ツウなヤツ
昔、ある村が凶作に見舞われた。
領主は強欲な人物で、いっさい容赦することなく、農民からから税となる小麦を取り立てた。
村人たちに冬が越せないことは明らかだった。
絶望した農民は手元に残った食料を持ちより、それらすべてを使ってやけくその大宴会を開いた。
村人は大いに盛り上がり、そして春を待つことなく飢えて死んでいった。
その事実は生き残った村民から村の外に伝えられ、やがて国王の知るところとなった。
凡庸だが善良だった王は、それを聞いて怒り悲しんだ。
領主は処刑された。
王は後世への教訓として、毎年の税の徴収後、農民に感謝する宴を催すことを決めた。
――これが感謝祭の起源とされている。
設定上は楽しい秋祭りだったはずなのに、やるせない起源を勝手に後付けされた作者としては、この世界に対し遺憾の意を表したい。
秋のお祭りとして定着した今、そんな悲しい起源の話はすっかり風化してしまったが、「農民に感謝するお祭り」であることは、皆が当たり前のこととして知っている。
自然でも神でもなく、農民。
なぜこんなことを思い出したかというと、「この日一番偉い人」である農家のおっちゃんたちが大将のお店の前で大声で言い争いをはじめたからである。
「デオ、おめえ俺を誰だと思ってんだ! 農家だぞ? 感謝しろ!
俺がいなけりゃおめえは商売ができねえし、パンも食えねえじゃねえか!
商人だかなんだか知らねえが、いつもいつも値切りやがって!」
「うるせえ。値切ってんじゃなくて、お前が吹っ掛けてんだろが!
言わしてもらうがな、ペッピの麦は高く買えるような出来じゃねえんだよ!」
「てんめえ、俺の麦にケチつけやがったな。
頭に来た、表に出ろ!」
「おう、やってやるよ!」
そこ、既に表なんだけど。
と呆れて見ていたら、酔っぱらいどもはなぜか肩を組んで店の中に入ってきた。
仲良しかよ! 帰れ!
席に向かうふたりの前に、女将さんのエルマさんが立ちふさがる。
「あんたら、ここは定食屋だよ?
酒なら表の屋台に戻りな」
「あ? 定食屋?
ちょうどいいや、腹減った。
肉の定食くれ」
「俺も」
「ないよ」
エルマさんが一言でぶった切る。
「表に書いてあるでしょ? <臭い定食専門店、臭い屋>って。
ウチはツウ向けのものしか置いてないんだよ。
素人さんはまあ臭くて食えないね。
あんたらには無理だから帰んな」
「誰が素人だ? なめんなよ。
よし、それ持ってこい」
「俺も」
「マネすんな、ペッピ!」
「静かにおし!」
「あ、はい」
エルマさん強し。
「そこまで言うんなら出してあげてもいいけどね。
絶対に残すんじゃないよ。
残したらお代倍だからね」
「面白えじゃねえか、やってやらあ!」
器に盛るだけなので、定食はあっという間に出てくる。
「早え!
そんでこれがその臭えやつか。
魚の汁と豆とピクルスと、」
「臭え!
あとこの豆、腐ってんじゃねえか!」
商人さんの解説中に早速臭いを嗅いだ農家さんがお約束の叫び声を上げた。
「そういうもんなんだよ。食べ方を教えてあげるからやってみな」
エルマさんが、お勧めの順番付きで食べ方をレクチャーする。
塩辛オン白米をアラ汁とぬか漬けを挟みながらかっ込み、続いて納豆オン白米をアラ汁を温存してかっ込み、残りのアラ汁で一息ついたら、最後に小盛の白米に残った塩辛とぬか漬けを乗っけてお茶漬けで締め。
生もの系→発酵系→火を通したので〆。
なるほど、これなら味に変化があって飽きない。今度家でやってみよう。
おっちゃんたちは「さ、食べてみな」の声に促され、おっかなびっくり食べ始めた。
そして――。
「女将さん、おかわり!米少な目で、豆はいらねえ」
「俺は米とナットーだけおかわり」
「はいよ!」
おかわりは、店主自らの手によってすぐに運ばれてきた。
「お待っとう。気に入ってくれたみてえでありがとよ」
「おう、すげえ気に入った! 臭えけどものすげえ美味え!」
「だろ? けど、それがわかんねえやつばっかなんだよ。
朝から店開けてて、気に入ってくれたのお前さんらの他には2人だけしかいねえ」
「そっか、どうりで祭りなのに客がいねえと思った!
潰れんじゃねえか?」
「ほっとけ!」
「おう、ほっとくわ!ヒャハハハ!」
あーあ。大将、隣の席に座っちゃったよ。
ヒマだもんね。
その他のお客さんは「裏メニュー」の鶏のトマト煮を食べ終わりそうな常連さんっぽい人だけ。
客じゃない私を入れても90席中4席しか埋まっていない。惨憺たる有様とはこのことだ。
試食の時にはひょっとするかもとか思ったけど、全然ひょっとしなかった。
だよねえ……。
前世の異世界ものの影響で、食チートは簡単にできそうなイメージがどこかにあったけど、そう簡単にはいかない。
まあ、そういうのやりたかったら納豆と塩辛なんか推すなっていう話なんだけど。
でもそうかあ。美味しいのに。
午前中に師匠と屋台を回ったんだけど、しょっぱい系が続いたこともあって飽きちゃったんだよね。美味しかったけど味濃かったし。
そんで口直しに遅めのお昼で大将のところに来たら、スカスカだったってわけ。
「いやあ、狙い通りだな!こんな楽な祭りは初めてだ!」
「ほんとに。あんたいいこと思いついたわね!」
大将も女将さんもご機嫌なのでよかったけど、ちょっと心配になった。
なので、さっき呼び込みでもしようかって言ったら、店長は笑って首を振った。
「俺、昔調べたんだけどよ、『騙されたと思って食ってみ?』って食ったヤツが『騙された』って言う割合ってどんだけと思う?」
そんなこと考えたこともなかったけど、まさか統計を取っていたとは。
「んー、半分以上はあると思う」
「甘え。八割だ。
今度の定食は特に臭え系だろ?お勧め厳禁だ。
俺の勘じゃ、このまま一日やっても気に入ってくれんの10人くれえだろうけど、そんでもダメ」
「大将がそれいいんだっらいいけど」
「いいんだよ。これで店終わったら母ちゃんと飲みに行けんだから」
「あ、そういうことか」
「去年までは店終わって片付けしたらぶっ倒れるだけだったかんな。
やっと祭りを楽しめっかと思うと機嫌もよくなるってもんだ」
ほんとにこれが希望通りってことなのか。ならOK。
私が安心して帰ろうとしたら、店長が突然声を上げた。
「あ! そういえば今年はジョゼがいねえんだった!
ガキどもの面倒見るやつ頼むの忘れてた!
誰かいねえかなあ……」
わざとらしい。チラチラ見んなし。
「ほんと誰かいねえかなあ。今なら試食券じゃない無料券10枚つけんだけどなあ……」
「あーはいはい。やりますよ。どうせ夜はやることないですから」
ジョゼもパトリツィアも貴族令嬢なので、今日は家にいる日だ。
感謝祭の主催者は王と貴族。
王都では、貴族当主は王宮でまじめに祭りを運営し、家族は家で静かに感謝を捧げるのが習わしなのである。
「教訓」はしっかり受け継がれているわけだ。
実家から離れている田舎貴族の子供は例外。
というわけで気楽な私は、店の隅でたまに来るお客さんの反応を楽しみながら、お手伝い開始まで時間をつぶした。
しっかり数えていたけど、ペッピさんたちみたいに喜んで食べてくれたのは結局9人。
食通ぶって注文したけど途中でギブアップした人が6名。
大将の統計を大きく超える割合ではある。
でも、その前に、店を覗いたお客さんの大部分がエルマさんの説明を聞いて入るのを止めているのよね。
まあコアファン9人を獲得した思えばいいか。
ナンチャーラ米の世界制覇に一歩前進ということでどうかひとつ。




