やっちまったヤツ
パトリツィアの「擬態」は日増しに進化していった。
よその家の庭で素振りをし、串焼きのたれを鼻の下につけていた人物には見えない。
いや、本物の貴族なんだけど、擬態中は領育ちの野生児感が影をひそめるのだ。
マナーの家庭教師であるナントカ伯爵夫人は感激して涙し、侯爵様も大いに褒めたことで、パトリツィアのやる気はさらに上がる。
それに輪をかけて、師匠が「オンオフの切り替え」を教えたものだから、擬態中は貴族、気を抜いたら庶民という逆転キャラが出来上がりつつあった。
まあ言い方を変えれば「外面のいい公爵令嬢」ってことで、侯爵様も特に問題視していない。私的にもシュッとしたお嬢様が気を抜いてフニャっとなるのはかわいいのでよし!
家周りの作業もだいぶ進んだ。
畑は完成し、市場で買った野菜の種と苗を植えた。
キュウリとか茄子とか大根とか。
失敗したくないので、ナンチャーラ領の実家で作っていたものにした。
夏の終わりの日差しを浴びて元気に育っている。
向こうでは冬野菜だけど王都では秋野菜。
王都は領より季節感がはっきりしているので、元日本人としてはちょっと嬉しい。
王都屋敷に来て約二ヶ月。ようやく生活リズムが整ってきた。
うん。こういうのがいいんだよ。
家庭菜園で野菜を育てて、自炊して、バイトして、静かにつつましく暮らす。
そんで、ゲームキャラたちを遠くから眺める。
パトリツィアも学園では侯爵令嬢に擬態するだろうから、貧乏男爵の娘である私が出る幕はない。そもそも私なんて柱の影にうっすら描かれていただけのスーパーモブだし。
なんやかんやですっかり仲良くなっちゃって、今さら友だちをやめるつもりはないけど、仲良しは学園外でこっそり続ければいい。
むしろ、「侯爵令嬢の真の姿を知るのは学園で私一人」とか激熱だと思う。
よしよし、この調子。
――とか思ってたら、アンネッタさんに呼び出された。
前回と同じように早朝の拉致である。
実行犯であるコルリさんに「普通に呼び出したらいいのに」ってに言ったら、「それでは私が退屈でございます」とか言いたがった。
どうやら私はおもちゃ認定されたようだ。
いつか復讐してやる。
「どういうことですか?」
アンネッタさんは怒っていた。
「は?」
「一昨日私が領から戻った時、お姉様は美しい所作で私を迎えてくださいました。
完璧な、貴族令嬢の、所作で!」
「……そうですか。それはよかったです」
「よくありません! 台無しです!」
「は?」
大切なことらしく、アンネッタさんは繰り返した。
「台無しです。お姉様の良いところがなくなっていました。
言ったはずです。お姉様は普通の貴族の枠に収まる方ではないと。
私は、よくある貴族令嬢みたいなお姉様を見たくはありません!」
「は?」
怒るとこそこ?
斜め上すぎて「は?」しか出てこないよ。
「お姉様に尋ねても、『わたくしはカスミみたいになるのですわ』とか意味不明なことしかおっしゃりません。説明をお願いします。それからカスミって誰ですか? 連れてきてください!」
「……えと、カスミは架空の人物だから連れてくるのは無理かな」
「……架空、ですって?」
「はい、お読みになってませんか? エドガーが主人公の冒険小説に出てきます」
「あ……」
まあ読んだことあるよね。でもそのカスミだとは思わなかったと。
アンネッタさんの顔がカアッと赤くなる。
ツン系腹黒令嬢の貴重なシーンである。ありがとうございます。
「な、何ニヤニヤしてるのよ⁉」
「いえ、アンネッタ様のかわいらしいお顔が見られたもので」
「かわっ……!」
アンネッタさんは助けを求めるように脇に控えるコルリさんをバッと見る。
コルリさんは軽く頷くと、なぜか私に向かって真顔のまま小さく拍手をした。
「良いからかいでした。合格です」
「はい?」
……なんか合格した。
「ではナンチャーラ様、ご説明を。お嬢様がガックリしておいでです」
シレッと話を進めてるけど、そのガックリあなたのせいだと思います。
説明はしますけど。
「ご存じかと思いますけど、物語のカスミは隠密で変装と短剣の名人です。
パトリツィア様はそれを目指しています。
つまり、アンネッタ様が見たパトリツィア様は、普通の貴族に擬態した姿なのです」
「擬態?」
「はい。アンネッタ様が見破れなかったということは、その腕が上がった証拠です。
ご安心ください。彼女の本質は何も変わっておりません。
一昨日も私の家の庭で、楽しそうにダンゴムシを集めておいででした」
「そうなのですか⁉」
嬉しそうだけど、喜ぶところじゃないよ?
私は畑仕事があるので放っておいたけど、集めたの見せに来なくていいから。小学生男子か!
根掘り葉掘り訊かれるままに、私はこれまでのあれこれを話した。
「なるほど!
学園に潜入して悪を暴くのですね⁉」
「あ、いえ、そういう体で貴族的なふるまいを身につけていただこうかということで」
「何を言っているのですか?
学園は貴族社会の縮図です。
当然悪辣な貴族の子弟も入園してきます。間違いなく悪は存在します。
お姉様がそれを壊滅させるために潜入なさるのでしょう?
ならばお姉様は必ずおやりになります!」
「そうなの⁉」
急に心配になってきた。
「大丈夫です。私が入園するのはまだですが、情報面では全力でご協力させていただきますから」
「いや、アンネッタ様には上位貴族の社交とかを教えていただければ十分かと」
「いいえ、お姉様の敵になりそうな人物の情報を集め、必ず弱点を炙り出してみせます!」
「そうじゃくて、暴走するのを止めて欲しいんですけど」
「暴走しないお姉様はただのお姉様です!」
ちょっと何言ってるかわかんないんですが。
「それから!」
勢いのままアンネッタさんは私をビシッと指さした。
「お姉様をたぶらかすはやめてください!」
「え?」
そんなことしてませんけど。
「お姉様はあなたの話ばかりしています。嬉しそうに、少し頬まで染めて!
まるで恋でもしているみたいじゃないですか⁉
お姉様にいったい何をしたのですか⁉」
「いや、特に何も……」
確かにすごく仲良くはなったけど、そんな百合フラグとか立てるようなことは……。
……あ。
あるかも。
すっかり忘れてたけど、本編のシナリオ初稿では悪役令嬢は隠しルートの5人目の攻略対象だった。
「LはNoGoodデス」という犬Pの一言で削除したけど、そのボツ設定が入り込んでいるとしたら……。
待て。よく思い出せ。
――私の脳内でパトリツィアに言ったセリフが再生される。
「パトリツィア、もし学園で何かあっても私が守ってあげるからね」
……ああああ!
やっちまった!それ、あかんやつ!ルート入りの決めゼリフ!
私が考えたセリフだから私の口から出やすいとしても、なんでそのまま言っちゃうかな私!
「何か心当たりがおありのようですね」
「え、あの、ちょっとベタベタしすぎたかなあと……」
アイスランスを突きつけるようなアンネッタさんの声に、私は内心大量の冷や汗を流しながら、へどもど言い訳をした。
「わかりました。しばらくお姉様との接触を禁じます。
お爺様には私から伝えておきます」
「……はい」
自業自得。受け入れるしかない。
ゲームの仕様通りだとすれば、会わなければ好感度は下がるはず。
なので、ここで距離を置くのはこっちからお願いすべきこととも言える。
最近調子に乗りすぎてた気がする。
色々見直せってことなのかも。
バイトをクビになった私は、帰りの馬車を断り、ひとりトボトボと家に帰った。




