第12話 撃ち抜かれた先
朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
蒼真は見慣れない天井を見上げ、数秒固まった。
昨夜の記憶が一気に戻ってきた。
隣では麗華が静かな寝息を立てている。
「……死ぬ」
思わず呟いた声に、麗華が薄く笑う。
「おはよう、蒼真」
「起きてたのかよ」
「さっきからずっと」
蒼真の耳が赤くなった。
「寝顔が可愛いね、蒼真。なんか幸せそうだった」
蒼真の顔は真っ赤になってしまった。
寝顔を見られた…。
可愛い、幸せそうだった…。
恥ずかしくて、どうにかなりそうな理性を蒼真は何とか抑え込み、ベッドから立ち上がった。
「……シャワー借ります…」
そう呟くととぼとぼと歩き出す蒼真。
そんな蒼真の姿に麗華は声を出して笑ってしまった。
蒼真がシャワーから出ると麗華が朝食の準備を終えていた。
「簡単で悪いけど」
「充分」
食卓に出されたのはトーストと温かいコーヒー。
朝日を浴びながら2人で朝食を食べる事。
昨日の地獄が嘘のように感じた。
食べ終わると蒼真は食器を片付け、麗華の食器も洗う。
2人は準備を終えると、車へ乗り込み本部庁舎へと向かった。
昨日のざわつきがまだ残る本部庁舎。
車から二人で降りるのを蓮が目撃した。
「蒼真…昨日と同じ服だろ、それ」
「……うるせぇな」
更衣室で着替える蒼真と蓮。
蓮は面白そうとニヤッと笑った。
「首にキスマーク」
バッと蒼真の手が首元を隠した。
「嘘」
「殺すぞ、てめぇ」
蒼真が蓮を睨みつけた。
先輩達…特に白石先輩に言ったらマジで殺すぞ。と蒼真の目に殺意が込められている。
「そこまで落ちぶれてねぇよ。…昨日、盗まれたの移送ルートだけじゃなかった」
「は?」
「組織の最重要護衛対象者リストもだ」
「……最悪だな」
移送ルートに対象者リストまで盗まれたとなると、国家転覆までも敵が視野に入れていると言うことだろう。
内部犯を疑っては居るが、そうなるとなんとも言えないと蓮が話す。
「とりあえず、鷹宮隊長が新しい移送ルートは今日作るって話だ」
「つーか、この前の武装集団の証人喚問で明日、証人幹部の護衛移送じゃなかったか?タイミング合いすぎだろ」
第一特務遊撃隊が制圧した武装集団の証人として、元組織幹部が呼ばれている。
武装集団に金を横流ししていたらしい。
全く腐りきった幹部しか居ない。
その幹部はすぐに更迭され、本部地下の独房に留置中。明日、裁判所への連行が予定されている。
組織にとっての恥でもある、その幹部を護衛するのは気が進まないが、任務とあれば仕方ない。
「まぁ、移送ルート頭に叩き込んどけよ」
移送予定は蒼真と白石が担当となっている。
「おはようございます」
蒼真と蓮が第一特務遊撃隊の部屋へ入ると、鷹宮隊長がデスクで頭を抱えていた。
どうも、盗まれた移送ルートの情報は直近のものだけでなく、過去10年分以上に上ると言う。
10年分ともなれば、新しいルートに変更した所で過去のルートと被る可能性も有り得るのだ。
葛城も困り果てた表情をしている。
「……総統と橘さんにも声を掛けて、全員で考えるしかないのでは」
蓮が口を開いた。
10年分の移送ルートは今の第一特務遊撃隊は知らないルートが多い。
長年、組織にいるのは鷹宮だけだ。ならば、同じ年数の天音、橘の記憶も頼ろうと言う立案だった。
「そうだな…」
鷹宮はデスクから立ち上がると総統室へと向かった。
第一特務遊撃隊の部屋には、いつになく重い空気が流れていた。
過去十年分の移送ルート。
盗まれた最重要護衛対象者リスト。
明日に迫った証人幹部の護送任務。
どれも一つ間違えば、組織の信用を根底から揺るがす案件だった。
やがて扉が開く。
天音、橘、そして鷹宮が戻って来た。
「使える会議室を押さえた。全員来い」
短い指示に、誰一人異論はない。
地下会議室。
巨大な市内地図と、過去の移送記録、監視網、交通規制情報が机いっぱいに広げられる。
「正面幹線道路は駄目だ。過去使用率が高すぎる」
葛城が赤線を引く。
「高架下ルートも潰れますね。逃げ場が少ない」
雨宮が静かに告げた。
「港湾道路は?」
白石の提案に、橘が首を振る。
「見通しが良すぎる。狙撃に弱い」
次々と候補が消えていく。
深夜になっても、決定打は出なかった。
「……一度、逆に考えませんか」
沈黙を破ったのは蓮だった。
全員の視線が向く。
「敵は“裁判所へ向かう”と思って待つ。なら、裁判所へ向かうように見せて、途中で切る」
「囮か」
鷹宮が腕を組む。
「囮車両を三台。証人を乗せる本命車両は別ルートで地下搬入口から出す。さらに出発時刻も予定より二時間前倒し」
「……悪くない」
天音の声が低く落ちる。
だが蒼真は地図を見たまま動かなかった。
「蒼真?」
蒼真は指先で地図の一点を叩く。
「ここだ」
旧水道管理トンネル。
十年以上前、災害時の物資搬送路として使われ、今は封鎖された地下通路。
現行地図には載っていない。
「出口は裁判所裏手の駐車区画傍に繋がる。地上を走る距離が最短になる」
全員が息を呑んだ。
鷹宮がすぐに資料をめくる。
「……ある。古い記録だが残ってる」
橘が笑った。
「よくそんなの覚えてたな」
「ガキの頃、迷い込んだ事ある」
蒼真がぶっきらぼうに答えると白石が吹き出した。
「お前、何して育ってんだよ」
「あー、あったな、そんな事」
鷹宮もそう言えばそこから見つけて助け出したのは俺だ。と話す。
少しだけ空気が和らいだ。
天音は地図を見下ろしたまま言う。
「本命車両はこの地下ルート。囮三台を同時発進。通信は直前まで分割管理。ルート共有はここにいる者だけだ」
その言葉に、部屋の温度が変わる。
ここにいる者だけ。
つまり、もう天音は組織内幹部達を完全には信用していないと言うことだ。
「明朝六時、実行する」
全員が立ち上がった。
蒼真は地図を見つめたまま拳を握る。
これなら、行ける。そう、誰もが思った。
ー明朝5時55分。
証人元幹部、移送車両への乗車完了。
運転は蒼真、後部座席に白石が元幹部乗車。
囮車両、3台も予定位置に待機済みだ。
ー6時。
ピピッ。
無線の音がする。
『各車両、出発』
無線の号令と共に囮車両を含めた4台が本部庁舎から出発する。
必ず任務を成功させる。
第一特務遊撃隊の全員が同じ気持ちだった。
5分程で蒼真の本命車両が旧水道管理トンネルへと辿り着き、無事にトンネルへ入った。
他、囮車両も問題なく走行していると無線が入る。
何年も使用されていないトンネルだ、舗装の荒れや雑草が目立つ。
蒼真は暗いトンネルを慎重に進んだ。
「ホントに神代って運転上手いよね」
トンネルに入った事で少し緊張の解けた白石が声を掛ける。
「車が好きで、10歳位の頃から定期的にサーキットでドリフトしてたっす」
サラッと蒼真が言うと、白石は「お前、マジで何者なん?」と笑った。
その会話を聞いていた元幹部が「ぼんぼんが…」とぽつりと呟いた。
「私語は謹んで。あなたは組織の裏切り者ですよ」
口を出した元幹部へ白石が即座に冷たく言い放つ。
蒼真もバックミラー越しに元幹部を睨みつけていた。
トンネル走行開始から15分。
地上への出口の光が見えてきた。
光が見えた事で蒼真はようやく少し緊張が解けるのを感じた。
無事に任務完了できる。
昨日は深夜にまで及んだ会議で麗華とも会えず、連絡もろくに取れていない。
本部に戻ったら連絡を入れようか…等と考えていた。
車両がトンネル出口を出た瞬間。
ードカァァンッ!
爆音と共に車両へ衝撃が走ると共に爆煙に包まれた。
ーバババッ!と銃が乱射される音が周囲に響き渡る。
「…ッ!伏せて!!」
蒼真は白石へ指示を出し、アクセルを思いっきり踏み込んだ。
だが、思った様に加速しない車両。
先程の爆撃で足回りをやられたようだ。
「……クソが…」
それでも車を止める事はなく、出せる限りのスピードで銃撃の嵐の中を突破しようとする。
「こちら、白石!トンネル出口にて敵の襲撃あり!至急、応援頼む!到着次第、移送者のピックアップ頼みます!」
白石が囮車両3台へ緊急無線を飛ばした。
葛城、鷹宮、橘の声が無線から「了解」と聞こえた。
「神代、踏ん張れるか!?」
「足回りと…機関銃でエンジンが殺られてると思います。車両の炎上可能性あり…」
焦らず、冷静に分析する蒼真だが、内心はヒヤヒヤしている。
この状態じゃ…車両そのものの爆発も避けられない。
どうにか打開策はないか、暴れるハンドルを握りしめながら蒼真が、銃撃で割れたフロントガラスの正面を見た時だ。
ビルの屋上で朝日でキラッと何かが光った。
「白石先輩!頭下げて!!」
蒼真がハンドルを切り、叫んだ瞬間。
証人元幹部の眉間に穴が開く。
真っ赤に染まる、リアガラス。
「……は?」
真っ赤に染まったリアガラスを確認すると銃撃が止んだ。
そして、撤退していく敵の姿。
ゆっくりと停車する蒼真の車両。
「……白石先輩…証人は…」
「バカ!!もういい、車両降りんぞ!!」
既に車両から飛び出していた白石が運転席のドアをこじ開け、動かない蒼真を引き摺り出した。
九死に一生、2人が車両から10m程離れた瞬間。
車両が爆発炎上する。
さっきまで乗っていた車両が燃えていく。
証人も…。
何も出来ず、蒼真はただ立ち尽くしていた。
その間、白石は各囮車両へ無線を飛ばしていた。
「…証人元幹部、狙撃により死亡…。車両は炎上中です…」
ーピッ。ザザッ…。
「こちら、橘。2人に怪我はないか」
「…白石、破片による切り傷…神代は……ッ!」
白石が蒼真の身体を見ると足元に血が溜まっている。
右脇腹から出血している。
銃撃の流れ弾に被弾している。
「神代、銃撃による被弾あり!出血が多いです!到着次第、すぐに救護へ搬送願います!!」
無線を切ると白石は立ち尽くす蒼真を座らせ、止血に入る。
「…え…あ…撃たれてたんだ…」
白石の焦りでやっと蒼真は自分が被弾していた事に気が付いた。
その瞬間、急激に痛みが襲っては来たが、あまりに突然で理解が追いついていない様子だ。
「…白石先輩…俺のせいで…任務失敗ですよね…」
「馬鹿野郎!今はそんな事、どうでもいいんだよ!意識だけは飛ばすなよ!分かったか!」
普段の軽口を叩く白石からは考えられない強い口調だな。と蒼真は思った。
そこでやっと、自分が死にかけているのかも知れないと実感した。
5分程で葛城と蓮の車両が到着した。
3人で蒼真を車両へ担ぎ込み、白石を残して本部へ急行していく車両。
「お前のせいじゃねぇよ…」
走り去っていく車両に白石はぽつりと呟いた。




