デビューしたヤツ
学園の門をくぐったら、ヤンキーがいた。
だらしなく着崩した半袖のシャツ、右手に持った制服をバスタオルみたいに肩にかけて、鞄も待たず、薄汚れたブーツを引き摺るように、私の前をダルそうに歩いている。
前世のマンガで見た不良アイコンがてんこ盛りだ。
いたなあ、夏休みを境にそっちに行っちゃうヤツ。
設定していないのに、この世界にも湧いちゃうのか。
夏休み前まではこんなのはいなかった。中身ヤンキーのジョゼだって外見はちゃんと貴族令嬢してたし、男子はさらに美形だらけ。目の毒要素なんてなかったのに。
この世界は現実であることはちゃんとわかってる。でもさ、私の作った乙女ゲー世界が壊されていく感じがして何気にキツい。
「はあ……」
まあしょうがないんだけどさ。鑑賞派としては、新学期早々がっかりだよ。
見ないように視線を落とし、校舎までの長い道を歩く。
「お? ビアンカじゃねーか!」
突然降ってきた大声に、私はビクッとして顔を上げた。
さっきの不良が私を見下ろしていた。
……おい。
「久しぶりだな!
つーか、おめー全然成長してねえじゃねーか。
食ってんのか? ちゃんと食わねーとおっぱいでかくなんねーぞ?」
第一声がセクハラ。
「やめて」
「おー! そのイラついた感じもまんまだな!
小魚食え小魚! ガハハハ!」
「誰だてめえ」
父さん流に相手と口調を合わせて、私は静かにキレた。
「お? わかんねーのか?
ま、そうかもな。俺も休み中に一皮剥けたからな。
あ、剥けたっつってもチンポコのことじゃねーぞ、ガハハハ!」
最低。
「俺だよ俺、ステファノ!」
知ってるよ!
でも知らない! 何なのそのキャラ!
「ごきげんよう」
私は一言だけ告げて教室に向かったスタスタ歩き出した。
ついて来んなよ?
「あ、おめーそっちか。俺はこっちだ」
よし、あっち行け。
「んじゃ後でな! ヤマの話聞かせてやっから楽しみにしとけよ!」
後でいらない。
鉱山で何があったか知らないけど、最悪のキャラ変だ。
「ビアンカさん、おはようございます!」
「わっ!」
後ろから声をかけられ、私はまたビクッとして振り返る。
「パトリツィア~、びっくりさせないでよ。おはよー」
「ビアンカさん、話し方」
「あ。失礼しました」
まさかパトリツィアに言葉遣いを注意されるとは。
擬態完成してる。
「で、ビアンカ。悪よね?悪が復活したのよね?」
崩れた。でも、内緒話だからいいか。
「見てたの?」
「うん。また私の出番? 出番?」
嬉しそうだね。悪が復活したのに。
「どうかなあ。バカになったけど悪いことは考えてなさそうだけどなあ」
「そうなの?」
「わかんないけど」
「じゃあ偵察だね!」
なんでそうなる。
「潜入捜査しなきゃ。前みたいに」
「やらないよ? あと、あれは潜入じゃなくて突撃だから」
「えー? やろうよお」
「やだ」
ひそひそ押し問答をしているうちに教室に着いたので、結論はお預けになった。
絶対に行かないからね?
――捕まった。フラグ立てるんじゃなかった。
「そんでよ、ダーニの野郎がピーピー泣きながら走って来てよ、何だと思ったらケツにワームくっつけてやがんの。ワームの穴の上に座るとかバカかっつーの!」
「ケッケッケ! でもワシが思うに、一番バカはチェスコじゃな!
何じゃ『赤いから食える』って。アダマンタイト化合物は毒じゃぞ?」
「いや親方、その前に鉱石は食えねえから!」
「そりゃそうじゃ! ケッケッケ……。
あ、ステファ、ここでは教授と呼べ」
「あ、さーせん!」
「あのー、もういっすか? あーしら意味わかんねーっすけど」
しびれを切らしたジョゼが割って入った。
放課後、朝のことを忘れてクラスのみんなと近況報告しあってたら、ステファノが押しかけてきて、パトリツィアといっしょに拉致られた。途中でジョゼも。
そんで、わけのわからないまま楽しい鉱山エピソードを聞かされているのだ。
「あ? そうだった。わりいワンコ、忘れてたわ」
ジョゼはやっぱワンコだった。
「んじゃ、また金玉蹴られる前にこれだ!」
スルースキルを発揮したパトリツィアは、今回は赤面することなく、テーブルにドンと出された石に黙って視線を移した。
「なんすか、これ?」
「ミスリル鉱石じゃな。
奥で発破をかけたら、新しい鉱床にぶつかったんじゃ」
「すごいじゃないですか!」
普通の異世界もの同様、この世界でもミスリルは「超貴重」設定だ。
その鉱床の発見?
大手柄だ。そりゃ前歯なんか簡単に治せるわけだ。
白衣も新しくなってるし、もうちょっと磨いて若作りすればイケオジ枠に入りそうである。
「教授、なんかかっこよくなりましたね」
「はっ! お前の目は節穴か? 元からじゃ」
元から変わらないのは態度の方だと思う。
「そうでしたね。なら、鉱床の発見で王様と謁見することになっても安心ですね」
「もう呼ばれたわい」
教授が嫌そうな顔で言った。
「そうなんですか?」
「うむ。あの小僧、儂に伯爵をやるとか言い出しおった。
けっ! 伯爵なんぞ誰がなるか。
爵位が好きなら公爵辞めとらんわい!」
それは私でもわかる。
王様、自分から貴族を辞めた人をまた叙爵してどうすんのよ。
「その代わり、ランドルフォに言って研究費をぶんどってやった!」
「おめでとうございます」
「うむ。ほとんどは儂の力だが、お前たちがきっかけを作ったおかげでもある。
この石はその礼だ」
「え? 私たちに?」
まさかそういう話だとは思ってなかった。
「おお! わかんねーけど、センセ太っ腹だな!
これ売っぱらったら冷蔵庫買えんのか?」
「500台くらい買えるな」
「なんだそれ、すげー!」
ジョゼは大喜びだけど、どうしたらいいんだろう。
パトリツィアは資料盗み出して報告しただけだし、私なんて最初にドアをノックしただけだ。ジョゼに至ってはほぼ無関係。
「貰っとけ」
ステファノが明るい声で言った。
「まあ、鉱山送りは罰っちゃ罰だったけどよ、終わってみりゃいいことばっかだった。
現場で発破ガンガンやって、データ取って、仲間もできて、鉱床も見つけて、そんで研究費も稼いだ。別に経歴に傷はついてねえしこの後にも影響はねえから、好きなことがやれる。
そんでその好きなことも見つかった」
「そっか」
「うん。おめーらがいなかったら、俺たちは鉱山に行くことはなかった。それは確かだ。
おめーらはそんなこと思っちゃいなかっただろうが、結果的に俺たちの人生を変えたっつうわけだな」
ステファノは日焼けした顔でニカッと笑った。
設定とは違ってワイルド系に振れ、体格もガッシリしてしてきている。半袖から覗く上腕二頭筋はかなり上質だ。
敵は消えた。
顔は元からだけど、性格も含め評価を上げざるを得ない。
よかった。最悪じゃなかった。乙女ゲーのビジュ的にこれはこれでアリだ。
「ステッチ先輩、カッケーっす! 前と全然ちげーっす!」
「ったりめーだ! ウンコとワンコぐらいちげーんだよ!」
評価は秒で下がった。
「ぷっ!」
「ぎゃはははは! なんすかそれ、ウケる!」
パトリツィア、そういうので笑ってはいけません!
「そうだ、とっておきの情報を教えてやる。
覚えとけ」
ステファノはカッと目を見開いて叫んだ。
「硫化水素泉の中で屁ぇこいても絶対にバレねえ!」
くっだらねえ……。
「りゅ? なんすかそれ?」
「あーそっからか。説明すっぞ……」
お下品ズの話が終わりそうにないので、私はパトリツィアを促し、ミスリル鉱石を手に教授室から急いで退散した。
ジョゼはともかく、未だピュアな侯爵令嬢に下品が感染るのは、絶対に阻止しなければならないからだ。




