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まだ名も無き怪物達 第1部 ー黎明の牙ー  作者: HANA


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第8話 繋ぐ者

本部庁舎、朝。

いつもと変わらぬ時間。

いつもと変わらぬ玄関。

いつもと変わらぬ第一特務遊撃隊の集合場所。

——ただ一人を除いて。

「おはようございます」

蒼真が現れた瞬間、空気が揺れた。

白石が一番に口角を上げる。

「お、彼氏来た」

「殺すぞ」

蒼真は即答だった。

「怖っ。彼女できても治安悪いな」

「白石、朝からあんまりいじめるな」

葛城が呆れたように言うと、白石は肩をすくめる。

「いやぁ、めでたいだろ。うちの神代くん、ついに春到来だぞ?」

「黙れ」

蒼真の眉間に皺が寄る。

だがいつもより機嫌が悪いというより、落ち着かない。

それを見抜けない隊員はいなかった。

雨宮がぼそりと呟く。

「寝不足」

「なんで分かる」

「目の下」

「……」

図星だった。

蓮が缶コーヒーを片手に現れ、蒼真を見るなりため息をつく。

「お前、昨日何時までスマホ見てた」

「別に」

「通知音鳴るたびに見てただろ」

「……別に」

「語彙死んでんぞ」

白石が吹き出した。

「で? 付き合って最初のメッセージ何送った?」

蒼真は数秒黙り、低く答える。

「……お疲れ」

一同、静止。

葛城が顔をしかめる。

「それ業務連絡じゃないか?」

「うるせぇ」

「ちなみに返事は?」

白石が追撃する。

蒼真は視線を逸らした。

「……スタンプ来た」

部隊の全員から爆笑が起きた。

「終わってんな!」

「会話広げろよ彼氏!」

「付き合いたてでそれは重症」

「うるせぇ!!」

珍しく蒼真が声を荒げた、その時だった。

廊下の奥から、規則正しい足音が近づく。

全員が自然と姿勢を正す。

神代天音と鷹宮隊長だ。

「朝から賑やかだな、てめぇら」

鷹宮がニカッと笑う。

柔らかな笑みを浮かべながら現れた天音は、隊員たちを見渡し、最後に蒼真で視線を止めた。

「なるほど」

何かを察したように頷く。

「私情で騒ぐ元気があるなら丁度いい」

天音は手に持っていた書類を軽く掲げた。

「本日付で新制度を施行する」

空気が一変する。

「実力評価制の再編、若手登用試験、現場部隊と救護班の連携強化。加えて——」

にこり、と笑った。

「遊んでる暇のある人間には、仕事を増やす」

白石の笑顔が消える。

葛城が吹き出しそうになる。

蓮と雨宮は無言で目を閉じた。

蒼真だけは少し安堵していた。

(……助かった)

そう思った直後。

天音がさらりと続ける。

「蒼真、お前は今日から救護班との連携窓口追加な」

「……は?」

「救護班からの人望あり、なんか暇そう。あと…彼女に会えるぞ」

全員が吹き出した

「蓮も」

「なんで、俺まで…」

「蒼真デレて仕事になんないかも」

「ああ、なるほど」

こうして2人は救護班と現場を繋ぐ者としての任命を受けた。




庁舎地下駐車場。

第一特務遊撃隊専用車両へ向かう足音が、朝の静かな空間に響いていた

無言で先を歩く蒼真。

その少し後ろを、缶コーヒー片手に蓮がついていく。

「おい」

「……あ?」

「機嫌悪いのか、照れてんのか、どっちだ」

「殺すぞ」

「照れてる方か」

蓮は即答した。

蒼真の眉間に皺が寄る。

だが否定はしない。

車両のロックを解除し、運転席へ乗り込もうとした蒼真を蓮が止めた。

「今日は俺が運転する」

「なんでだよ」

「お前、今まともに前見えてねぇだろ」

「見えてる」

「脳内に東雲さんしかいない奴が言うな」

「……ぶっ殺す」

「図星か」

蓮は蒼真を助手席へ押し込み、自分がハンドルを握った。

エンジンがかかり、車両がゆっくり地下駐車場を出る。

しばらく沈黙が続いた後、蓮が口を開いた。

「で?」

「……何だよ」

「彼氏になった感想」

その言葉に、蒼真の肩がぴくりと揺れた。

まだ慣れない響きだった。

彼氏。

自分が。

麗華の。

「……なんか、変な感じすんだよ」

珍しく素直な声だった。

蓮は少しだけ目を細める。

「何が」

「昨日まで普通だったのに、今日から急に……」

言葉が続かない。

蓮は鼻で笑った。

「昨日まで普通じゃねぇだろ。三時間待ってた男が何言ってんだ」

「……あれは別だ」

「何がだよ」

車内に小さな沈黙が落ちる。

やがて車両は救護班棟前へ滑り込んだ。

入口前には既に数名の女性職員が行き交っている。

蒼真の姿に気づいた一人が、ひそひそと隣へ耳打ちした。

「来た」

「彼氏だ」

「ほんとに付き合ったんだ」

蒼真の顔が険しくなる。

「……うるせぇな」

「有名人だな」

蓮が笑いを堪える。

その時、自動ドアが開いた。

白衣姿の麗華が、書類ファイルを抱えて現れた。

朝の光を背に、いつも通り落ち着いた顔で2人の方へ歩いてきた。

「おはようございます、黒瀬さん」

「おはようございます」

蓮が即座に返す。

麗華は次に蒼真を見る。

「おはよ、蒼真」

「……っ」

蒼真の動きが止まった。


名前。

自然に。

人前で。


蓮が横で小さくため息をつく。

「お前、挨拶はしろよ」

「……お、おう」

「中学生か」

「うるせぇ!!」

周囲の職員たちの笑い声が広がった。

麗華も肩を揺らして笑っている。

蒼真は耳まで赤くしながら、低く呟いた。

「……くそっ。仕事しに来てんのに今日、やりづれぇ」

麗華は少し身を寄せ、蒼真にだけ聞こえる声で言った。

「私は楽しいけど?」

蒼真は完全に黙った。

麗華の声が近い。

心臓の音が煩くて、麗華に聞こえてしまいそうだ。

麗華はそのまま少し微笑むと行ってしまった。


「おい、蒼真」

蓮の呼ぶ声で現実に引き戻された蒼真は、蓮が持っていた缶コーヒーを横取りすると一気に飲み干した。

「苦い」

「初恋の味だな」

「うるせぇ」

苦いコーヒーが蒼真の思考を現実へ引き戻してくれた。

蒼真は緩み切っていた両頬を叩くと仕事モードへと切り替えた。


その日は救護班の警備をしながら今後の現場と救護班の連携強化について救護班、班長との打ち合わせを進めた。

蒼真は救護班の書類申請のチェックシートに目を通す。

「救護班の申請決裁をうちの部隊から総統直に切り替えます」

即断だった。

蒼真の凛とした声が響いていた。

たまたま通りかかった麗華の耳にも届いたその声。

いつもの表情と違い、真剣な眼差しで話している蒼真を改めて麗華は

意外と事務仕事もできるんだ。と見直した。

「助かります…申請から時間がかかりすぎていて…」

「いや、これ有り得ない。よく我慢してましたね?」

「昔からこの流れでね…何度も打診したけど稟議が通らなかったんです」

「上層幹部、腐ってっからね…天音に行く前にその稟議止めやがったな。OK、今日中に書類作成するんで、明日持ってきます」

「ありがとうございます」

蒼真は受け取った書類を手に持ち立ち上がり、警護している蓮の元へと向かった。

…女性隊員になにやら囲まれている。

蓮はあしらっているようで、迷惑そうな表情だ。

だが、それに女性達は気が付いていないようだ。

「蓮、俺戻る」

「ああ」

蒼真は立ち止まる事もなく蓮から車のキーを受け取る。

置いていかれた蓮は、なおも女性に囲まれている。

見かねた麗華が「仕事戻りなー」と声をかける。

女性達が持ち場に戻ると蓮は少しほっとした表情になった。

「お疲れ様」

麗華が蓮に声を掛けた。

「いえ」

蓮は姿勢を崩すこと無く、視線だけを麗華へ向けた。

「最初から思ってたけど、蒼真と仲良いんだね」

「良くはありません。訓練所からの同期なだけですよ」

「蒼真って脳筋かと思ってたんだけど…」

「…まぁ一応、首席で卒業するやつですからね。仕事は早いですよ」

「黒瀬くんの方が早そう」

「それは否定出来ませんね」

ははっと蓮が笑った。

邪魔してごめんね。と麗華は診察室へと戻っていく。

蓮はその後、蒼真が戻るまで女性隊員に目を輝かされながら警護を怠らず待った。


ー2時間後。

蒼真が戻ってきた。

「早いな」

「鷹宮隊長がちょうど部屋に居たからさ、天音までの決裁早かった。隊長いて助かったわ」

「隊長が特別執行官を兼務してないとなんも進まないな。本当に他の幹部、遅せぇ」

蓮もやれやれといった所だ。

天音が組織内の改革を進めてはいるが、古参幹部がしぶといらしい。

そこで天音の右腕である橘はもちろんのこと、鷹宮もその実績から特別執行官と言う役職が与えられている。

2人が居なければこの組織の決裁の殆どが総統の天音まで回らないのではないかというレベルだ。

その仕事の一部を任された事が蒼真には少しだけ誇らしかった。





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