第2話 怪物の片鱗
北支部 練成場
練成場は基本的に爆発物の処理訓練、爆発物を想定した特殊訓練でのみ使用される。
ここ北支部のみに併設されており、市街地からも離れた山の中だ。
精鋭部隊 到着9時
訓練開始より1時間早い到着に北支部の門番は驚いた。
練成場入口付近駐車場へ車を停車。
車を降り、装備の点検、模擬弾の補充、装備装着をバディ毎に確認する。
確認を終えると、訓練前に怪我予防の観点から、体を温めるためランニング、動作確認を実施する。
この時、時刻は9時50分
一般部隊はまだ到着しない。
「いきがってるのに、逃げた?」
10分前なのに何故到着してない?と蒼真が首を傾げる。
「5分前行動なんだろ」
葛城がため息をつく。
当たり前の様な5分前行動というこの言葉が、一般部隊を経験している3人は精鋭部隊の5分前とは違うことを知っている。
「…それって、5分前に到着って意味ですか」
蓮が葛城の言葉で気がつく。
「そう…精鋭部隊の5分前は…全ての準備を終わらせた状態。一般部隊の5分前は」
「なんの準備もしてない状態。怪我しそうだよね〜」
葛城の言葉を途中で遮り、白石が乱入してきた。
「……この時点で、結果見えてるよな」
ーシュボッ。
雨宮はタバコに火をつけた。
「俺、そんなに舐められてるんすね」
蒼真の低い声だった。
部隊の空気が一瞬、張り詰めた。
訓練生時代は朝が苦手だった蒼真。
ある任務の怪我からの復帰がキッカケとなり、朝練起きれる様になってから、時間に遅れる事もない。
5分前行動の意味が違うレベルの相手にコケにされているのは、もう許せないだろう。
「はぁ…ボコボコにしたら怪我させるかもだし…どうしよ…」
「なぁ、蒼真。どうせだったら、徹底的に潰してやれよ」
「いや、だから怪我させるなって…」
「プライドはぶっ壊していいって隊長言ってただろ」
珍しくニヤっと笑う蓮。
蓮がこんな顔をするのは珍しい。
蒼真の友達だから。と蓮もコネ入隊だと噂されている。
平然として見せているが、この前、部屋の壁に穴を開けそうになっていた。
「蓮、なんか作戦あんの?」
蒼真も同じくニヤっと笑う。
キレてる蓮は面白そうだ。
「…先輩達にも協力してもらわないとだけど」
「どんな作戦でも乗るぞ」
「うん、楽しそうだし」
「……問題ない」
快く、3人は了承した。
3人もこれ以上、精鋭部隊がバカにされ続けるのは許せないのだろう。
「じゃあ……」
ー9時55分
一般戦闘部隊の車列が到着する。
精鋭部隊5名は既に練成場に整列完了。
10時00分
「では、これより合同訓練を開始する」
一般部隊の隊長が仕切るようだ。
声を合図に一般部隊が体を動かす者、装備点検をする者とバラバラだ。
精鋭部隊は最終的な動作確認と蓮の提案した作戦の最終確認を行う。
「…蒼真、くれぐれも突っ込み過ぎんなよ。個人戦がお前の舞台だ」
蓮が蒼真へ念を押す。
「分かってるよ」
しつこい奴だな。と蒼真が呟く。
いつもの任務時とは役割パターンを団体戦では崩していく。
本来の蒼真ならば、先行突破だがその役割を葛城が担う。
雨宮は狙撃援護で変更はない。
ここは精鋭部隊の狙撃手の格を落としたくないという判断だ。
先行突破を援護しつつ制圧は白石。
蒼真、蓮は残党制圧、完全に援護に回る。
精鋭部隊の本来の体制を知らない一般部隊からすれば、副隊長が前に出る、続いて白石が出るは普通に感じるはずだし、年少者の俺たちが援護なのも不自然にならない。と言う蓮の作戦だ。
加えて、模擬戦前の組み手では全員が手抜き、もしくは一般部隊のレベルに合わせて行う。
今回の作戦指揮に関し、鷹宮は蓮へ一任する旨も取り付けている。
鷹宮も合同訓練とは言いつつ、お前ら5人には訓練相手に一般部隊はならないから、好きにしろ。との事だ。
「それでは、各隊事に組み手を開始してください」
言葉と同時に一般部隊側が開始する。
「……遅くね?」
「合わせろ」
様子を見た蒼真が、あれじゃ訓練生の奏でも勝てるぞ。とブツブツ呟く。
蓮はそれでもやれよ。と言うと葛城と組み手を開始する。
雨宮は組み手には不参加となった。
3人の先輩で組み手は雨宮が1番強い。
身長が高い事もあり、手足が長く、手抜きで行うと普段の雨宮に慣れている蒼真と蓮が予期せぬ怪我をする可能性があると葛城が判断した。
「あーお前達の代もだけど、その2個下も凄いのいるよな」
白石は奏を知っているようだ。昨年の人質奪還任務に参加していたのだろう。
訓練生1年目での異例の大任務参加は本部で今も話題に上がる。
「うるさい奴っすよ。俺より弱いし」
「坊っちゃん、怒らないで」
一瞬、イラっとした蒼真だが…これも作戦。と自分を言い聞かせ、白石と組み手を開始する。
「うわぁぁぁ」
ワザとらしく、投げ飛ばされる蒼真。
完璧な受け身をとり、着地。
「パイセン、ヤバいっすー!」
「来い!後輩ちゃーん!」
完全に遊んで居るだけにしか葛城と蓮には見えず、演技もワザとらしくて仕方ない。
「あれ、バレません?」
蓮が2人を指さしながら葛城へ聞く。
「そうでもない。見てほっとしてる奴、居るぞ」
確かに時折、やっぱり大したことねぇじゃん。と声は聞こえて来る。
普段の蒼真の組み手を知ってるだけに…遊んでるようにしか見えない。
蒼真も白石も息が全く乱れない。
何度目かの綺麗な着地を決めたドヤ顔の蒼真が雨宮へ視線を向ける。
しゃがみこんで地面を見ている。
「…雨宮先輩、何してんですか」
「……蟻の観察」
「……は?」
この人、どうした?と蒼真が目を丸くする。
「あ、それ雨宮の癖だから、気にすんな〜」
笑顔で蒼真に拳を振りかざす白石。
その拳を上手く当たったかのように躱す蒼真。
「癖?!何、蟻の観察が癖ってぇぇぇ?!?!」
やっぱり、おかしな先輩だ。と改めて思う蒼真であった。
組み手の時間が終わり、一時休憩となった。
ドリンクを各々手に再び作戦会議を始める
「蒼真お前、演技下手」
「いや、不安定な足場の着地練習になったぞ」
「ドヤ顔はない」
「確かに〜」
「まぁ神代は演技無理だと思う」
組み手の後だと言うのに、全く息があがっておらず、和かに会話をする4人。
一般部隊の視線が向けられている事に気がついた雨宮が蒼真の足を蹴った。
「痛ってぇ!」
「……不審がられてる。ちょっと痛がっとけ」
そう言うと、蓮の足も蹴る。
「痛ッ!……先輩、強すぎます…」
蓮が真顔で呟くと白石は吹き出しそうになるのを堪える。
葛城もお前も演技下手だな。と笑いそうだ。
休憩が終わり団体模擬戦となる。
精鋭部隊5名と一般部隊選抜5名の模擬戦だ。
「始めっ」
一般部隊の隊長の号令と共に葛城が走り出す。
一般部隊側の先行者も飛び出し、竹刀を振るう。
敢えて、葛城は躱さず竹刀を交える。
左側からもう一人飛び出してきた。
ードンッ。
雨宮の正確な射撃が肩へ命中する。
さらに竹刀を交えている葛城を狙う影。
それを白石が援護する。
援護を待っていたかのように竹刀をそのまま押し戻し、弾き飛ばす葛城。
模擬弾の被弾した隊員はまだ動かない。
空いた左側を蒼真が突破しようと動き出しそうになっていた。
「まだだぞ」
蓮が蒼真を静止させる。
「…おう」
蒼真は今にも飛び出したそうだが、タイミングはまだだ。
「あと2分かな〜」
白石が蒼真の様子を見ながら竹刀を振るう。
「1分だろ」
飄々と葛城が答える。
「……いや、40秒」
蒼真、蓮の後方、雨宮が呟く。
既にいつでも走り出せます。と蒼真はその場で小さくジャンプしている。
一般部隊の前衛が葛城、白石の攻撃で崩れた。
さらに雨宮の援護に後方1名が被弾する。
そして…雨宮の呟き通り、40秒後。
「蒼真、行くぞ」
蓮が呟く。
「…待ってたぜ」
走り出す蒼真。
残る後方1名に蒼真の飛び蹴りが炸裂する。
蓮が葛城、白石の援護と共に隊員を拘束する。
「そこまでー!」
精鋭部隊が一般部隊の制圧にかかった時間は5分を切っていた。
「やっぱり…精鋭部隊ってすげぇのか…」
誰かがぽつりと呟きをこぼした。
「いや、1番凄いのは後ろの援護射撃だろ」
「でも、結局さ葛城、白石が前衛で坊っちゃんとお友達は援護だったじゃねぇか」
「やっぱ、いくら首席卒業で総統の息子でも先輩には勝てねぇんじゃね?」
勝手な言葉ばかりが飛び交っている。
だが…これで蓮の建てた作戦はほぼ完成していた。
加えて…
「また、坊っちゃんって言った…坊っちゃん?坊っちゃんねぇ…」
蒼真は拳をボキボキ音を立てながら笑っているが、目が鋭くなってきた。
「蒼真…怪我は”させるな”だぞ」
葛城が熱くなりすぎそうな蒼真を牽制する。
隊長の命令に背きそうな勢いだ。
「いやぁ、これヤバいね〜神代の本気が出たら、奴らビビんじゃない?」
ここまで我慢した神代、偉いよ〜と白石は笑っているが、うちのWエースをバカにしやがって。と小さい呟きが蓮にだけは聞こえていた。
「……まぁ、流れ弾に当たんねぇようにだけしろよ」
雨宮は次は乱射してみるか。と使用する銃を選び始めた。
個人戦――特別ルール。
乱戦形式。
精鋭部隊5名。
一般部隊選抜15名。
最後まで立っていた側の勝利。
その発表に、ざわめきが起こる。
「15対5なら流石にいけるだろ」
「乱戦なら連携で押し切れる」
「坊っちゃんも逃げ場ねぇな」
蒼真の眉がピクリと動く。
蓮が横目で見る。
「……蒼真」
「あ?」
「こっから、暴れて良いぞ」
「……上等だよ」
蒼真は不敵に笑った。
蓮は知っている。蒼真の口数が減っている。
これは蒼真が本気で集中する時の癖のようなものだ。
鷹宮が前へ出てきた。
「今回は個人の力量、判断力、生存能力を見る」
煙草を地面へ落とし、踏み潰す。
「――始めろ」
開始と同時に一般部隊が散開。
包囲陣形。
「神代を先に落とせ!!」
5人が一斉に蒼真へ突っ込む。
しかし、次の瞬間。
蒼真の表情をみた一般部隊は背筋が凍った。
先程まで、あどけなさが残る少年の雰囲気だった蒼真の顔が、違う。
ー黎明総統 神代 天音
蒼真の父、現総統の顔だ。
精鋭部隊側もゾクリとした。
蒼真が今迄も集中しても、どこか幼い雰囲気があった。それが、今は全くない。
ただ顔が似てるとかそういう訳では無い。
天音総統と同じ圧を感じる。
蓮だけは、蒼真のこの顔を見た事があった。
(また、出たな…)
もう、こうなると蒼真は止まらないだろう。
蒼真を包囲した一般部隊はその一瞬で蒼真の姿が見えないことに気がつく。
「は?」
右から悲鳴。
ドゴッ!!
一人が吹き飛び、地面を転がっていく。
さらに背後。
バキッ!!
別の隊員の竹刀が宙を舞った。
蒼真が3人相手に暴れてる。
「今だ!! 後ろ取れ!!」
死角から2人が蒼真へ飛び掛る。
その瞬間。
バシィ!!
二人まとめて武器が弾かれた。
蓮がいつの間にか横から現れる。
「……蒼真、前だけ見てろ」
蒼真は何も言わず、頷く。
「黒瀬も……速ぇ……!」
「いや今の反応おかしいだろ!?」
「神代だけ警戒しろ!! 黒瀬は後回しでいい!」
指示役が叫んだ。
だが、10秒後。
指示役が地面に膝を着いていた。
「……判断ミス」
蓮の冷たい低い声が響いた。
「……なんで黒瀬の方が冷静なんだ」
「いや違う、あいつも化け物だ」
「神代と同格……?」
蒼真と蓮の逆サイドでは葛城と白石が静かに暴れている。
葛城は一撃で前衛を弾き飛ばし、隊列が崩壊させる。
「うわっ!」
「押すな!!」
左翼から白石がひらひら現れる。
「はいはい、混乱してる子はお兄さんの所来ようね〜」
軽い動きで懐に入り込み、二人まとめて転倒。
「え、なんで今倒れ――」
「重心浮いてるからだよ?」
笑顔が怖い。
後方で狙っていた隊員が叫ぶ。
「遠距離で削れ!!」
パンッ!!
肩に模擬弾命中。
「ぎゃああ!」
雨宮が無表情で次弾装填。
「……喋る奴から落とす」
静かに制圧していく3人とは逆に派手に暴れ続ける蒼真。
飛び蹴り。
回し蹴り。
足払い。
着地綺麗。
残存人数。
一般部隊、残り3名。
精鋭部隊、5人全員健在。
観戦組がざわつく。
「……嘘だろ」
「15人いたんだぞ?」
「5分経ってねぇぞ……」
最後の3人が背中合わせになる。
「まだだ!! 数じゃ勝ってたんだ!!」
白石が笑う。
「そこ引きずる?」
葛城が肩を回す。
「終わらせるか」
雨宮が照準を合わせる。
蓮が静かに前へ出る。
蒼真は首を鳴らした。
「……俺が行っていい?」
4人が同時に呟いた。
「好きにしろ」
次の瞬間、蒼真が弾丸みたいに飛び出した。
一人目、腹部へ膝蹴り。
二人目、肩から投げ飛ばす。
三人目、逃げようとして蓮に止められる。
「……どこ行く気ですか?」
蓮は不敵な笑みを称えている。
「ひっ」
そこへ蒼真の跳び蹴り炸裂。
ドゴンッ!!
「そこまで!!」
静まり返る練成場。
鷹宮がニヤニヤしながら言う。
「結果、精鋭部隊圧勝」
一般部隊、誰も声が出ない。
蒼真が肩で息をしながら笑う。
「なぁ」
全員を見る。
「坊っちゃんつってたの、誰だっけ?」
沈黙。
蓮が額を押さえる。
「……煽るな猿」
白石爆笑。
葛城ため息。
雨宮ひと言。
「……元気だな」
鷹宮が満足そうに腕を組む。
「よし、帰って飯だ」
蒼真がぱぁぁぁっと顔を輝かせた。
「唐揚げ!!!!」
「……さっきまで怪物だったのに」
錬成場に一般隊員達の呟きが虚しく響いた。




