表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/18

第2話 その窓口は、ずっと前から止めていた

 「風見くん、またやったんだって?」


 昼休憩に入った途端、食堂で同僚に声をかけられた。


 言い方は軽い。だが目は面白がっているだけだ。


 悠真は紙コップの薄いコーヒーを受け取りながら、曖昧に頷いた。


 「大したことではありません」


 「大したことあるでしょ。封圧杭持ち込みだよ? 普通なら大騒ぎだって」


 「でもさあ、あれ結果が出たから良かったけど、外したらただの業務妨害だよね」


 別の職員が笑う。


 悪意は薄い。だが、理解もない。


 それが一番面倒だった。


 「風見は慎重すぎるんだよ。そりゃ事故ゼロが理想だけど、現場回してるのはこっちなんだからさ」


 悠真は反論しない。


 この会話も、何度目か分からない。


 危ないものを危ないと言うたびに、面倒くさがられる。

 止める理由を説明しても、結果が出るまで信用されない。

 結果が出ても、次にはまた忘れられる。


 結局この庁内で重要なのは、処理件数と見た目の円滑さだ。


 「まあ、お前が止めた案件って、たまに当たるよな」


 たまに、ではない。


 だがそれを言ったところで意味はない。


 悠真はコーヒーを一口飲み、窓の外に視線を流した。


 第一支部の前広場では、今日も探索者たちが出入りしている。

 命を懸ける連中と、その入口を管理する役所。

 その境目にいるのが自分だ。


 ただ、それだけのことだと思っていた。


 「おい風見」


 食堂の入口から監査課の室長補佐が顔を出した。


 「午後の窓口、監査課から一人つける。妙な案件が続いてるからな」


 「了解しました」


 「あと、昨日の件の報告書出しとけ。できるだけ客観的にな」

 

 「はい」


 言外に、「余計な自分の判断を書き込むな」と滲んでいる。


 悠真は慣れた手つきで返事をした。


 午後の窓口が再開すると、いつも通りの人波が戻ってきた。


 登録更新、装備変更申請、入坑ルート申告、臨時パーティ編成届。

 どれも書類上は単純だ。

 だが悠真にとっては、その紙と本人の間にあるわずかなズレこそが本番だった。


 一件目。初心者パーティの編成届。


 リーダーの男は明るく笑っているが、申請用紙に書かれた攻略予定層に対して回復薬の数が少なすぎる。

 後ろの荷物持ちの少女だけが妙に青ざめており、装備は新品なのに膝当てにだけ古い擦り傷がある。


 ――初参加ではない。しかも前回、転倒している。


 「予定層を第五層から第三層に下げてください」


 「え? でも俺たち、いけますよ?」

 

 「回復資材が足りません。あと、荷物配分が偏りすぎています。後衛が先に倒れます」


 男は不満そうだったが、少女が小さく息を呑んだのを悠真は見逃さなかった。


 二件目。ランク更新申請。


 提出された戦果記録と、武器の消耗が噛み合っていない。

 討伐数に対して血痕の残り方が少なすぎる。たぶん記録の一部は買っている。


 「再審査に回します」


 「は? ふざけんなよ」


 「実戦記録に不整合があります」


 三件目。持ち込み許可申請。


 魔道具の形式番号が旧式なのに、刻印が新しすぎる。外装だけ付け替えた違法改造品だ。


 「これは使用禁止です」


 「なんで分かるんだよ……」


 ぼそりと漏れたその言葉に、悠真は返さなかった。


 隣で見ていた監査課の職員が、だんだん口数を失っていくのが分かる。


 全部を【看破】と呼んで説明できるわけではない。


 悠真自身も、理屈のすべてを言語化しているわけではなかった。


 ただ、違和感が見える。


 書類だけではない。装備、魔力、歩き方、受け答え、視線、連れとの距離感。その全部を見た時に、「こいつは危ない」が分かる。


 そしてそれは、驚くほど外れない。


 夕方。


 窓口業務がようやく落ち着き始めた頃、フロアの端に見慣れない女が立っていた。


 灰色のジャケットにシンプルな黒髪。

 目立たない服装なのに、立ち姿だけで分かる。強い。


 探索者、それも上位。


 一般の入域申請ではなく、窓口全体を観察するように立っている。


 監査でもない。


 庁内の人間でもない。


 悠真が一瞬だけ視線を向けると、女は小さく笑った。


 そのまま何も言わず、別の窓口へ移動していく。


 隣にいた監査課職員が小声で言った。


 「今の、見たか?」


 「誰ですか」

 

 「知らないのか。S級クラン《白狼の牙》の副長だよ。たまに庁に来るが、現場の確認は珍しい」


 《白狼の牙》


 国内でも指折りの攻略速度を誇るS級クランだ。

 高難度層の攻略で有名で、第一線の探索者なら誰でも知っている。


 そんな連中が、なぜこんな窓口を見に来るのか。


 監査課職員は腕を組み、不思議そうに首を傾げた。


 「昨日の件、あっちにも話が回ったのかもな。第七層崩落なんて、S級にも無関係じゃないし」


 悠真は書類整理を続けた。


 興味がないわけではない。だが、自分には関係のない話だと思っていた。


 S級クランと窓口職員。


 接点なんて、あるはずがない。


 しかしその日の業務終了後、庁舎の外階段を降りたところで、背後から声がかかった。


 「風見悠真」


 振り返る。


 そこに立っていたのは、昼に見た灰色ジャケットの女だった。


 近くで見ると、さらに分かる。無駄がない。視線も、呼吸も、足の置き方も、すべて実戦仕様だ。


 女は名乗った。


 「《白狼の牙》副長、篠宮玲。少し話がしたい」


 「……私に、ですか」


 「君以外にいない」


 即答だった。


 玲はじっと悠真を見る。


 試すようでも、見下すようでもない。

 ただ、値段を見定めるように真っ直ぐだった。


 「昨日の封圧杭だけじゃない。今日も三件止めただろう」


 「たまたまです」


 「たまたまで毎日止まるなら、うちはとっくに死人を減らせてる」


 悠真は黙る。


 玲は階段の手すりに寄りかかり、淡々と言った。


 「庁内じゃ評価されてないみたいだけどね。君が止めた案件、うちも何件か把握してる。ランク詐称、違法改造、編成偽装。あれが現場に流れてたら、少なくとも数人は再起不能になってた」


 夕暮れの風が吹いた。


 庁舎の壁に貼られた注意喚起ポスターが揺れる。


 玲は少しだけ口元を上げた。


 「窓口の仕事だと思ってるなら、認識を改めた方がいい」


 「……何が言いたいんですか」


 「君は書類を見てるんじゃない。事故の入口を潰してる」


 その言葉に、悠真は初めて少しだけ目を細めた。


 庁内でそんな言い方をされたことは、一度もなかった。


 玲は続ける。


 「近いうち、うちで大きな攻略がある。もし君の目が本物なら、こちらにとってかなり重要だ」


 「S級の攻略に、窓口職員がですか」


 「そう。むしろ、現場の連中より必要かもしれない」


 そう言って玲は一枚の名刺を差し出した。


 《白狼の牙》副長・篠宮玲。


 その下には個人連絡先が書かれている。


 「今すぐ答えなくていい。でも覚えておいて」


 玲は背を向け、去り際に言った。


 「無能窓口なんて呼び方、現場じゃ通じない。危険を事前に見抜ける人間は、それだけで一番高い」


 夕焼けの中、その背中が遠ざかる。


 手元の名刺を見ながら、悠真は動かなかった。


 庁内では煙たがられるだけの力が、外では値札のつく能力として見られている。


 そんなことを、今まで考えたこともなかった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ