ブレイクスルーなヤツ
翌日の放課後、あっさり入館できた研究棟の教授室の前で、私たちはドアの外まで響く声を聞いていた。
「よし、昨日より効率が良くなっている! 菓子食ってよし!」
「あざっす! あとステっち先輩、頭も撫ででほしいっす!」
「もちろんだ! お前は毛並みがいいからな!
よーしよしよし、次も頑張れ!」
毛並み……。
もう見なくても何が行われているかわかる。
犬の訓練だ。
絶対に乙女ゲー展開じゃない。
ちょっと期待した私がバカだった。
「入らないの?」
パトリツィアがひそひそ訊いてくるけど、どうしようかなあ。
目的はもう果たしたっちゃ果たしたんだけど。
でもまあ、せっかくここまで来たんだから行ってみるか。
隣で捜査官がうずうずしてるし。
私はドアをノックした。
話し声が止む。
「あ、ジブン見てくるっす」
パタパタと足音が近づいてきてドアが開く。
「あれ? ビアっちとお嬢!」
嬉しそうなジョゼの髪がボサボサになってる。
どんだけモフられたんだか。
「どした? センセに用事か?」
「え? ああ、まあそんなとこかな」
「そか、まあ入って入って。
センセ、ビアっちたち来たぞー!」
「ひらん! 帰れ!」
振り返って告げたジョゼの言葉に、教授は本から顔を上げずにそう返した。
文脈的に「ひらん=知らん」だね。
あ、前歯の息漏れか! 確認事項追加だ。
「いや、あーしのダチだから。話聞いてやって」
「ほうか、ならひょうがないな。
要件はなんだ?
ワヒは多忙なんじゃ。早く言え」
本から顔を上げ、教授はいきなり先を急かした。
ワヒの前歯確認完了。
あ、そんで要件ね。
「ええと、掃除用の魔法ってないかなと思いまして。クリーンとか」
私は昨夜考えた要件を切り出す。まあクリーンはあるなら欲しいし。
「クリーンじゃと?
ほんなものはない!
だいたい掃除など使用人にやらせればよかろう」
「いえ、ウチは貧乏男爵家なので、使用人はおりません」
「ほうか。なら自分でやれ」
「はい、了解しました。
お時間を取らせてすみませんでした」
さっさと引き上げようと思ったところに、ジョゼが不満げな声を上げた。
「センセ冷たい! 頭いいんだから、考えてくれてもいいじゃん!」
「う。考えるまでもなく無理なんじゃけどな。
ほうじゃ、ステハノ、試験じゃ。無理な理由を簡潔に述べよ」
「え?」
説明を丸投げされたステファノは、一瞬ポカンとしたあと面倒そうにため息をつき、私に顔を向けた。
「いいか?阿呆にもわかるように説明してやるからよく聞け阿呆。
まず掃除の手順を考えれば、掃除魔法は複合魔法になることは確実だ。
除去するべき汚れの特定、それの除去、除去したものの処理、少なくとも3つの魔法を組み合わせる必要がある。
特定が無属性魔法の鑑定、除去が風魔法か水魔法またはその両方、処理は火魔法か風魔法か。
その上、それを家全体に使うとなると範囲魔法化しなければならない。
やるとすれば各魔法の上位魔導師数人がかりの作業になるだろうな。
全くもって無駄だ。
阿呆でも掃除人をひとり雇った方がマシだとわかるよな?
つまりクリーンは開発する価値がない。皆無だ。
以上、わかったか阿呆」
「わかったけど、アホアホうっさい」
「なんだと?」
「なによ?」
私たちは立ち上がり、にらみ合った。
「80点」
「なぜですか? 完璧に説明したはずです!」
だが、そんなことは一切気にしない教授の一言で、ステファノの怒りの矛先はあっさり私から外れた。
「まず手順は最低4つじゃ。汚れが何かを特定する前に、ほれが汚れかどうかを判断する必要がある。
次に処理方法じゃが、火魔法を使って家に燃え移ったらどうするんじゃ。
ほれから、風で散らひたら埃を集めた意味がないじゃろ。風を使うならその前に土魔法である程度固める必要がある。それなら端から土魔法を使った方がいい。
あ、間違いは三つじゃから30点減点か。70点じゃな。後で肩を揉め」
「くそっ!
お前が余計なことを持ちこんだせいで!」
矛先がこっちに戻ってきた。
「そんなめんどくさいとは思わなかったんだからしょうがないじゃん」
「そのくらいわかれよ阿呆」
「わかってたら来ないわよ。
だいたい私は詳しい説明なんか頼んでないし。
なんか魔法の波みたいの一発でザーッと流せないかとか思っただけなんだから、できないって一言言えば十分だったのよ!」
「じゃあ最初からそう言え阿呆!」
「うっさい馬鹿!」
「なんだと?」
「待て!」
ヒートアップしかかったところで、再び教授の一言が割り込んだ。
見ると教授が私をにらんでいる。
「お前、魔法の波と言ったか?」
「あ、はい。言ったかも」
「ふむ、波か……。
……ステハノ、仮に魔法が光と同様に波じゃとすれば、魔法属性はどう解釈する?」
「……。ええと、そうですね……。波長の違いでしょうか……。あっ!」
「ほうじゃ、波長があるなら変調ができるはずじゃ。つまり全ての魔法の属性を自在に変えられることになる。例えば、相手が火魔法を放ってきても、それを水魔法に変えられるのじゃ!」
「逆に水魔法で爆発を起こすことも!」
「ほのとおりじゃ!
いや待て。ならば魔力量ではなく、魔法のエネルギー量自体を測れるのか⁉」
教授は一瞬考えを巡らせ、スクッと立ち上がると、数式で塗りつぶされた黒板の一部を汚ない袖で拭い、そこに新たな数式を書いた。
mE=Nhν
「いいかステハノ、これは仮説のひとつに過ぎん。だがワヒの勘では正ひい。
証明されれば、魔法は間違いなく復権する。
いや、魔法変調の方法だけわかれば十分か。証明はその後じゃ」
「とりあえず実験ですね!」
「ほうじゃ、まず実験用魔道具の準備だな。頼めるか?」
「わかりました! 必要なスペックを洗い出しましょう!」
「うむ。必要なのはじゃな……」
うん。さっぱりわからん。
あと聞き取りにくいので歯を治せ。
魔法議論なんか最初から聞いてないジョゼとパトリツィアは、勝手にお茶を淹れてお菓子食べてる。
今最後の一個がパトリツィアの口に消えた。
「パトリツィア、帰るよ」
「うん」
「あーしも帰る。
んじゃ、センセと先輩、お先っすー」
ジョゼの声にふたりが振り向く。
「ほうか。
ほうだ、お前! 名前は何だ?」
「あ、1年のビアンカ・ナンチャーラです」
「ほうか。
研究が上手くいったら褒美を出す。何がいいか考えておけ」
「え? いいですよそんなの。難しいことわかんないし」
「馬鹿かお前! 自分が何をひたのかわからんのか⁉
お前は魔法の革命のきっかけを作ったやもひれないのだぞ⁉」
「あ、そうなんですか?
じゃあお金ください」
「わかったわい。じゃあとっとと帰れ。邪魔じゃ」
律儀だけど言い方! 私は革命を起こしたんだぞ?
知らんけど。
研究棟を出て人目がなくなったところでパトリツィアが足を止めた。
「ビアンカ、ジョゼ、ありがと!
ふたりが教授たちの目を引き付けてくれたおかげで、重要な証拠を発見した!」
そう言ってパトリツィアは鞄からひと綴りの紙束を取り出した。
その表紙には次のように書かれていた。
「王宮爆破計画」。




