少年誌なヤツ
ヒロインと悪役令嬢が揃って猫をかぶったことにより、学園生活は表面的にはゲーム本編みたいな感じに落ち着いた。なんとも皮肉なものだ。
私は、転生に気づいたときからの目標である観客ポジを楽しんでいる。
さすがモブ中のモブ。ほとんど話しかけられることもなく、Sクラスという特等席で無事空気と化した。
別にハブられているわけではない。存在感がないだけなので問題ない。
Sクラスの勢力図としては、王子派、パトリツィア派、辺境伯令息派が3大派閥で、残り5名を入れて19名がメンバーだ。
定員20名から既にひとり欠けている。
当初は攻略キャラ全員が揃っていたのだが、ステファノがいないのだ。
入試で全科目満点の彼は、初日の授業で教授陣に論争を仕掛け、全勝した後あっという間に飛び級していった。
天才度が設定を超えてるけど、邪魔にならないのでOK。
学園には来ているので、時々顔面は鑑賞できるし。
それ以外は、攻略キャラを含めほぼゲーム本編準拠である。
ビビリ王子は案の定取り巻きの陰に隠れぱっなしだ。
一度印象が変わったパトリツィアにおどおど話しかけてきたが、パトリツィアが微笑んで「そういえば、以前森にご一緒したことがございましたね」と言ったら涙目で逃げた。
アンネッタさん作の「悪い虫撃退用想定問答集」の成果だ。
入試成績2位なんだから、もうちょっと自信を持ってもいいと思うけど、小動物かわいいので変わらずにいてくれた方が嬉しい。
その王子の取り巻きのひとりが美形細マッチョのマルコだ。なんか普通。
王子も信頼しているようで、ジョゼに絡んだジャンニが悔しそうに張り合っている。
そして問題のニコロ。
こいつは時々パトリツィアにちょっかいをかけてくる。
ただ、女子として興味がある感じではないんだよね。
きっと隠密令嬢がチラチラ見るから気になるだけだと思う。
いいから他の生徒ナンパしてろや。
まあ腹黒なので念のため注意はしておこう。
他に問題と言えば、ジョゼのシカトのせいでストーリーが全く進んでいないことだが、私はもうビジュアルを見られればいいので気にしていない。
性格はともかく、鑑賞物としてはあいつらは本当に優秀だから、見ていて飽きないのだ。
ジョゼはオニ集中してどんどん成績を上げている。
笑みを消し、言い寄る男を完全無視する銀髪の美少女として、「シルバードール」というふたつ名までついた。厨二っぽいけど本人はまんざらでもなさそうだ。にやけてるのかわいい。
パトリツィアの擬態もぼろを出していない。
侯爵家目当てに寄ってきた取り巻きもうまくあしらっている。
私は学園で鑑賞三昧。
放課後になればジョゼは変わらずに勉強がてら納豆ごはん食べに来るし、土日はパンツィーリ家と仲良く交流する。
つまり、かなり楽しい。
パトリツィアに会った時にはどうなることかと思ったが、なんとかなるもんだね。
そうそう、なんとジョゼの家で納豆が受け入れられたのだ。
義父の子爵様は「臭いものは美味い」というポリシーの持ち主だそうだ。素敵だ。
今度塩辛を作って試食してもらおうかな。
とか考えながら校舎を出ようとしたとき、校門のひとだかりに気づいた。
授業終了からしばらく過ぎているからそんなに多くはないが、20人くらいいる。
女子がキーキー叫ぶ声が聞こえる。
トラブルっぽい。
見に行こうと一歩踏み出して思いとどまる。
ダメダメ。モブ危うきに近寄らずだ。
こそこそと校外へ脱出しようとしたら、人だかりの向こうから声が響いた。
「ゴタゴタうっせえんだよ‼」
固まった。
……ジョゼ、何やってんのよ……。
私はため息をついて人をかき分け現場を見て、さらに愕然とした。
パトリツィアまでいるよ……。
「バックレてんじゃねえぞ?あーしが階段で押されたとき後ろにいたの見てんだかんな⁉」
「あれはあなたが勝手に飛び降りただけじゃないですか!被害妄想もいい加減にしてください!
何かされたとしても、それはあなた自身が原因です!
光魔法か何か知りませんが、平民出身のくせに調子に乗っているからです!
上位貴族が優しく声をかけてあげても無視するとは何ごとですか!身分をわきまえなさい!」
パトリツィアの取り巻きの子が言い返す。
名づけ親だけど名前は思い出せないので「取り巻きA」としておこう。
「平民関係ねえだろうが! 人種差別野郎!」
人種じゃないです。
「そうですわね。差別はいけません」
パトリツィアが落ち着いた声で取り巻きを諫める。
「でもパトリツィア様、この娘は学園の風紀を乱す悪です!」
「悪なのですか⁉」
「間違いありません!」
キラーンとパトリツィアの目が輝く。
「なんだ? やんのか?
いいぜ、やってやるよ」
「望むところです。悪は私が倒します⁉」
あーあ。学園じゃ無関係ってことにしてるから黙ってたけど、もう出るしかないか。
「はい、ちょっと待ってねー」
「ビアンカ! 悪が見つかった!」
「ビアっち! テッペン行くぜ!」
同時に私に話しかけて、驚いたように顔を見合わせるふたり。
次の瞬間、バッと距離を取り戦闘態勢に入る。
その真ん中に私。
なにこれ?私を巡って戦うみたいになってんじゃん。
いや、勘弁して。
私は周囲の視線に耐えられなくなってすごすごと引き下がった。
仲裁失敗。
まあやらせるしかないか。武器を持っているわけじゃないから、大けがするようなことにはならないだろうし。いよいよになったら再度乱入しよう。
「行きますっ!」
最初に仕掛けたのはパトリツィアだった。
低い姿勢で、予想外の素早さに対応できないジョゼのアキレス腱を狙う。
師匠直伝の技だ。
「痛え!」
短剣だったらそれで決まっていただろう。
でもパトリツィアが持っているのは拾った小枝。
ちょっと痛いだけだ。
「今度はこっちから行くぜ!」
すかさず突っ込むジョゼにパトリツィアが身構える。
「ホーリーフラッシュ!」
「わっ!」
目の前で炸裂した光にたじろぐパトリツィア。
神聖な光魔法の使い方としては間違っているけど効果的だ。
だが、そのまま襲いかかろうとしたジョゼは焦って足をもつれさせ、パトリツィアの足元に頭から突っ込んだ。
ちょうど諸手狩りみたいな形になって、パトリツィアも背中から倒れる。
そんでなんか絡まってる。
ふたりはそのままの姿勢で攻撃を続ける。
非力なアウトファイター同士のグラウンド戦だ。
お互い何の技も戦略も持ち合わせていない。
せめて立て。
出だしの緊迫感はあっという間に消え去り、戦いはまれに見る凡戦となった。
「痛えな、髪の毛引っ張んな!」
「そっちこそ!」
やってる本人は必死だけど、観客帰りはじめてるの気づいてる?
取り巻きAの姿も既にない。お前は許さんからな。
「ホーリフラッシュ!」
「うわっ!」
「なんだこれ、見えねえ!」
お馬鹿!顔と顔の間でフラッシュさせたらそうなるのなぜわからん!
その後戦いの質はさらに低下し、ついには地べたでお互いの髪の毛をつかんでうごめいているだけとなった。
もういっかな。ちょうどみんな帰ったし。
「はい、そこまでー」
私はこんがらかっているふたりを分け、手を引っ張って立たせる。
向かい合ったふたりの表情が緩む。
「お前、なかなかやるじゃねえか」
ジョゼがニヤッと笑って右手を差し出す。
「あなたもね」
その手をパトリツィアがガシっと握る。
私は頭を抱えた。
なんだよその少年誌展開は!
そういうのやりたいんだったらもっとちゃんと戦え!
校舎に続く並木道の向こうから差し込んだ夕陽が、私たちを赤く照らしていた。




