転がすヤツ
「だからあ、あんなグダグダな戦いで達成感とか出しちゃダメなの!
恥ずかしいでしょ⁉」
私はテーブルをバシバシ叩く。
昨日は、そのまま帰すわけにもいかないのでふたりを家に連れて帰った。
師匠に風魔法で制服の埃を飛ばしてもらい、皺を伸ばし、髪をざっくり整え、「明日午前中に改めて来なさい」と告げてから、師匠にそれぞれの家まで送ってもらった。
明けて今日、普段なら少し寝坊してまったりしている土曜の午前中に、私は泡を飛ばしてふたりにお説教しているのだ。
「だいたいね、ビアンカは全然わかってないのになんで喧嘩しようとしたわけ?
アンネッタ様、もう一回ビアンカがなんて報告したか教えてください!」
「あ、はい。えと『学園で悪と戦って仲良くなった』って」
「ありがとうございます。
それじゃわかんないでしょ⁉ あと全然違うから!
悪は嫌がらせしたあんたの取り巻きたちだからね?」
「うん。さっきも聞いた」
「ビアっちクドイ」
「ねー」
「ねーじゃありません! クドクド言わなきゃわかんないでしょ⁉」
誰のせいだと思ってるの!
「ビアンカちゃん、一回落ち着こうか」
師匠の苦笑を含んだ声で我に返る。
……熱くなっちゃった。
私は一旦冷めたお茶で口を湿らす。
そうなのだ。
今回の件は、ざっくり言えばパトリツィアが悪い。
状況を理解していないのに取り巻きA、えっとコンシリアの言い訳をあっさり信じたりしなければ、こんなことにはなっていない。
バトルについては一旦置くとして、帰宅後の報告も最悪だ。
あんなんじゃ誰もわかんねえよ!
おかげでアンネッタさんまで来ちゃったじゃんか。
「待ちに待ったお姉様の暴走」みたいな期待に溢れた顔で。
今はなんかジト目でこっちを見てる。
あれ? もしかしてご機嫌損ねた感じ?
後が怖いので、何か喜びそうな話をした方がいいかも。
でもその前に、言うことは言っておかなければならない。
あの戦い方についてだ。
あれじゃあ万一どこかで暴漢にでも遭遇したら、ふたりとも太刀打ちできない。
王都は治安がいいとはいえ、そういう輩がいないわけじゃいからね。
貴族の勢力争いで子女がターゲットになる可能性だってあるんだし。
「じゃあ、昨日の戦いについて師匠から話してもらおうと思います」
私は事前にお願いしていた師匠に話を振る。
子供の私があーだこーだ言うより、Aランク冒険者に指摘してもらった方が効果的だろう。
戦いの詳細と私の感想については昨日のうちに話してある。
「りょーかい。
じゃあ、さくっと注意点だけ言うね?
まず、一番ダメなのは組み合ったことだね。
ふたりとも離れて戦うのが得意でしょ?
なのに組み合って、しかも地面に転がってちゃ、いいところがひとつも出せないよね?」
「「……はい(っす)」」
「大事なのは相手と距離を取ること。
今回は子供の決闘ごっこみたいなものだからまあいいけど、貴族の娘は基本戦わない。戦うのは逃げるためだってことを忘れちゃダメ。
だから、組みつかれたら振りほどかなきゃいけないの」
ふたりは、そしてアンネッタさんまで真剣に頷いている。
「あ、そうだ。ビアンカちゃんアレ見せてくれる?」
「はい?」
「ほら、あのクルって回すやつ」
「……ああ、なるほど」
確かに覚えておいた方がいいかも。
クルッと回すやつの名前は小手返し。有名な合気道の初級技だ。
ナンチャーラ領は田舎なので、隣の領へ繋がる人気のない道にはたまに盗賊が出たりする。
なので護身術として、師匠から教わった短剣に加え、前世知識から引っぱり出した体術もちょっと練習したのだ。
ほんとは藤原組長やザック・セイバーJr.みたいな関節技をやりたいんだけど、体格的に無理だからね。
私は師匠相手にちょっとだけ型を披露し、その後でふたりにも体験してもらった。なぜか興味を示したアンネッタさんにもしぶしぶ。
よくわかんないけど盛りがった。
いや、この子たちの安全のためだからいいんだけど、思ってた方向性と違う。
師匠が「ビアンカちゃん教えてあげなよ」とか言い出したけど、丁重にお断りした。
私が知ってる初歩情報は全部師匠に伝えてあって、自分でも研究してたくせに何言ってんのよ。盗賊転がしたんでしょ?
実家で練習台にされた私も何度も転がされたんだから、そこは師匠の役目だ。
「まあ、お給金しだいかな。
アンネッタちゃん侯爵様によろしくですう」
師匠が久しぶりの幼女キャラでアンネッタさんに媚びを売って、アンネッタさんがやる気満々で「任せてください!お爺様を転がして差し上げるために頑張ります!」とか言ってるので、後は勝手に進むだろう。
てか、侯爵様を転がしたいの?やはりこの娘は謎だ。
「あとは学園対策ですね」
忘れてた。さすアン。
そっちも決めておかなきゃならない。
あまり人数は多くなかったとはいえ、戦いの目撃者は20人くらいはいたから、学園で話題になるのは避けられない。
侯爵令嬢と噂の光魔法持ちだから、面白おかしく語る対象としてはぴったりだ。
「お嬢はわけんねえけど、あーしはもう大人しくしてることなんてなくね?」
「え? 私もそっちのほうがいい」
「許可できませんね」
猫を脱ぎ去りたいふたりの意見を、アンネッタさんが一言で却下する。
「説明します。
まず、お姉様が頑張って身につけた擬態を解く意味がありません。
隠密のミッションがやりにくくなるだけです。
それとも隠密をやめますか?」
「やめない!」
「じゃあ、今までと同じでいてください。
いえ、今まで以上に貴族令嬢を演じてください」
「ええ?どうして?」
「今回のことは間違いなく噂になります。
でもお姉様が貴族的であればあるほど、その噂は信じられないものになります」
「うん」
「そうすれば、隠密の正体はますます露見しにくくなります」
「おお!」
上手い。隠密ミッションを理由にあっさり納得させてしまった。
いやパトリツィアがチョロいだけなんだけど。
確かにそっちの方が得策だよね。
野生児を表に出したら、確実にパトリツィアの学園生活はしんどいものになる。
「次にジョゼさん」
「へっ?」
「ロケンってなんだ?」と私にこそこそ訊いていたジョゼが、冷たい声にビクッとなる。
「あなたも、学園ではその下品な話し方をしてはいけません。
ましてやそれでお姉様に話しかけるなどもっての他です」
「いや、ジブンはよくないっすか?元平民だし」
「今は子爵令嬢です」
「あ、はい」
「あなたの武器は光魔法です。
修得は進んでいるようですね」
「ああ、なんか爺ちゃんセンセたちが昔の本読んで教えてくれっからちょっと覚えたっす。
ホーリーフラッシュとかホーリーヒールとか……」
「なるほど……」
アンネッタさんはちょっと考えてジョゼに結論を告げた。
「では、あなたはそのホーリーヒールを使って人気を得なさい」
「ん?人気っすか?」
理解できてないジョゼに師匠が助け船を出す。
「要するにテッペン獲るためにホーリーヒール使えってこと。
探し物してる時にライトて明るくしたら喜ばれるでしょ?
ジョゼちゃんは怪我した人とか見つけたら適当にヒールしてあげればいいわけ」
「あ、わかったっす! エサやって手なずけるっすね!」
「……表現はともかく、まあそういうことです」
アンネッタさんが呆れながら肯定した。
「お姉様の取り巻きたちは減ります。
でも、そこに光魔法持ちのあなたが入ればお姉様のグループは真の力を持ちます。
下品なふるまいをしないのなら、学園でもお姉様と親しくするのを許します。
できますか?」
「楽勝っす!」
年下に転がされたふたりはモチベを上げ、貴族スタイル継続を決めた。
ちゃんとやれば、噂が出ても炎上はしないだろう。
私はチェック役だそうです。御意。
役割がちょっと増えるけど喜んで。見てるだけだし。




