寄ってくるヤツ
作戦の中身を知らない私にできることほとんどないけど、当日の連携のためブルーナさんとはコミュニケーションを取っておいたほうがいいなって思って、放課後お茶に誘った。
パトリツィアとジョゼにも声をかけたが、ヴァンナさんがスイートポテトを改良したそうで試食に行った。
納豆がお通じに効く理由を尋ねられ、私が食物繊維のことを話してから、ヴァンナさんはすっかりその研究者と化した。
お友達に色々配って、なんか便秘解消の伝道師みたいな感じになっているらしい。
別にいいんだけど、彼女はどこに向かっているのだろう?
いいなあスイートポテト。
一度食べたけど、ヴァンナさんの美味しいんだよなあ。
ジョゼは「ビアっちもブッチして来ればいいじゃん」って言ったけど、こっちから誘っておいてそんなことできるわけないでしょ?
ブルーナさんは北東部の港町の出身。その領主ロッロブリジダ伯爵の三女である。
私が設定したと思うんだけど、記憶を探っても覚えていなかった。
ごめんね。
だがそのブルーナさんは、設定とかどうでも良くなるくらい面白い子だった。
見た目真面目なご令嬢なんだけど、掘るとどんどん出てくる。
第一優先はもちろんお芝居で、将来は地元の伯爵領に劇場を作るのが目標らしい。
他には「観劇の目を養うため」に人間観察もしているそうで、クラスの様子もシレッと観察してるんだって。
で、その観察結果に基づいた男子の将来予測がエグかった。
「死ぬまで堅実に領地運営をしますね。一言で言えば現状維持の達人です」とはアレ君。
「中途半端に出世します。奥さんのお尻に敷かれますね」はリコ君。
ニコロなんか「家名に負けて身を持ち崩します。今が彼の人生のピークです」だよ?
真顔で断言。なんとなく当たってそうなのがすごい。
ちゃんと話すのは初めてだから私も貴族モードだったんだけど、ニコロのところで我慢できずに噴いた。
私は?って訊いたら、「それは次の機会に」って初めてニコっと笑った。
気になるけど、彼女とはまたお茶したい。何言われるか覚悟を決めながら楽しみに待っていようと思う。
王子作戦のことは「臨機応変で」という結論にしかならなかった。
ニコロの「秘密のアイテム」も謎なままだし。
でもブルーナさんなら何が起こっても動じなさそうだな、となんか安心した気持ちになった。
水曜日の放課後、王子一派は固まって教室を出てゆき、サークル棟への渡り廊下のところで二手に分かれた。
王子たちがサロンへの階段を上っていくのを柱の陰から確認して、私たちは作戦を開始した。
5分ほどすると、パトリツィアが派閥の子とサロンに向かい、やがてヤッキオ君を連れて階段を降りてきた。
無事連れ出しに成功したみたいだ。
ヤッキオ君はこっそり見ている私たち気づかず、急ぎ足で教室へ向かう。
ちなみに連れ出す理由は、大切なハンカチが風に飛ばされて教室の外の木に引っかかってしまった、というもの。
事実その通りになっている。ただ、風はアレ君派の男子が魔法で起こしたものであるが。
ここまでの時間は15分くらい。
マルコたちの会議時間は1時間くらいだから、あまりのんびりはしていられない。
私たちが偶然みたいな顔をして、楽しげにおしゃべりしながらサロンに入ると、王子は奥の椅子にひとりで座っていた。
私たちを見て体を硬くしたので微笑んで会釈し、入口近くのテーブルに着席した。
「でさ、やっと手に入れたのがこれ!」
話の続きのようにニコロがテーブルにバスケットを置く。
秘密のアイテムかな?
「なにそれ?」
「あれえ?スラちゃん聞いてなかった?
だからあ、レジェ菓子店のフランだってば」
「レジェのフランですか。よく手に入りましたね」
ブルーナさんは知っているらしい。
「学園をさぼって朝早くから並んだからね。
一番乗りかと思ったら僕の前に3人いた。超びっくり。
そりゃ手に入らないわけだよねえ」
「すごいですね」
「すごいよね、僕。この前のお礼なんだけど、普通のものじゃかっこ悪いっしょ?
だから気合入ました!的な?
あ、ちょっと待ってね、お茶淹れてくる」
何のお礼かわからないけど、そんなお菓子なら食べたい。
てか、秘密のアイテムは?
場を盛り上げてから出すつもりかな。
サロン備え付けの魔道具でお茶を淹れたニコロが戻ってくる。
「さ、召し上がれ」
「いただきます」
ブルーナさんが小さく祈りのポーズをして、お皿に取り分けられたフランに躊躇なくフォークを入れる。
フランはアーモンド風味の焼き菓子。
実は、私はこれが前世含めての初フランだ。日本にもあったけど、食べたことはなかった。
実食。
うん、間違いない。
丸い筒状の生地のホロッとした食感と、中に詰められた重めのクリームのバランスが絶妙。
どうやって作るんだろ。パクれないかな。
生地は筒状にするのが難しそうだから、いっそのこと下に敷くかたちにして、そんでクリームは……。
「あの……」
「あ、すみません」
パクる方法とか考えている場合じゃなかった。
って横を見たら、王子がいた。
「あの……、フラン、僕も食べたいなって……」
「え?」
「あ、ダメだよね。ごめんなさい……」
悲しそうに引き返そうとする王子の手をブルーナさんの手がガシっと掴んだ。
「アドルフォ殿下。どうぞお召し上がりください。
よろしければこちらにお座りになりませんか?」
「え?あの……」
王子の目がブルーナさんとフランを行ったり来たりする。
「……いいの?」
「もちろんです。
みなさんも構いませんよね?」
「はい。殿下、どうぞこちらに。
ご一緒出来て光栄です」
すかさずニコロが柔らかな声で後押しする。
「うん。じゃあ……」
王子は空いていた椅子にちょこんと座った。
思ったより大胆にフォークを入れて、大きめの塊を幸せそうに頬張る。
私は初めて至近距離で見る愛くるしさに声を出すことも忘れていた。
うわあ、なんだこれ、持って帰りてえ……!
「殿下はお菓子がお好きなんですか?」
「うん。好き」
「私も大好きなんです。
このフランもとても美味しいですが、中央広場近くのお店のカンノーロも美味しいですよ?
ご存じですか?」
「ううん。知らない」
「そうですか。では今度機会があったらここにお持ちしますね。
ほんとはご案内したいのですが、外に出かけるのは難しいでしょうから」
「ありがとう、ロッロブリジダさん!」
殿下ニッコニコ。
ブルーナさんすげー。
あっという間に手懐けちゃったよ。
「では殿下。毎週水曜日はここでお菓子パーティーというのはいかがでしょう?」
「うん!
あ、でもマルコに叱られる……」
期待に輝いていた王子の顔が曇る。
「問題ありません。
マルコ様は鈍感です。戻る前に終わってしまえば気づかれません。
私が王都の美味しいお菓子を厳選して参りますから、それを召し上がったらすぐにお開きにしましょう」
「でもヤッキオもいるし……」
「彼は小物ですから僕なら簡単に説得できます。お任せください」
この人たちたち、いちいち毒舌混ぜないと気が済まないのかな。
「じゃ、じゃあ、ヤッキオがいいって言ったら」
「かしこまりました。
そのようにさせていただきます。
さて、ちょうどフランもなくなったことですし、僕たちはこれで。
今日のことはマルコには秘密ですよ?
ヤッキオ君を説得できたら、また来週ここでお会いしましょう」
「うん! ありがとう!」
気持ち悪いくらい優しいニコロの声に王子もキラキラの笑顔を返す。
「さ、反省会しよっか」
サロンを出て見張り組と合流したところでニコロが言った。
「そうしよう。正門前のカフェならまだ開いているな。
先に行って席を取っておく」
早足で階段を降りるアレ君の向こうから、サロンに戻るヤッキオ君が駆け上がってきた。
それをニヤリと見送って、私たちはパトリツィアを回収に教室へと向かった。




