育てるヤツ
アンネッタさんがちょくちょく家に来る。
パトリツィアの育成についての相談というのがその理由。
交流禁止はアンネッタさんが押し通したけど、貴族教育には引き続き参加してほしいという侯爵様のご判断だ。
パトリツィアのやる気を引き出したのをご評価いただき、わざわざ家に足を運んで改めて監修役を要請してくださった。
申し訳ないのでバイト料はお願いして減額してもらったけど、ほんと助かる。
そういうわけで、アンネッタさんが来るのは問題ない。
ただ、毎回そこに「お姉様との仲良し自慢」が追加されるので長いのだ。
別にそんなにライバル視しなくていいから。
おまけに、だんだん打ち解けてきたこの頃は愚痴と雑談の時間も増え、滞在時間はさらに延びる傾向にある。
脇に控えていたコルリさんも最近は送迎だけしかせず、私は侯爵のご令嬢様とふたりきりで過ごすことになってしまった。
そのご令嬢は、目の前で私が作った大学いもを食べている。
気に入ったらしく、レシピを訊かれたので教えたところだ。
侯爵家の料理人に伝えるそうだ。
「もうひとつ質問してもよろしいでしょうか?」
「はい、何でしょうか」
「この『大学いも』というお料理は大学校とどういう関係があるのですか?」
「さあ。大学校の教授も美味しくてびっくり、とかじゃないですか?」
知らんがな。前世でもそんなの気にしたこともない。大学いもは大学いもでしょ?
実家で私が「発明」して、今ではナンチャーラ領定番のおやつになっているけど、領では私が言った「大学いも」が何の疑問もなく定着している。
ナンチャーラには醤油がなかったのでイマイチ物足りなかったのだが、今食べてるのはちゃんとした前世の甘じょっぱい味。
王都の輸入食材屋さんで和食の調味料を発見し、まとめ買いしたのだ。
バイト料の半分が消えたけど後悔していない。
ちょうど実家から米と芋も届いたので、節約もかねて大喜びで自炊している。
「その教授のお名前はご存じですか?」
だから知らんて。しつこいね、君も。
「存じません。
なぜそこまで興味が?」
「いえ、お姉様にも食べていただきたいなと。
作り方は先ほど伺いましたが、由来なども知っておけば話がはずむかと。
あ、でもナンチャーラの名前を出すとまたお姉様が……」
姉妹の会話では、私の話題はタブーらしい。
まあ仕方ないんだけど、なんか傷つく。
「『大学いも』って言わなければいいんじゃないですか?
街のお店で作り方を聞いたとか。
それよりそろそろ本題に入りません?
今日は貴族のお話でしたよね?」
こう見えて私も忙しいのだ。
使用人を雇う余裕なんてないから、3LDK+家庭菜園をひとりで回さなきゃならないの。大変なんだからね。
「あ、そうでしたね。
こちらが学園でお姉様に関わって来そうな人物をまとめたものです」
渡された資料をパラパラ見ると、そこには見知ったゲームの主要キャラの名前が並んでいた。
まあそうなるよね。
読み始める私をアンネッタさんが制する。
「時間がもったいないので、そちらは後でお読みください。次回、対策を検討しましょう」
本題終了。
「それで、今週のお姉様なんですが、なんと、髪が肩に届きました!」
そして真の本題がはじまった。
なんだよ「今週のお姉様」って。ワイドショーのコーナーかよ。
だが、髪は重要な話題ではある。
「おお!ではだいぶ理想の姿に近づいてきましたね」
「ええ。お姉様の特徴である癖毛も立派になってきました!」
癖毛、つまり縦ロールである。
剣を修める軍や騎士の娘を除き、学園の貴族子女は長髪が基本だ。
つまりこれまで通りの短めの髪型では、「私は戦いに自信がある!」と自己主張していると見られるのだ。
隠密マインドで入園するわけだから、周囲に喧嘩を売っては元も子もない。
ただでさえパンツィーリ侯爵の娘として、あるいは悪役令嬢として、目立つことは確実なので、外見は一般的な基準に合わせるのが正解。
モデリングデータを使いまわしたから、モブの中に縦ロールは何人かいるはずで、髪型がものすごく奇矯ということにもならないだろう。
犬Pの無茶振りに対する開発チームのささやかな反抗のおかげである。
「お姉様が入園なさる頃には、背中まで伸びているはずです。
またひとつ擬態が完璧なものとなります。
学園の悪が滅びる日が楽しみです!」
「……それは何よりです」
これ乙女ゲーなので「学園の悪」とか設定してないんけど。
ただ、設定の外に何かあるかもしれないし、侯爵様も危険なことはしないという条件付きで許可したようなのだ。
そのミッションは、学園生のドレスや装飾品、言動をチェックし報告すること。
その情報と侯爵様が把握する貴族の財政状況と照らし合わせて不正蓄財摘発の糸口にするのだそうだ。
まあ、侯爵様が孫娘のために無理やり作った「任務」だとは思うが、何がきっかけになるかわからないので完全な無駄とも言えないのが絶妙なところだ。
その話を聞いて、私とアンネッタさんは、装飾品チェックのために審美眼を養う授業を提案した。
受験勉強や短剣の修行で忙しいのに、パトリツィアは二つ返事でOKしたらしい。
任務を帯び、モチベが天元突破している感じだ。
アンネッタさんの意見では、パトリツィアの学園での人格は、舐められないために高位貴族の育ちに由来する自然な高慢さが必要とのことだった。
私の時のように、簡単に懐いてはいかんのだそうだ。
恨みがましいジト目はともかく、その通りだとは思ったので賛成した。
その方針に従ってアンネッタさんが立ち振る舞いを教えている。
田舎低位貴族の私には無理なので、完全にお任せである。
その甲斐もあって、最近のパトリツィアはかなりそれっぽくなっているようだ。
なんというか、結果的にゲームの悪役令嬢の姿に近づいている気がする。
「よほど注意して見なければ、お姉様が普通の貴族と違うとは思わないでしょうね」
「そうなんですね。学園で会うのが楽しみです」
「あ、言い忘れていましたが、入園試験が終われば侯爵家への出入りを許可します。
なので、学園まで待つ必要はありませんよ?」
「え?そうなんですか?」
「はい。お姉様は頑張っておいでですし、新しい目標も出来たので、年明けにはあなたに会っても大丈夫だと判断しました。
それに、あなたに邪なお気持ちもないようですし」
「そんなの最初からないですよ。
でもありがとうございます。友だちと会えないのは寂しいですから」
「ふふ。どういたしまして。
私も少し大人げなかったと反省したのです。
それに、次に会った時にあなたの驚く顔を見るのが楽しみというのもあります」
そう言ってアンネッタさんは上品に笑った。
お昼前、コルリさんが迎えに来て、アンネッタさんはサンプルの大学いもを持って帰っていった。
さて、軽く昼ごはんを食べたらじっくりアンネッタさんの貴族レポートを読むとしましょうか。
王子がヘタレているのはわかっているけど、その他の攻略対象やヒロインがどうなっているか確認しなきゃ。特に容姿の部分。
お笑いシナリオだから多分ポンコツなんだろうけど、できればビジュだけは設定どおりでありますように。




