていた。

兵庫は震え上がった。

「申し訳ございませぬ!」

逃げるようにその場を去る。

翌朝。

兵庫は家臣たちに昨夜のことを話した。

だが誰も信じなかった。

「疲れていたのだろう」

「桜様がそんなはずない」

兵庫も夢だったのだと思うことにした。

しかしその数日後。

兵庫の姿は忽然と消えた。

部屋には争った形跡もない。

ただ。

天井から一本。

白い糸が垂れていた。

そしてその夜。

冷継は再び目を覚ます。

「……桜?」

隣で眠っていたはずの桜がいない。

障子の向こうから声が聞こえる。

クスクス……

クスクス……

冷継が恐る恐る庭へ出る。

そこには。

満開の桜の木の下。

月明かりの中で一人踊る桜の姿。

「桜?」

桜はゆっくり振り返る。

「殿」

「お目覚めですか?」

その瞬間。

冷継の目に映った。

桜の背後。

桜の木の枝から。

逆さまになった女が、笑いながら二人を見つめていた。

「見ぃつけた」

冷継は悲鳴を上げた。

だが。

桜だけは。

まるで気付いていないかのように。

いや――

最初から知っていたかのように。

静かに微笑んでいた。

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