画伯なヤツ
収穫祭の翌日も休日である。
何の記念日でもなく、「安息日」とだけ呼ばれるただの休日。
要するに、昨日がんばった貴族自身へのご褒美デーである。
ちょっと昔の王と貴族が「昨日働きすぎたから今日は全国的に休みにしようぜ!」と勝手に決めたわけだ。
どんだけ自分に甘いんだよと思うけど、お休みは嬉しいので許す。
そんなわけで、貴族街は昨日と打って変わって賑やかである。
安息する気のない貴族たちが、高級レストランで昼から宴会をしている。
それを横目で見ながら、私は大将の店に連日のご出勤だ。
昨晩、貴族街の入口まで送ってもらった時、打ち上げに誘われたのである。
「ビアっちも一応お貴族様だからなんか予定あっと思うけどよ、まあ昼からダラダラやってっから気が向いたら来てくれ。リベリオたちも来っからよ」
とのことなので、午前中に畑の世話を済ませていそいそ向かうわけだ。
悪かったわね、貴族なのに何も予定がなくて。
「お、来たのか。てっきり侯爵様んとこにでも行くのかと思ってた」
私の顔を見るなり、大将はそんなことを言ってきた。
「いや大将、いくらパトリツィアと仲がいいからって、田舎男爵の娘が安息日の侯爵邸に行けるわけないよ」
「ふーん、そんなもんか。
それより今日はこっち来て当たりだ。
後で俺が考えた新作塩辛食わせやっから楽しみにしとけ」
何その魅力的な響き。
私は到着していた子爵様ご夫妻と挨拶を交わす。ジョゼは教会に用事があるので遅れて来るそうだ。
子爵様たちは大将から昨日の話を聞くので、私はアンナちゃんに遊んでもらうことにした。
彼女は早速壁にお絵描きをはじめている。
前回描いた絵は女性冒険者に評判がいいらしく、大将は「どんどん描いてくれ」とい言っている。
幼女はお仕事中なのである。
アンナちゃんの絵は、なんというか、独創的だ。
人物でも動物でもなく、様々な色と形の円がひたすら壁に描かれてゆく。
たいていの円は潰れたり歪んだりしている。
見ようによってはアート作品。
ひしゃげた楕円なんか、文字盤を足せばダリの時計になりそう。
しかし、これは何なんだろう。モチーフが知りたい。
集中しているところを申し訳ないけど、気になるので訊いてみた。
「アンナちゃん、丸がいっぱいだね。それは何かな?」
「えっとね、シュライム」
「スライムなの?
そうか。だから全部丸いんだね」
「うん。これは死んでるシュライム。ぼーけんしゃに切られたの」
「なるほどお。破れて体液みたいなのが流れてるもんね」
王子と相性最悪な人発見。見せたら絶対逃げる。
「アンナちゃんはスライムが好きなの?」
「うん。しゅき」
「どんなところが好きなのかな?」
「えっとね、丸くてブヨブヨしてるところ」
「そっか」
「あとね、なっとうもしゅき。丸くてねばねばしてるから」
「そっか」
なるほど。丸くて独自のテクスチャを持つことが重要であると。
画伯が再び壁に向かったので、私は黙って量産されるスライムを見ていた。
いや量産じゃない、描くスピードが早いだけだ。その証拠に一匹一匹全部違う。
オニかわいい上に恐るべき集中力。将来は大物になるに違いない。
「おーし、終了!
お、アンナ先生すんげえ描いたな!」
大将が説明を終えて振り向き、画伯の新作に驚きの声を上げた。
「これはまた客が増えちまうな。
よし、好きなもの作ってやる。何がいい?」
「んー……、なっとうパシュタ!」
「お?米じゃなくて麺か。
面白え、受けて立とうじゃねえか!」
「私も食べたい!」
「おーよ、待ってろ!」
力強く答えて、大将はそのまま厨房に駆け込んだ。
大将の納豆パスタ。興味しかない。
前世でそのうちにと思ってたのに、結局食べないまま死んじゃったからね。
今回のチャンスは逃さない。
入れ替わりでエルマさんが臭いもの定食を運んで来る。
「ヴァンナちゃんたちは完成版を食べてないからまずこっちからだね。
別のもあるから量は半分にしてあるよ。
ビアっちちゃんはどうする?
納豆パスタも食べるんだろ?
こっちも食べるなら持ってくるけど」
「別のって新作の塩辛ですよね?」
「そうだよ。期待していいよ」
「じゃあ、お腹空けときます」
リベリオさんご夫妻は定食を絶賛した。
開発に関わったリベリオさん自身によれば、「最高!試作時を10とすれば14!」だそうだ。
最高なんだからもっと別の褒め方をすればいいのに、って思った。
続いて出された新作塩辛はすごかった。
大将が「朝獲れたイカの細切りに熟成させた塩辛の肝のとこをサッと和えて、1時間馴染ませたやつだな」って説明してくれたけど、それってイカ刺しと塩辛のいいとこ取りってことだよね?
そんなん旨いに決まってるやん。
ああお酒飲みたい。せめてごはんおかわりしたい。
でも、この後にくる納豆パスタのためになんとか我慢した。
アンナちゃんは横で大人たちが美味しそうに食べているのに、文句ひとつ言うことなく黙って納豆パスタを待っていた。偉い。
そしてついにその前に壁画の報酬が置かれる。
「3つもある!」
「とりあえず思いついたの全部作ってみた。
あとで感想聞かせてくれ」
「うん!
オルマアク様、いただきます!」
オルマアクとはこの世界の神の名だ。
私は信じていないので、普通にいただきますをして初納豆パスタに向かう。
出されたのは三種。
ひとつは中太麵の醤油味で、具はほぐした鶏肉と納豆。すりおろした柑橘の皮がアクセントになっている。
次は味噌味のスープパスタでこちらは細麺。納豆汁パスタはまだわかるけど、なんと具はトマトだった。私の常識など全く通用しない。
異世界料理人は、最後にはとうとうフルーツをぶっこんできた。
納豆・リンゴ・バナナのショートパスタ。
あり得ない。高級食材のバナナの使い所としても間違っている。
結果。
全部美味しかったんだよ、チクショー!
順位をつけると、2番目・1番目・3番目。
大喜びのアンナ先生は、3番目・1番目・2番目の順。トマトあんまり好きじゃないんだって。丸いのに。
子爵様たちも一口ずつ試食して、それぞれの感想を大将に伝えた。
「なるほどな。
試作だから色々直すとこはあっけど、これこれでアリだな。
オイルと絡めっと臭いが薄くなっから、初心者向けにはいいかもしんねえ」
確かに。ただ納豆好きにはそれじゃちょっと物足りないんだよね。
たまになら食べてもいいけど、私はやっぱりごはん派だな。
「まあ、トマトはもう時期が終わりだしバナナは高くて使えねえから、やるとすりゃ普通のヤツになっちまうけどな。
どっちみちまだ店では出せねえ。
わりーなリベリオ。在庫処分手伝ってやりたかったんだが」
「ありがとウーゴ。気持ちだけで十分だ。
そもそも君がそんなに売れないって言うのを聞かなかった私の責任だからね」
どうやらリベリオさんは感謝祭を見込んで納豆を作りすぎてしまったようだ。
私が手伝ってもいいけど、ひとりじゃ役に立たないしな。
だがその問題は、その直後にやってきたジョゼによってあっさり片付いてしまった。
「な?あーしの言った通りだったろ?
子供は臭いとか関係ねえの。
アンナなんか最初っから普通に食ってたっしょ?
そんで食ってるうちに好物になんの」
ジョゼは納豆の在庫を米といっしょに教会ルートで孤児院に寄付したのだ。
お腹を空かせた子供たちは大喜びで食べたそうだ。
継続納入の約束まで取り付けてきた。
あーしひとりでやる!と気合を入れたプレゼンを成功させて鼻息が荒い。
「そんで、ビアっち。米の方はよろしく!
寄付じゃなくても、麦より安かったら教会で買うってよ。
だいじょぶだよな?
挨拶行くのいつにする?」
ずっと避けてきた宗教問題は、新しい取引先と共に突然やってきた。




