ツルツルなヤツ
翌日、マルコもニコロも何ごともなかったように登園してきた。
ちょっと驚いたのはニコロだ。
真っ先にブルーナさんのところに行って昨日の非礼を詫びたのだ。
「昨日は玉の輿とか言ってごめんねえ。
マルコに差別だとか言ったのに、僕がそれ言っちゃダメだよね」
ブルーナさんは一瞬驚いたような顔をしたが、「お気になさらずに」と流して、すぐにいつもの表情に戻った。
ニコロはその後、アレ君グループや私たちにも「お騒がせしましてごめんね」って一通り謝罪して回った。
ただ、王子たちには近づかなかった。
マルコもニコロを見ようともせず、敗者同士で和解するような様子はなかった。
これがきっかけになって、もうひとつのボツ設定であるBL編の「ニコロ(攻め)×マルコ(受け)」ルートに入る可能性も考えていたけど、まあこの流れでそうはならないよね。
その後、結局一番変わったのは王子だ。
時々マルコの傍を離れてブルーナさんやアレ君たちと話すようになった。
マルコもそれを咎めるようなことなかった。
少しだけ変化したその形で、クラスは落ち着いた。
水曜日のお茶会も続いている。
それどころか王家公認となった。
マルコが報告したのだ。
時々王宮料理人の作ったとんでもなく高級そうなお菓子が届けられる。
クリームたっぷりで、普段食べているのの倍くらいカロリーがありそうなやつ。
その日はマルコが鬼教官モードになって、王子の散歩は駆け足になる。それでなんとかカロリー収支は合っているのだろう。
王子はそれでも楽しそうで、先日観劇デビューも果たしたそうだ。
初めて経験する娯楽らしい娯楽なのでそのまま演劇にのめり込むかと思ったら、そうはならなかった。
王子派の渉外担当に収まったヤッキオ君によると、わからないことをチラッとブルーナさんに質問したらその後ずっと解説が止まらなくてものすごく疲れたらしい。
熱く語るブルーナさん。遠くからなら見てみたい。
「チケットはあげるからこの後は誘ってくれなくていいよ」ってことになったそうなので、ブルーナさんとしてもそっちの方が嬉しいだろう。よかったよかった。
そうしているうちに冬休み間際となった。
私たちは教授室で放課後の押しかけお茶会をしていた。
感謝祭の前からバタバタしていたので、教授とステファノの顔を見るのもちょっと久しぶりだ。
ふたりはまた鉱山に出向くそうで、慌ただしく機材を木箱に詰め込んでいる。
「冬休みは短いのに」って言ったら、ステファノが内緒話の体で寄ってきて、「俺たちの冬休みはデータ取り終わる時までなんだよっ!」って耳元で叫ばれた。子供か!
「あ、そうだ。お前らちょっと来い」
しまいかけていた魔道具をテーブルに戻して、ステファノがこちらを振り向いた。
冬なのに半袖。筋肉は順調に育っている。
鉱山でガシガシ働くそうなので、春には完成しているだろう。
「なんすか? あーしらまったり中なんで手伝わねっすよ?」
ジョゼがクッキーを口に放り込みながら答えた。
「手伝わせねーよ。壊される未来しか見えねえ。
そうじゃなくて、魔力貸せ」
「魔力っすか?」
「この魔道具のデータ取んだよ。人数は多い方がいいからな。
勝手に来てくっちゃべってんだからそのくらいやれ」
「うーい。
よっこらせっと」
ま、そのくらいしてあげますか。
おばちゃんみたいに立ち上ったジョゼに続いて、私とパトリツィアも重い腰を上げた。
魔道具は魔力特性を測定するものだった。
教授たちが開発した採掘用の魔道具を、鉱夫たちの魔力特性に合わせて最適化する時に使うらしい。
「楽に掘れるんだったらそっちがいいに決まってんだろ?
早く掘れたら早く発破かけられる」
あーはい。結局たくさん爆破したいわけね。
まあ、現場の人にもちゃんとメリットがあるみたいだからいいんだけど。
私たちはステファノの言葉に従って、装置の上についている半球に掌を乗せた。
半球が光るでも本体が震えるでもなく、あっけなく測定は終わった。
「はあ……。つまらん」
裏側の目盛りを見ていた教授がため息をついた。
こっちはお茶中断して協力してあげたっていうのになんですかその反応は。
「不満そうじゃな。
仕方ない。何がつまらんか説明してやるから聞け。
まずワンコ。魔力量は下の上、発動効率、伝導速度は中の下ってところじゃな。つまらん。
まあ光魔法は珍しいから、それだけは取り柄と言える。
次にお嬢。魔力量は上。それも上の上じゃ」
「おお!」
パトリツィアの顔がテカーっと輝く。
「だが、適性は無属性のみ。使えるのは鑑定魔法用の魔石に魔力充填するくらいじゃな。発動効率も伝導も中くらいはあるが何の足しにもならん。つまらん」
上げて落とされた。
「パトリツィア、それもう知ってたでしょ?
そんなにガックリすることじゃないからね」
「……あ、そっか」
よし、立ち直った。単純最高。
「そんでビア。
お前は魔力量がカスじゃ」
「知ってます」
「適性は火。発動は数値的には最高クラスじゃが、組み合わせが最悪じゃ。伝導効率まで無駄に高いせいで、ただでさえない魔力がツルツル抜けていく。
初歩魔法なら10発打てるところが4・5発しか打てんじゃろな。しかも威力が上がるわけでもない。魔力量的に制御を頑張る意味もない。
控えめに言ってクソじゃな。
つまらんの極みじゃ。ケッケッケッ」
「もういいですありがとうございます!」
つまんないんなら笑うんじゃねーよ!
「ま、これも貴重なデータじゃからな」とフォローにもならないフォローを受けて、私たちは教授室を追い出された。
これから荷物の最終チェックらしい。
そのままナンチャーラ邸に流れて、私たちはしばらくジジイの悪口で盛り上がった。
ちょっとすっきりしたので晩ご飯の準備に取りかかる。
「食べてく? 材料はあるから作れるけど」
「私は家で食べる。今日は鴨だから!」
「いいなあ。さすが侯爵家」
「ビアンカも来れば?」
「いや、そんなにホイホイ行けないって。忘れてるかもだけど、あんたん家侯爵家だからね?」
「えー」
「えーじゃありません」
「あーしは子爵家だからここで食うぞ!」
子爵家なんも関係ないじゃん。作るけど。
「あ、でも納豆はいらねえから」
「え? どうしたの珍しい」
「食いすぎてちょっと飽きた」
「また作りすぎちゃったの?」
「いや、そういうんじゃねえんだけどさ、なんか納豆売ることになって、ここんとこ商品決めでオニ食ってる」
「そうなの?」
「うん。年明けに店開くってよ。
もう工事してっから休みに入ったら見に来れば?」
「行く!」
パトリツィアが食いついて色々質問したため、決定までの経緯がわかった。
きっかけはアンナちゃんの「なっとう屋しゃんやりたい」の一言。
今まではキッチンの片隅で作っていたのだが、孤児院への納入で製造スペースが足りなくなり、拡張の相談をしていた時に言いだしたのだそうだ。
ヴァンナさんの食物繊維メニューがご近所で評判なのもあって、いっそのことまとめてお店にしちゃうかって流れになったんだって。
「ほら、父ちゃんの稼ぎあんまねえからさ、前にステっち先輩からもらった石売った金があるうちに、一発勝負かけっかなって」
なるほどね。
ボーナスって気づいたらなくなってるもんね。
元々の家計に影響がないなら、使い道としてはすごく健全だと思う。
納豆だけだったら止めてるところだけど、ヴァンナさんのお菓子がメインになるだろうから勝算はあるんじゃないだろうか。
ん? ということはナンチャーラ芋にとってもチャンスなのでは?
「ジョゼ、今度ヴァンナさんに会いに行っていい?」
「ん? 普通に来れば?
母さんビアっち大好きだから喜ぶぞ?」
「うん、じゃあ近々行くね」
冬休み中のお仕事は、どうやら芋の営業になりそうだ。




