仕上がるヤツ
「師匠、いい加減にしてください」
秋も深まったある夜、私の我慢は限界を迎えた。
「えー、いいじゃん。減るもんじゃないんだし」
「減ります。貴重な食材が。
あと私のストレスは激増してます」
最初の頃は時々お茶漬けを食べにくるだけだったのが、回数が増え、そのうちお酒を持ち込んで晩ごはんのおかずをつまみに飲むようになり、やがて酔ってそのまま泊まっていくようになった。
もう美少女キャラを作ることもせず、ゲハゲハ笑いながら飲んだくれるさまは、そのへんのおっさんと変わりがない。
「それはビアンカちゃんのごはんが美味しいのが悪いんだよ。
それと王都の食材とナンチャーラ料理の相性。至高のおつまみとはこのことだね!」
「褒めてもダメですからね?
お金取りますよ?」
「払う払う。払うから毎日作って。
あ、いいこと思いついた!
宿代も払ってここに住めばいいんだ!
ベッドは今の宿より上等だし、ごはんは美味しいし、言うことなしだよね!決まり!」
「決まり! じゃないです。
私には言うことだらけなんですが」
「えー? だって部屋余ってるじゃん。
それに、春になったら侯爵様のお仕事終わりでしょ?
どうすんの?」
「それは……」
痛いところを突かれた。
「別におまけしてとか言わない。宿の相場くらい払うから、そこそこの金額になるよ?」
「うっ……」
「あとは学園に入ったら変なヤツに目をつけられるかもしれないでしょ?
ビアンカちゃん変わってるし」
「変わってません。普通の地味な女子です!」
「まあいいや。そうだとしても、いかれたヤツが押しかけてくるかもよ?
その時に、家に誰かいた方がいいんじゃないかなあ」
「それはそうですけど……。……ちなみに一ヶ月の宿代っていくらくらいですか?」
「12万リデルくらいかな。夕食付きなら14万リデル払うけど」
「お願いします」
ええ、そうです。私はお金で転ぶ女ですが何か?
この世界の通貨単位は「リデル」。「1リデル=1円」相当というご都合主義設定だ。
今のバイト料が月5万。
一方師匠を住まわせれば3倍近いお金が入るのだ。空いている客間を貸してごはんを作るだけ。ごはんは自分のついでだし、護衛料はタダ。
そりゃ即答するでしょ。
師匠はベッドの質が上がって、食事代も浮く。
私は新しいバイトを探す必要がなくなり、キャラ鑑賞にたっぷり時間が使える。
なんだったら貯金までできそうだ。
これ、噂に聞くwin-winってやつかもしれない。
ただ、どうせならもっと早く言って欲しかった。
そしたら感謝祭で屋台巡りできたのに。
そんな感じで、なし崩し的に師匠が下宿するようになった。
ウザさは覚悟していたのだが、意外なことに家での師匠はいたって普通の偽ロリだった。
いや、普通の偽ロリって何?
まあ要するに、シェアメイトとして悪くなかったのである。
洗い物は一切しないが、そもそもシンクに背が届かないのでどうしようもないし、無理にやらせて皿を割られたりする方が困る。
私が作ったものを美味い美味いと食べてくれるのは素直に嬉しいし、「ベッドが最高過ぎる」と言って夕食後は早めに部屋に引っ込むので、酒量も明らかに減り、騒ぐようなこともない。
家族じゃなく下宿人なので、私も、食っちゃ寝しようがうるさく言ったりしない。
お互いストレスを感じずにやっていけていると思う。
冬に入ると、居心地がいいのと寒くて外に出たくないのが相まって、師匠の生活は引きこもりみたいになっていった。
そしてとうとう、短剣術を教えにパンツィーリ邸に行くのをやめてしまった。
大家さんはがめついので「お家賃大丈夫なんですか?」って訊いたら、「ラモナちゃんのこと舐めないでくださいねぇ」って幼女モードで怒ったので、きっと大丈夫なんだろう。
そういえばA級冒険者だったから、意外とがっつり貯め込んでいるのかもしれない。
私も週一のアンネッタ定例ミーティング以外は対外的にはすることがなく、時間のかかる煮込みものを作ったり、冬ごもり用の保存食を仕込んだりしてまったりと過ごしていた。
ちゃんと魚のアラから出汁をとり、高級魚介類をぶち込んだブイヤベースは我ながら絶品だった。特に〆の雑炊!
濃厚なスープを吸ったナンチャーラ米のあまりの美味さに、師匠とふたりで泣いたね。
その日、師匠がもう一回作れと言うので、やぶさかじゃない私は朝からスープを仕込んでいた。「5人前は食べる!」とのことなのでたっぷり作る。
具材の魚介類は師匠のおごりで前回以上の高級食材が予定されているので、私も食べ過ぎる自信がある。
よほど楽しみなのか、師匠は魚の名前が並んだ自作曲を歌いながら自ら市場に買出しに行った。元ネタを知るはずがないのにパクリ臭がした。
「ビアンカー、開けてー」
師匠の声がして、私は玄関に向かった。
たっぷり買い込んできた模様。
「はーい。お帰りー」
ドアを開けたところで私は固まった。
「ビアンカ・ナンチャーラ様、お久しぶりでございます」
美しいカーテシーと共に上下する縦ロールの金髪が、冬の陽にきらめく。
完全に仕上がったパトリツィアが、控えめな貴族の微笑みを浮かべていた。
そしてその微笑みがクシャッと崩れる。
「ビアンカ! 会いたかった!」
私は涙声で抱きつくパトリツィアを受け止めた。
「侯爵様、サプライズ成功ですう!」
「うむ」
師匠と侯爵様がハイタッチするのを見て、アンネッタさんが苦笑している。
全員グルですか。
まあこんなサプライズなら全然OK!
事情はあとで聞くとして、寒いのでとりあえず中に入ってもらおう。
詳しく話を聞いたら、師匠は別に短剣の指導をやめてなかった。
侯爵一家が2週間ほど領地に帰っていたため、その間休みになっただけだった。
ただ、寒くて家から出たくないのは本当なので、再開するときはウチの庭を稽古場として使いたいと、侯爵様に身勝手なお願いをしたそうだ。
侯爵様はそれを了承した。
「パティをビアンカ君に会わせる口実になるな」というのが理由だった。優しい。
つまり今日の目的は短剣の稽古。今さら許諾を求められても断れるはずがない。
ただ、畑を荒らさないことだけはお願いした。
パトリツィアは着実に短剣の腕を上げていた。恐らく私と同じくらい上手い。
ということは、ナンチャーラ領で魔物狩りにも参加できるということだ。
学園での自衛手段としては十分だろう。
そしてその後披露してくれた貴族のふるまいも上出来だった。
貴族情報を踏まえてアンネッタさんと相談し、当初の「プチ高慢系」から「温厚深窓系」へ方針転換した育成は、良家の穏やかなご令嬢を作り上げていた。
このお嬢様が、まさか半年前まで庭でダンゴムシを集めていたとは誰も思うまい。
「頑張った!」と胸を張るパトリツィアも、「お姉様なら当然です!」とドヤ顔するアンネッタさんもかわいかった。
ブイヤベースは絶賛された。特に最後の雑炊。
侯爵様へのナンチャーラ米アピールも成功して、なんと侯爵家への定期納入が決まった。
それ以降、侯爵一家は時折私のごはんを食べに来るようになり、年末は賑やかに過ぎていった。
年明けには入園試験があった。
パトリツィアは勉強の甲斐があって上位で合格した。
私は計画通り一部手抜きしたが、バレることもなく狙っていた準特待生枠で合格した。
そして、春が来る。




