やらかすヤツ
ナンチャーラ領に教会はない。
宗教的なものといえば、ジジババが毎朝山を拝むくらいだ。
だから、領を出るまで存在をすっかり忘れていた。
王都の大教会を見て頭を抱えた。
恐る恐る確認したらやっぱり創世教だった。
創世教とは、私が設定したこの世界の宗教だ。
アンナちゃんが食事前に祈ったオルマアクがその主神である。
その正式名はORUMAAK HOTOM。
私の前世名、HOMURA MAKOTOのアナグラムである。
つまり、設定上、この世界の神とは前世の私のことなのだ。
そしてその神性は私に引き継がれて……いるわけがない!
このクソザコが神?
違います。そんなものはいません。ただの言葉遊びです。信じないでください。
えーと……。
……申し訳ありませんでしたあっ!
あの時はどうかしてたんです!
ストレスMAX状態だったんです!
犬Pに嫌がらせしたかっただけなんです!
こんなことになるなんて思ってもいなかったんです!
もうね、教会の礼拝堂で懺悔したい。
そして叫びたい。
「オルマアク・ホトムなどいない!」
真実である。だが世界にとってはただの妄言だ。
そのまま捕まって宗教裁判まっしぐら。普通に死ぬ。
激モブ小市民の私にそんな勇気はない。
そして私は、存在するわけがない神の「誰だお前?」と言いたくなる小像を見ないようにしながら、営業スマイルを浮かべ、感じのいい老シスターと米の商談を進めているのである。
「そんなにお安くていいのですか?」
私が伝えた金額にシスターが目を見開く。
「もちろんです。
こちらこそ、寄付できなくて申し訳ありません。
ナンチャーラ領は辺境であまり豊かではないのです」
「そのお言葉だけで十分です。
この金額でお譲りいただけるのなら、子供たちにしっかり食べさせることができます。それだけでもどんなにありがたいことか。
なので、どうかお気になさらないでください」
「お気遣いありがとうございます。
お米は、荷が到着次第届けさせていただきます」
「承知いたしました。楽しみに待っております」
私は商談を終え、孤児院を後にした。
「よかったじゃん。
んでも、あの値段でいいのか?
ジジイんとこの半額じゃね?
無理してんじゃねーよな?」
心配してくれるジョゼに、私は笑顔で返す。
「大丈夫、損はしてないから。
それにこういうので儲けたらなんかダメな気がするんだよね」
「ああそれ、父ちゃんも言ってた。金ねえから原価分は取るけどそんだけって。
あーしはちょっとくらい儲けてもいいと思うけどな。
じゃねえと続かなくね?」
それは正しい。
「ジョゼん家は作るのに手間をかけてるんだから、その方がいいと思う。
でも私は運ばれてきたの届けるだけだからねえ。
大将みたいにそれで商売するんなら別だけど」
「それもそっか。まあ、あーしが気にすることじゃねえしな。
つか、終わったら小腹減ってきた。屋台でなんか食ってかね?」
「乗った!」
私たちは屋台でクレープを食べて帰った。クリームもトッピングもない素クレープだけど、シロップの甘さだけで十分満足した。
とまあ、いい一日ではあったんだけど、なんかモヤモヤして寝付けなかった。
考えたら気づいた。
そっか、私がやったのはただの自己弁護だ。
脳内でしか謝ることができない前世のやらかしを、米の原価販売でごまかしたんだ。
ダッサ。
落ち込みそうになってこらえる。
これ落ち込んでも何も解決しないやつ。
なので、前向きに解釈してみる。
だとしてもだよ? お米は子供たちをお腹いっぱいにするよね?
あ、神はいないけどシスターはいるじゃん!
――もうそれで良くない?
黒歴史は私の歴史なんだから、勝手にモヤモヤしてろって話だ。
そう考えたらちょっとスッキリして、あっさり眠気がおそってきた。
我ながら単純だと思った。
翌日、とはいえモヤモヤは残っていた。寝付くのが遅かったせいで頭も重い。
でも、それは教室に入るとすぐに吹っ飛ばされた。
ニコロの爆弾が炸裂したのである。
もうね、のんきにテツガクとかしてる場合じゃなくなった。
「どういうことだ!」
激昂するマルコに、ニコロはいつものようにヘラヘラ笑って答えた。
「え? 聞いてなかった?
君さ、殿下が毎週水曜日にブルーナちゃんたちとお茶会してるの知らなかったでしょ。
だから僕が教えてあげたわけ。
全然気づかないから、かわいそうになっちゃった」
「殿下、本当ですか⁉」
急に矛先を向けられ、王子が体をこわばらせた。
「え、えと、ごめん……」
「私は許可しておりません!」
「ごめん、でもマルコはお菓子を食べちゃダメって言うから……」
「それが国王陛下からのご指示だからです!誰にそそのかされたのですか!」
「僕に決まってんじゃん。ちょっと考えればわかるよね?バカなの?」
王子に代わって答えたニコロが煽る。
「ニコロ! 陛下のご意向を無視したとわかっているのか⁉」
「ご意向って、陛下が君個人に何をおっしゃったかなんて、僕知らないし。
それに君、お褒めいただいたんでしょ?
殿下が明るくなられたのは君のおかげだって。
自慢してたじゃん。ほんとは全然関係ないのに」
「ぐっ……」
「それにこれは想像だけど、陛下のお望みどおりになってるんじゃない?
よく見てみなよ。殿下全然太ってないよね?」
「皆の前で言うな!」
「あ、ごめーん。でももう言っちゃったし」
「貴様っ!」
掴みかかろうとするマルコをサッと躱して、ニコロはにっこりと笑った。
「もう授業がはじまるから、続きは放課後にしよっか。
それまで時間があるから、君もよく考えてみなよ」
「……」
「みんなお騒がせー。
でも今朝はこれで終わりだから、気持ちを切り替えて勉強に励みましょう!みたいな?」
励めるか!
休み時間に話しかけても「放課後にねー」ってはぐらかすから、ますます気になって全然集中できなかった。
みんなも似たようなもので、事件の臭いを嗅ぎ取ったパトリツィアなんか、擬態が剥がれかけて言葉遣いをマナーの教授に注意されてたほどだ。
せっかく落ち着いてたのに、どうしてこういうことするかな?
そわそわするので、昼休みにブルーナさんに話しかけた。
「どう思う?」
「どうとは?」
ブルーナさんは全く気にしていなかった。
「ニコロ、何考えてると思う?」
「ああ、そのことですか。
多分、ここまでが彼の計画でしょうね」
「そうなの?」
「どうでしょうね。
でも、私があのようなことをやるとしたら、最初から計画しているはずです。
私でさえそうなのに、性格の悪いニコロ様が考えもなしにやるとは思えません」
「なるほど……」
合理主義お化けの言葉は説得力がある。
「理由は何だと思う?」
「さあ。それには興味がありません。
ただ、貴賓席のチケットに影響があるかもしれないので、どう決着するかは確認するつもりです」
「あ、なるほど」
ブルーナさんはブルーナさんだった。
「ビアンカ、わくわくするね!」
席に戻ったら、パトリツィアが寄ってきてそう耳打ちしてきた。
声をひそめてもハイテンションダダ洩れ。
ほんとにもう。さっき教授に注意されたばかりなんだからちょっとは隠しなさいよ。
私は淑女の微笑みを浮かべ、耳打ちを返した。
「パトリツィア様、言葉が乱れておいでですよ?
それに絶対に乱入しちゃダメですからね?」




