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まだ名も無き怪物達 第1部 ー黎明の牙ー  作者: HANA


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第11話 たどり着いた夜

路地に張り詰めていた空気が、ようやくほどけた。

「担架こっち!早く!」

麗華の声で、救護班員たちが我に返ったように動き出す。

蒼真は倒れた武装犯を一瞥し、すぐに瓦礫の下の男性へ駆け寄った。

「持ち上げる。おい、二人手貸せ」

一般部隊員が慌てて駆け寄ってきた。

蒼真が片側の瓦礫へ手を掛けると、筋肉が軋む音がしそうなほど腕に力を入れる。

「今だ、引き抜け!」

男性が救出される。

泣いていた少女が父親へ飛びついた。

「お父さん……!」

その姿を確認すると、蒼真はようやく肩の力を抜いた。

振り向けば、麗華はすでに別の負傷者へ膝をつき、止血処置に入っている。

さっきまで怒鳴られていたとは思えないほど、普段通りの顔だった。

「……切り替え早ぇ…」

思わず漏れた声に、蓮が後ろから鼻で笑う。

「お前もな」

突然聞こえた蓮の声に蒼真が振り返る。

「いつ来た」

「怒鳴り声の辺りから」

「……」

「恋人に怒鳴る趣味あんのか、お前」

「……うるせぇ」

蓮は肩をすくめ、倒れた武装犯を確認する。

「こっちは制圧完了。だが妙だな」

「何が」

「装備の質と動きが噛み合ってない。捨て駒臭いな」

蒼真の目が細くなる。

確かに、敵の統率はあまり取れて居ないように感じた。

そもそも、民間人をここまで無差別に襲撃する理由はなんだ?


その時、無線が入った。

『本部より各隊へ。襲撃区域ほぼ鎮圧。なお庁舎地下資料保管区に侵入痕を確認。各隊は警戒を維持せよ』

沈黙。

蓮が小さく舌打ちする。

「……やっぱりか」

蒼真は煙の向こう、本部の方角を見た。

戦いは終わっていない。

むしろ、ここから始まる気がした。

その視線の先で、麗華がこちらを見ていた。

今度は確かに、目が合った。


また、無線が入った。

『本部から第一特務遊撃隊へ。本部庁舎へ帰還、及び、地下資料保管庫の内部確認をせよ。敵の残存可能性あり』


まだ、本部庁舎に敵がいる。

「……行くぞ」

蓮が動こうとしない蒼真に声をかけた。

「……ああ。……麗華」

未だ処置を続ける麗華の背中へ蒼真は声を掛けた。

「何?」

麗華は手を止めず、振り返る事もせず答えた。

「…無茶だけはしないでくれ」

祈りを込めた、振り絞ってでた言葉だった。

「蒼真もね」

麗華の返事を聞くと、蒼真は蓮と共に走り出した。



本部庁舎地下資料保管庫では先に到着していた葛城、白石が既に現場検証に入っていた。

「葛城先輩、保管庫内に敵は?」

「逃げられていたよ。無線の時点でも、居たかどうか怪しいな。内部の確認をしていないのに無線流したんだと」

葛城が呆れた顔で説明をする。

どうも、無線を流したのも上層幹部の1人で、その人物が保管庫内に侵入痕を見つけたらしい。が、その奥などの確認は一切行っていないと言うのだ。

「なんか、おかしな話ですね…ちなみに保管庫内の資料って全て無事なんでしょうか?」

蓮は先程も現場で感じた違和感と似た物を感じていた。

「それは今、資料係が確認してくれてるが……夜まで掛かるぞ、これ…」

「マジか…どうする?」

白石がどんだけ資料あるんだよ…とげんなりしている。

「監視映像の確認、聞き込みするぞ」

「俺と蒼真、保管庫内に立ち入り許可もらえますか?」

蓮からの申し出だ。

葛城は一瞬、悩んだが、2人とも映像確認には性格的に向いて居ないし、聞き込みも白石の方が上手い。

逆に現場を見る力の強い2人に内部の検証させるのはいいかもしれないと葛城は許可を出した。

蓮と蒼真は葛城へ一礼し保管庫内へと向かった。

葛城と白石は保管庫の係の人間へと聞き込みを開始した。

やがて、鷹宮と雨宮も帰還し、監視映像の確認は雨宮が担当し、鷹宮は天音への報告へと向かった。


「なぁ、蓮。ここ本当に侵入されたのか?」

保管庫内を見渡し蒼真が疑問を投げかけた。

「だよな…なんか、無駄に荒らして行った。の方が合う気がする」

「やっぱりそうだよな…」

資料を狙って入ったのだろうが、どうも保管庫内は故意に荒らされているような状態だった。

棚が倒れている場所まである。


蒼真は壁に背を預け、腕を組み独り言を呟く。

「偽装する目的…盗まれた情報があるなら露見する時間の引き延ばしで荒らした?」

蓮はこういう時の蒼真に声を掛けない。

蒼真の直感力は蓮より高いからだ。



ー午後20時。

資料保管庫の確認、監視映像の確認が終了した。

第一特務遊撃隊全員と資料係 班長が資料保管庫へ集合した。

「…護衛移送ルート情報が盗まれています」

資料部からの報告だ。

「監視映像が市内襲撃直後から葛城、白石の到着まで停止していました。システム部はこの時間もシステム監視しているにも関わらず、ここだけ急にダウンしたと…ハッキングですね」

監視映像を確認した雨宮からの報告だ。

全員が沈黙した。

護衛移送ルート情報が盗まれ、システムのハッキング…今後の護衛が難しくなる事は明らかだ。

「遅れてすまない」

地下資料保管庫に低い声が響いた。

天音と橘だ。

「救護班の方に行っててな、今回、これだけ大規模襲撃にも関わらず、死者は出なかったそうだ。蓮、お前の一般部隊への指示が的確だった」

橘が救護班からの報告を挙げる。

「加えて、蒼真、お前の申請ルート変更のお陰で物資の不足もなかったそうだ。2人共、良くやってくれた」

橘は2人を見つめた。

19歳コンビでこの成果は大したものだ。と目が語ってくれている。

「で、問題はここか…」

「システムのハッキングが確認されました。内部の犯行も捨てきれません」

鷹宮が即座に答えた。

「…葛城、蓮はこのまま本件に関して調査を続けろ。他、隊員は通常業務に戻れ」

天音から今後の指示が飛ぶ。

内部の犯行も捨てきれない状況でこの2名が選ばれるのは当然だろうと異論を唱える者は居ない。

隠密活動の得意な葛城と冷静沈着な蓮。

これ以上の最適な人選は他にない。

「では、解散」

そう言うと天音は踵を返し歩き出す。

第一特務遊撃隊全員が天音の背中へ一礼する。


ーブブッ。

蒼真のスマホの通知音がなった。

スマホを取り出すと蒼真はすぐに画面を覗き込んだ。


麗華

こっち、落ち着いた。


蒼真は麗華からのメッセージにほっと胸を撫で下ろした。

「神代〜また彼女かよ」

白石がいつもの調子に戻り蒼真をいじろうとする。

「蒼真、行ってやれ」

鷹宮の声が響いた。

救護班が制圧確認前に危険地帯へ飛び込んだという情報は鷹宮も報告を受けていた。

保管庫の調査をしている間、蒼真も気になっていたであろうが一切救護班を口に出さなかった蒼真への鷹宮の配慮だろう。

蒼真は鷹宮へ一礼すると救護棟へ向かって走り出した。

「東雲関係の事になると必死だな」

白石が微笑んだ。

「それだけ、大切にしてんだろ」

葛城もあいつ不器用だけど素直になってきたな。と笑う。

「……あいつの観察は、蟻より面白い」

雨宮は最近、蟻よりも蒼真を観察している…。

「東雲さんに撃ち抜かれてますからね」

蓮はやれやれと肩を竦めた。

「まぁ…あいつらしいがな」

鷹宮がニヤッと笑った。

第一特務遊撃隊の皆が蒼真の背中を押していた。



救護棟はまだ負傷した民間人が廊下に残っている状態だった。

武装した服装のまま歩く蒼真に一瞬、びくりとする人も居たが、蒼真に声を掛ける救護隊員がちょうど現れた事で安心しているようだった。

「あの…麗…東雲医官は?」

「処置が終わられたので、部屋に戻られてます」

蒼真はいつもの麗華の部屋へと急いだ。

部屋の前に着くとノックも忘れて扉を開けた。

「……麗華!」

突然開けられた扉に椅子に座り、カップ麺を啜っていた麗華の肩が揺れた。

「……え、蒼真…」

「あ、ごめん」

麗華は顔を真っ赤にしている。

まさか、こんなタイミングで蒼真が来るとは思って居なかったのだろう。

「……帰ろ」

なんて言っていいか分からず、蒼真はそう声を掛けた。

「…これ食べたら。蒼真も食べる?」

「あ…食う!」

任務から解き放たれた2人にはいつもの空気が戻っていた。




いつもの様に蒼真は麗華を送り届けた。

蒼真は玄関に入ると、無意識に麗華を後ろから抱きしめていた。

「蒼真…」

「……」

麗華の黒髪に顔を埋めたまま蒼真は喋らない。



ー怖かった。

弾丸飛び交う戦場に麗華がいた事が。

失うかと思った。


「……怒鳴ってごめんなさい」

伝えたい事は沢山あったのに、蒼真が振り絞って出した言葉はそれだけだった。

麗華は蒼真の腕にそっと手を添えた。

背中越しに伝わる体温は、いつもより少し熱い。

それだけ彼が張り詰めていたのだと分かる。

「……怒ってないよ」

静かにそう告げると、蒼真の腕からわずかに力が抜けた。

「でも、あんな顔するんだね」

「……どんな顔だよ」

「今にも泣きそうな顔」

「してねぇ」

即答だった。

けれど麗華は小さく笑う。

「してた」

蒼真は返す言葉を失ったように黙り込む。

その沈黙さえ愛おしくて、麗華はゆっくり振り返った。

至近距離。

伏せられた視線。

強く握られた拳。

戦場では誰より迷いなく動く男が、今は子どものように不器用だった。

「蒼真」

名前を呼ぶと、ようやく視線が上がる。

「今日、助けに来てくれて嬉しかった」

「……当たり前だ」

「怒鳴られたのはびっくりしたけど」

「……悪かった」

「うん。だから、もう許した」

麗華はそう言って、彼の胸元へ額を預けた。

蒼真の身体が一瞬固まる。

それから恐る恐るといった様子で、再び腕が背中へ回された。

今度は先ほどよりも優しく、確かめるような抱擁だった。

たったそれだけの一言が、ひどく愛しかった。

麗華は背伸びをして、そっと彼の唇へ触れる。

「よくできました」

蒼真は数秒固まったあと、耳まで赤くして視線を逸らした。

「……それは反則だろ」

麗華の腰へ腕を回し、膝裏へもう片方の手を差し入れる。

「……え、ちょっと、蒼真?」

軽く身体が浮いた。

驚いた声と一緒に、麗華の腕が反射的に蒼真の首へ回る。

「……歩かせたくねぇ」

ぶっきらぼうな声だった。

けれど耳まで赤い。

麗華は数秒きょとんとした後、堪えきれず笑った。

「なにそれ」

「……うるさい」

そのまま蒼真は視線を逸らし、寝室へ向かった。

ベッドへ下ろしても、蒼真はすぐには離れなかった。

見下ろす視線が、珍しく揺れている。

「……今日、怖かった」

戦場で一度も聞かなかった弱音だった。

麗華はそっと手を伸ばし、彼の頬へ触れる。

「私も」

その一言で、蒼真の張り詰めていた何かがほどけた。

重なる唇は、先ほどまでよりずっと深く、優しかった。

震える指先が、彼の不器用さごと愛おしかった。

部屋の灯りが落ちるころ、二人はようやく同じ鼓動で息をしていた。


欲しかったのは身体じゃない。

今日も隣にいる確かな温もりだった。

長く遠回りした二人ほど、

たどり着いた夜は美しい。


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