ブルーなヤツ
その日以来、私たちはジョゼに引っ張られて親方室、じゃなくて教授室に時々顔を出すようになった。
パトリツィアが研究費の供給元である侯爵様の孫娘であることを思い出した教授がNGワードを定めたため、ヤンキーどもの口から汚染物質が漏れてくることはなくなった。
そうなれば、私も特に行くのを渋る理由はない。
ジョゼはステっち先輩に前以上になついているし、学園内で気を抜ける場所を見つけたパトリツィアも擬態を解いてくつろいでいる。
一瞬復活した「ジョゼ×ステファノ」への期待は、ジョゼのワンコポジが動かないのであっけなく散った。
ステファノもかわいがってはいるけど独占する感じではなく、なんというかよく遊びに来る隣の家の犬をモフり回すみたいな距離感だ。
ぐっしゃぐしゃにかき回された銀髪がひどいことになるけど、見かねた教授が魔導ドライヤーを開発したので修復は簡単になった。
まあ、正直居心地は悪くない。
元をただせば、私たち3人は元野生児、元ヤンキー、元やさぐれ会社員である。つまり根が雑なのだ。
荒いけど裏表のない鉱山風の空気に馴染めないわけがない。
もちろん部屋の主たちは着々と研究を進めている。
というか、ジョゼをモフった後、私たちはほぼ放置だ。
お菓子を食べながらおしゃべりするこちらを気にすることなく、熱い議論を交わしている。
ステファノは「親方、やっぱ現場じゃねえとデータ検証できねえ。次いつ行くんだ? 冬か?」って、また行く気満々だ。
それに備えてなのか、彼の筋肉はさらに成長している。
入園の頃の面影は既になく、見た目の筋肉量は細マッチョのマルコを上回った。
このままだと近い将来ゴリマッチョ化することはほぼ確実である。
詳細は決めなかったが、ボツったバトル版のキャラは戦隊モノをイメージしていて、ステファノは後衛の知性担当枠、色ならブルーだった。
それがゴリゴリのタンク体型に。しかも魔法職。知性は健在だけどヤンキー。
属性盛りすぎだって。
でも私は敢えてこう言わせてもらう。
いいものはいい!
顔もいいし筋肉もいい!
ゆえに属性など関係ない!
私は鑑賞者であり、最重視するのは見た目一択である。
敵の時には設定した自分を恨んだが、こういう形に成長してくれたのなら文句はない。きっとあれは幼体だったのだ。
バトル版は投げやりな雑設定だったけど、雑さがいい方に転がることもあるんだね。
ただ、これが単なるラッキーなのはわかってる。
だから、ちゃんと設定した本編キャラにはそんな期待はしない。
マルコとニコロ。
君たちはそのままでいい。
特にニコロ。何を考えているかわからない腹黒チャラ男が嫌な方に進化したら、すごく困る。
見るのは嫌いじゃないけど、身近でドロドロした陰謀とか血なまぐさいこととかが起きるのはマジ勘弁だからね。
そしてもうひとつ。
鑑賞対象としてではなく、クラスメイトとして気になってしまうのが王子の現状だ。
相変わらずかわいいのはいいんだけど、小動物なので放置する罪悪感がすごいのだ。
確か、ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ。
夏休みの終わりにジャンニがキレていたが、効果はなかったようでマルコは王子の傍にぴったり貼りついたままだ。
王子派には他に男子がふたりいるのだが、彼らは王子よりマルコを気にしている。
どうやらマルコの父親、フェルナンディ騎士団長の部下の子息らしい。
マルコの忠誠心は本物っぽいが、その部下ポジのふたりはマルコの命令で護衛してるだけ。言ってしまえばマルコ派。
つまり王子派の実態は、ボッチの王子がマルコ派に監禁されているみたいなものなのだ。
Sクラスの派閥構成は、その王子派が変わらず4名、パトリツィア派がふたり減って4名、アレッサンドロ派がひとり増えて6名、その他4名ってとこだ。
コンシリアの一件で多少増減した。
パトリツィアと仲がいいのを隠し通すのは厳しくなってきたので、観念して私もパトリツィア派に入った。
で、その最大派閥を率いる辺境伯令息に、昼休みにこそっと相談してみた。
派閥の女子たちは自作クッキー持ちより会で盛り上がっている。
「ねえアレ君、アドルフォ殿下なんだけど、さすがにマズくない?」
元々身分をひけらかす人じゃないし、辺境同士ということでだいぶ仲良くなったから話しやすい。
「うーん。僕もそう思うんだけどねえ……。」
アレ君は窓際で固まる4人をチラッと見て顔を曇らせた。
「ほら、君も見てたよね?
最初の頃色々やってみたんだけど全然うまくいかなかったんだ。力不足を痛感したよ」
「いやいや、アレ君が力不足だったら私なんかそのへんのスライムだよ。
でも、相談すれば何かいい方法を思いつくかもって思って」
「確かにね。
それなら他のみんなにも話して、近々集まろうか」
「うん。パトリツィアさんも協力してくれると思う」
「すばらしいなあ。僕も協力させてもらっちゃおうかな?」
突然軽薄な声が割り込んできた。
「ニコロ。聞いていたのか?」
「うん。あ、聞き耳なんか立ててないからね?
なんか耳に入ってきた的な?
そしたら感動的な話じゃん?
なら僕も協力するっきゃないっしょ」
「そうか。もちろんぜひお願いするよ。
君は軽薄に見せているが、誰より人を観察してるだろう?
いいアイディアを出してくれそうだ」
「うっわー、アレ君鋭ーい。
でも買いかぶり過ぎー。見せてるんじゃなくてただ軽薄だけなの。
まあ観察はしてるけどねー。
じゃあ日程決まったら教えて。
あっと、ランチデートに遅れちゃうよ~」
「まったねー、スライムちゃん」って手をヒラヒラさせて、ニコロは鼻歌を歌いながら教室を出ていった。
ちっ、不意を突かれた。
私はアレ君に確認する。
「いいの? あの人めんどくさそうだよ?」
「いいと思うよ。こちらには彼を仲間外れにする理由なんかないしね。
それに、本人も観察してるって言ってただろう?
向こうから言ってきたっていうことは、ほんとに何かアイディアがあるのかもしれない」
「ならいいけど……」
確かに、私の要注意人物だっていうだけで断るわけにもいかない。
私が勝手に警戒しているだけで敵意を向けられているわけでもない。
まあアレ君や他のクラスメイトもいることだし、そこまでピリピリすることもないか。
これでちょっとでも進展があればいいんだけど。
後でパトリツィアとジョゼが家に来たら、内輪でも相談しておこう。
師匠も何かアドバイスをくれるかもしれない。
あとは、アンネッタさんにもパトリツィアが動いていいかどうかお伺いを立ててみようかな。
なんて考えながらボーっと王子を見てたら、それに気づいたマルコがつかつかとこちらに歩いてきた。
「殿下に何か用か」
おっかな……。モノを見る目だ。
「いえ。特に」
「ではなぜ見る」
「……えっと、なんとなく?」
「無遠慮に見るな。失礼だとは思わないのか」
じゃあ学園に来んなよ。
と思ったが、怖いのでとりあえず謝る。
「申し訳ありません。以後気をつけます」
「そうしろ」
マルコは感情のない声でそう言って、踵を返した。
背中を見送ると、その向こうで様子を見ていた王子と目が合った。
一瞬、唇が何か言うように動き、すぐに視線は逸らされた。




