第9話 隣で見ててくれ
「……マジか」
いつものように麗華を自宅へ送り届け、蒼真が自宅に戻った時だった。
麗華
そういえば、明日オフ。
明日は仕事が休みだというメッセージだ。
蒼真が明日はオフだという話を車内でしたからだろう。
「…これは…」
一体、何と返事をすれば正解なんだ?
オフの日が一緒…彼氏と彼女って休みの日何すんだ?
……分かんねぇ。
またもメッセージの返信に頭を悩ます蒼真。
打っては消し、打っては消しをまた何度も繰り返していた。
「…もう分かんねぇ!!」
もはや自暴自棄になり、勢いで送信ボタンを押した。
そのメッセージ内容は「明日10時に迎えに行く」だった。
ーブブッ。
すぐに麗華からの返信が来た。
麗華
了解
メッセージを確認すると蒼真はベッドへ倒れこんだ。
……彼氏ってこんなに疲れるのか?
前線に出るよりも疲れるのは何故だ。
「……疲れても、楽しいな」
1人の部屋に蒼真はぽつりと呟いた。
翌朝、10時。
麗華がアパートの玄関ホールに出ると、蒼真の車が止まっていた。
麗華が出てきたことに蒼真は気が付くと運転席から降りてくる。
「おはよ」
「…うん」
何故かすでに蒼真の顔は真っ赤になっている。
どうしたの?と麗華が問うと蒼真は目をそらし口元を手で覆いながら、小さく呟いた。
「……ワンピース」
「ああ…そういうこと」
麗華は勤務中は隊服に白衣を羽織っているし、出勤時もパンツスタイルばかりだった。
蒼真は麗華の初めてみる服装に赤面していたようだ。
(ほんとにかわいいやつ)
麗華は心の中で呟くと微笑みながらいつもの助手席へと颯爽と乗り込んだ。
蒼真は一度大きく深呼吸をしてから運転席へ乗り込んだ。
何も言わずに車を発進させる。
麗華は今の状態で話しかけると蒼真が運転に集中出来ないだろうと特に話すことはなかった。
真剣に運転しているが、まだ耳まで真っ赤だ。
麗華は静かに蒼真の横顔を楽しんだり、車窓を覗いたりした。
「…着いた」
蒼真が車を停車させたのは…黎明本部庁舎、隣に併設されている訓練所だった。
「…え、仕事?」
「いや?」
蒼真はトランクから荷物を取り出すと「こっち」と麗華の前を歩く。
そのまま訓練所から外廊下で繋がる訓練場の建物へと進んでいく。
「だから、何度言ったらその癖、抜けんだよ」
「さぁー?」
蒼真が訓練場の扉を開けると同時に響く蓮の声。
「お前ら早くね?」
蒼真がまたかよと笑う。
「え…蒼真さんだぁぁぁぁぁぁ!!!!」
蒼真の声がした瞬間、目を輝かせる少年。
「うるせぇ…」
蓮が耳を手でふさぎ嫌そうな顔をした。
蓮に怒られていた様子だったのに、少年は蒼真の方へ全力で走って来た。
「奏、うるせぇ」
そういいながらも蒼真は少し嬉しそうにした。
奏は蒼真の元までたどり着くと麗華が居ることに気が付いた。
「え…カノジョさんですか?」
目を丸くしている奏。
「……麗華、こいつ後輩の朝倉奏」
蒼真は奏の質問を無視して、麗華に奏の紹介をする。
「無視っ?!」
「だから、うるせぇ。声デケーんだよお前」
ちょっと黙れ。と蒼真が奏を睨みつけた。
睨まれた奏はしゅんっと沈んでしまった。
「元気だね、奏くん。東雲麗華って言います。…蒼真の彼女してます」
ニコッと元気を失くしてしまった奏へ麗華は笑いかけた。
「蒼真さんのカノジョさん…よろしくです!」
元気になった奏は目を輝かせている。
「東雲さんに迷惑かけんな」
いい加減にしろ。と蓮に奏は連れ戻されてしまった。
「で?ここで何するの?」
麗華がとりあえず聞いてみた。
まだ、ここへ連れてこられた意味も聞いていなかった。
「…え、訓練?」
それ以外に何がある?と蒼真は一度倉庫の方へ向かうとパイプ椅子を一脚持ち出してくる。
「…座ってて」
麗華を椅子へ案内し、蒼真は更衣室に着替えに向かった。
「東雲さん、あいつに無理やり連れてこられました?」
「無理やりではなく、無言かな」
「無言…」
蓮は呆れた顔をしている。
蓮と蒼真はオフが被ると訓練場へきて2人で訓練をよくしている。
蒼真はいつもと同じ行動を取ったのかと蓮はため息をつく。
「なんか…すいません。オフが被ると俺たちここにきてて…」
何故か謝る蓮。
「別に気にしてないよ」
「なら良かったです…」
「蒼真、デートって言葉知らないのかな」
「……多分」
麗華と蓮は2人で声を出して笑っていた。
奏もそんなやり取りを聞き、笑った。
着替えを終えた蒼真が3人が楽しそうにしているのが気に入らなかったのか、不機嫌そうに動き出し始める。
そんな真剣な蒼真の顔を麗華はただ見つめた。
以前の肩の脱臼の際、スポーツドクターの資格も持っている麗華は怪我予防のストレッチを教えていた。
蒼真がそれをしっかり実施していて、渡した肩のサポーターもちゃんとつけている。
麗華は微笑んでいた。
仕事の時と同じく、蒼真の集中力は凄まじい。
麗華の視線に一喜一憂することもなく準備を終え、蓮と奏に合流する。
そして、自然な流れで奏が審判位置に立つと蒼真と蓮は組手の立ち位置へ立つ。
「今日こそ、勝つ」
2人の声が重なる。
奏はワクワクした表情で2人の顔を交互に見ると「初めっ!」と号令を掛けた。
瞬間、同時に踏み込む蒼真と蓮。
相手が拳を振り抜くと、あしらい交わす。
フェイントを入れつつ、足払いをかける。
隙を見て、回し蹴り。
熱戦が繰り広げられていると言うのに
2人は笑っている。
ーこの時間が、楽しい。
2人の拳がそう語り合って居るように麗華には見えた。
どのくらい時間が経ったのだろうか。
2人は完全に息が上がり、膝に手をついて全身で息をしていた。
「…ハァッ……またかよ、クソッ」
「しぶとい奴……ハッ…」
「もう、勝敗つかないですって」
まだまだやるぞ。と言う2人の目。
奏は何回やっても永遠に引き分けだろ、これ。と呆れていた。
ーパンッ。
と手を叩く音が訓練場に鳴り響いた。
「はい、2人ともオーバーワーク禁止」
麗華だ。
笑顔だが、それ以上やったら怪我する。辞めろ。と目だけは笑っていない。
「……はい」
蒼真は素直に返事をすると、そのまま床へ転がった。
「了解です…」
蓮も返事をすると、その場へ座り込む。
「……2人が言うこと聞いた?!」
教官に止められても続けて、暴れ猿と呼ばれていた先輩2人が素直に従った事に奏は目を丸くして驚いた。
麗華は転がっている蒼真へスポーツドリンクを手渡す。
「かっこよかったよ」
麗華が微笑みながら言うと、蒼真の顔は真っ赤になり、手で顔を覆った。
「…あれ、マジで蒼真さん?」
蒼真を指差しながら蓮に問いかける奏。
訓練生時代、どんなに女子が言いよってきても無表情だった蒼真を奏も見ているだけにその驚きは大きい。
「……蒼真だよ……多分」
蓮は問いかけにぽつりと呟いた。
長年、蒼真と居る蓮も蒼真があんなに女性の前で表情豊かになっているのは初めてだった。
同時にやっと蒼真が心を許せる女性を見つけられて嬉しくもなる蓮。
「……奏、さっきのフォーム確認の続き、やるぞ」
そう言うと蓮は蒼真の元へ行く。
「さっさとシャワー浴びて、ここから出てけ」
「は?」
いつも3セットはやるだろ。しかも出てけってなんだよ。と蒼真は文句を言う。
本当に鈍い奴だな。と蒼真をシャワー室へと引っ張って行く。
「東雲さんデートだと思ってたと思う」
「………でーと?…デート?!?!」
「マジで気付いてなかった……さっさと汗流して、どっか行け、アホ」
「ちょっ!ちょっと待って!…………デートって何すんだ…」
蓮はここ最近の中で特大のため息をついた。
恋愛偏差値、低すぎだろともはや呆れている。
「…知らねぇ」
「は?」
「そんくらい自分で考えろ」
立ち尽くす蒼真を蓮はシャワー室へ蹴り入れると奏の元へ戻り訓練を再開した。
10分程で蒼真が戻ってきた。
荷物を片付けると、麗華へ歩み寄る。
「……あの…っ」
どこか行きたい所とかある?とその先を聞きたいのに言葉が詰まってしまう。
「とりあえず、お腹減った。行きたいお店あるから行こ」
麗華が椅子から立ち上がり、蒼真の手を握り歩き出した。
(……手ぇ繋いでるぅぅぅ!)
突然の手繋ぎに焦り、パニック状態の蒼真はそのまま麗華に手を引かれ訓練場を後にした。
「……蓮さん、あれ大丈夫すか」
「大丈夫じゃない」
16歳の奏ですら呆れる蒼真の純情さ。
「でも…それだけ大切って事なのかもな」
蓮は蒼真が出ていった扉を目を細めて見た。
蒼真と麗華は車に乗りこみ、麗華のリクエスト通りのお店でランチを食べる。
最近オープンしたてとの事で店内は混みあっていた。
少し落ち着いた雰囲気のイタリアンのお店だ。
蒼真が麗華をご飯に連れていく時と違うお店の雰囲気で、緊張して食べられなさそうにしていた蒼真だが、組手でお腹は空いていたので、普段通り食べれていた。
「美味しい?」
「…うん、美味いわ。……デザートも食べていい?」
「私も食べる」
白石に注意されても辞められなかった蒼真の糖分摂取過多は、麗華の一言で改善されていた。
2人でこのデザート美味しそう、ぁやっぱりこっち。とメニューを見ていく。
こんな時間が麗華は暖かくて好きだった。
食事を終えると、麗華はドライブがいいとリクエスト。
行き先は蒼真に任せるとの事だ。
運転席で少しだけ考え込む蒼真。
「決めた。行くか」
また行き先を麗華に伝えず動き出す車。
蒼真は運転中はあまり喋らない。
麗華は特段それは気にならず、いつも穏やかな時間が流れる。
お昼を食べたからか麗華は眠くなり、そのまま眠ってしまった。
(………麗華、寝てる…そりゃ疲れてるよな…)
信号で止まり、麗華へ目をやる蒼真。
いつも凛としていて、仕事中は気を張っている麗華。
少しでも休めているならそれでいい。
麗華の寝顔を見つめ、蒼真は微笑んだ。
(……って、寝顔!!やべぇ、綺麗すぎるっ!!)
またもパニックになりかける蒼真。
しかし、安全運転第一とハンドルを握りしめ、理性を保った。
いつの間にか車は停車していて、辺りが薄暗い。
「え、嘘」
麗華はやってしまったと焦った。
助手席で寝てしまい、起きれなかった。
運転席を見ると蒼真が居ない。
と、思ったら歩いて車に戻ってきた。
「ぁ、起きた?」
「ごめん、私…寝ちゃって…」
申し訳なさそうにすると蒼真は首を傾げた。
「寝たら、なんか悪いの?」
「……そう、だね…」
眠たきゃ寝るのは当たり前だろ。と蒼真が笑った。
麗華も蒼真はそういう人だった。と改めて思い出した。
お腹が空いたら食べる。
眠ければ寝る。
当たり前の事を当たり前にして悪い事はない。
何もかも自然体でいられる。
「はい、コレ」
蒼真が缶のカフェオレを麗華へ手渡すと、車降りて。と言う。
そして、蒼真は自然と麗華の手をとり繋いで歩き出した。
麗華が連れてこられたのは、街を一望出来る高台だった。
街の街灯や車のライトがキラキラと光り輝いている。
「……綺麗」
麗華がぽつりと呟いた。
「ここ、好きなんだ」
蒼真は缶コーヒーを開けると少しづつ口にする。
「……これからも俺はこの街を、国を守るぞ。って思えるんだ」
麗華もカフェオレを開けた。
「青臭ぇ理想だし、組織の下っ端だけどな…俺、いつか天音を越えたい」
「どんな有名な革命家も最初は誰も名前なんて知らない。ゼロからのスタートだよ」
「……でさ、そんな革命家から麗華に頼みがある。……隣で見ててくれ、ずっと」
夜景を見ながら、蒼真が強く呟いた。
天音が組織改革を進めてくれている。
その改革を天音の代で終わらせたくないという蒼真に麗華は驚いた。
天音を越えたい。
蒼真が総統を目指すと言う意味だ。
天音から総統を継げと言われた事はないと蒼真は以前、麗華に話していた。
それでも、蒼真は総統を継ぎたいと思っている。
「……見てるよ、ずっと」
蒼真の好きな場所で決意を聞く。
それが嫌だと思わない。
きっとこの先、私は蒼真と共に歩んで行くのだろうと自然と思えた。
恋人としてだけでなく、仕事の戦友としても。
「…ありがと」
「本当に綺麗だね、ちょっと寒いけど」
夏が近づいて来たとは言え、夜の山は冷え込む。
蒼真はそこでしまったと頭を抱えた。
麗華の寒さ対策を考えていなかった!
風邪を引いてしまったらどうしよう…。
車にあるのは汗臭い、訓練着だけ。
蒼真は意を決して、麗華を引き寄せ抱きしめた。
「…蒼真?」
「………これなら、寒くないだろ」
「…うん」
顔を真っ赤にしながら抱きしめる蒼真。
緊張しているのが心臓の鼓動で伝わってくる。
こういう所が可愛くてかっこいいな。と思う。
不器用でなんだかズレちゃう所もある蒼真。
周りの女性達には完璧に映る姿は偽り。
私だけが見る事の出来る蒼真の姿。
大切にしたい。
蒼真は麗華を抱き締めたまま、麗華の目を見つめた。
何か言いたくて言えないような表情だ。
「キス、したい?」
蒼真は真っ赤な顔のまま小さく頷いた。
「目を閉じて」
麗華が呟くと蒼真は目を閉じた。
その日、蒼真と麗華の唇は初めて触れ合った。




